第29話 閑話・魔王、ブラック企業のOLになる
普通、異世界に行くんだったら身体ごとの転移か、死んだあとに登場人物になってる転生でしょ!
中身だけOLと悪役令嬢が入れ替わってるとか、スマホの買い換えじゃないんだから!
人間をなんだと思っているんだこの女神。
「あなたの身体は、大丈夫よ。そしてブラック上司にも制裁が与えられているわね……えーっと、今のあなたの職場の様子を映すには……この設定をこっちに切り替えて……」
女神がなにやら操作をすると、鏡の中に、わたしの職場が映し出さた。
吾輩は魔王である。
故に、人間につけられる名前など不要である。
脳内に変な音声が流れてきて。
「は?」
「魔王による音声モノローグ付きでお送りします」
「え? オーレヴィアちゃんじゃなくて?」
わたしの疑問に女神は答えず、ただ鏡を見るよう、しぐさで示すだけだった。
「社会人としての自覚が──だから女は──」
公爵令嬢オーレヴィアと吾輩の魂を入れ替える術を成し遂げたと思ったら、珍妙な格好をした魔力のない人間が、吾輩を怒鳴りつけていた。
「
吾輩は性別以前に魔王である。
シャカイジンが何かは知らないが、我は魔王であることを自覚している。
吾輩が無礼者を掴み上げて投げると、無礼者は壁にめり込んだ。
「さて……どうもこの身体、予定していた幼児でもなし、魔力の巡りも悪い……おい、そこの女、ここはどこだ」
魂を替えるには膨大な魔力が必要だ。すぐにでも元の肉体に戻らねば。
背後で「110番しなきゃ」「救急車の方が先じゃない?」「というかこの壁、どうしよう」と
と、近くにいた女に尋ねると。
「ブラック商事の本社オフィスです……」
女の心を読んだところ、嘘は言っていないようだ。
それにこの女、面白いものを持っている。
食うのは最後にしてやろう。
だが、現在位置については、全く手がかりが掴めない。
「お前たちは何をしている?」
「し、仕事です!」
「ふぅん、けったいな板を操ることが?」
少なくとも、吾輩は人間が光る板の前に置かれた板を操ることを、仕事だと聞いたことはない。
「先輩、私にエクセル教えてくれたのに忘れたんですかー?!」
「我は魔王ぞ、名を間違えるな、女」
「先輩が……ウェブ小説の読みすぎと残業超過で……壊れた……最近タイピングしながら悪役令嬢になりたいって言ってたからそろそろマズいとは思ってたけど!」
などと、女がろくでもないことをいい続けているとき。
「あのー、上司さんいます? 見積り、安くなりません?」
ジョウシに似た格好をした二人組が現れた。
「ジョウシはあの無礼者か? なら己の弱さに負けておる」
「いや先輩がぶん投げたんでしょ……」
女があきれているが、我が先代の魔王に壁に叩きつけられた時は、すぐに立ち上がって先代を同じ目に遭わせた。
それが出来ぬ弱いものに、魔王の上に立つ資格はない。
「おぬしらは?」
「取引先の者ですが……この見積もり、安くなりませんか?」
魔王は慈悲深い。嘆願は聴いてやらねばならぬ。
だが、嘆願の内容がわからぬ。
トリヒキサキから差し出された書類を、吾輩は女に渡す。
「ところで女、この見積りは適切なのか?」
そんなときは、部下を使うのも魔王の器である。
「……受ければ、今時点で赤字になります」
「利益を出すには?」
「2倍払っていただいて、サビ残してなんとか、なるかなって……」
すぐに元の身体に戻る気だったが、気が変わった。
こいつらに、魔王を甘くみた対価を支払わせてからでも、遅くはない。
「あいわかった。トリヒキサキ、この見積書の4倍払わねば吾輩はこの仕事を受けぬ」
「しかしそれを判断なさるのはあなたの、上司の方ですので……」
「4倍払えと判断させる」
「しかし今までの取引がございますので……むしろ上司の方から割り引くから発注して欲しいと……」
「本当か? そこの男」
「う……うああ……」
「答えよ」
「先輩、上司のアゴが砕けてます。しゃべれませんよ」
「ならば本当なら1度まばたきし、この者が嘘をついているなら2度まばたきしろ」
ジョウシは、1回だけまばたきした。
「ふざけた仕事ぶりだな!」
吾輩がジョウシを蹴ると、また有象無象が「救急車と警察! 早く!」などといっているが、今は相手にしている暇がない。
「トリヒキサキ、こちらのわがままに付き合ってご足労をかけた。対価を割引かねばならぬほど困窮しておる汝らが、わざわざ我らのために仕事を作ってくれたのだろう? その気持ちには感謝する。が、汝らにとって不要な仕事を我がする必要はなかろうし、我に払う対価は不要な出費であろう? 見積代は……これで足りるか?」
吾輩は、ジョウシの財布から、金色の貨幣を3つ出し、トリヒキサキに見せる。
よくわからない紙を財布に入れるとは、人間は不思議なことをするものだ、とも思ったが。
金色でも軽いということは、人間が最高の価値ある貨幣として使う、ミスリルと黄金の合金でできた貨幣であろうから、おそらくは、ジョウシの持つ中で一番価値ある貨幣であろう。
「は、はぁ……」
「おい女、契約書を作れ。吾輩とトリヒキサキの間で対価のやり取りがあったと」
「はい! 経費で落とせる形にします! 千五百円ですし!」
「ま、このように手間をかけたことに対する感謝と褒賞は出すが、適切な報酬を払わぬ汝らと仕事はせん。契約書と金を持って帰れ」
「ああ……重要な部分を安く任せて経費削減のはずが……」
「しかしうちの製品の仕様がわかっているの、この会社しかないんですよ?」
「ほう?」
吾輩がトリヒキサキの肩を掴むと。
「いだだだだだだだた! 肩が粉砕される!」
「よそに頼めない仕事なら、さっきの8倍でも足りんなぁ?」
「8倍はさすがに……5倍ならなんとか」
「仕事の内容を我々が汝ら以外に口外せぬという条件込みで7.5倍」
「守秘義務あり、6倍で提案を上げてみます……」
「女、
「え、なんで? なんで、そろそろ労基に持ち込もうと思って録音してるのを、先輩が知ってるんです?」
「その程度、心を読めばわかる」
「えっ先輩、ウェブ小説って読んだらチートスキルが身につくんですか?」
「センパイではない、魔王だ」
女とあれこれいっているうちに。
「ま、魔王様、これで失礼させていただきます!」
トリヒキサキは、吾輩の前から逃げ出した。
吾輩を畏怖する、人間として全く正しい態度である。
――そんな、ブラック企業破壊劇だが、わたしには、これで舞台が終わらないのがわかった。
魔王は気づいていないが。
ウーウーとパトカーのサイレンの音が近づいてきている。
わたしがハラハラしていると。
「あなたの今の職場は、こんな感じね! よし! 中継おしまい!」
女神によって、鏡の魔法は解かれ、間抜けな顔をした
「よかないですよ! わたしの身体、警察に捕まっちゃう! というか、500円玉をミスリルと金の合金と勘違いしてるなんて、恥ずかしすぎますよ! 何してくれてるんですか?!」
「……ごめんね?」
女神は、てへぺろ、と舌を出す。
「てへぺろじゃないんですよ! そもそも、オーレヴィアちゃんの魂は、どこにやったんですか?!」
「わかんない!」
「無責任すぎませんか?!」
「だって、魔王が次の王妃になるオーレヴィアと魂を入れ替えたら、絶対にセイント王国の人類は滅ぶもの! 人類の守護者たる女神として、オーレヴィアと魔王の魂の入れ替えを絶対に
「だからって、現実逃避の『悪役令嬢になりたい』って願いを本気で叶えます?!」
「女神は、人間に信仰されるもの。それは、人間の祈願に応えることでしか人間に干渉できないものって事でもあるの! だから、あなたの魂と、悪役令嬢の身体に入った魔王の魂を入れ替えて、あなたの願いを叶えることで、異世界の人類滅亡を防いだの!」
「だから、女神様は、わたしの魂と、魔王の魂の場所は把握しているけど、オーレヴィアちゃんの魂の場所はわからないってことなんですね?」
「……はい」
「人類を救うために、たったひとりの女の子を犠牲にするとか、ふっるいアニメか漫画ですか?! そんなの、もう
人類を救うために、とんでもない
「でも、成長したら他人を差別する人間になるのよ? これは、外れることのない、女神の予言」
「それが【ほめらぶ】のことなら、わたしが変えてみせます。オーレヴィアちゃんは、まだ何も悪いことしてない! 彼女の魂を、今からでも救う方法って、ないんですか!」
女神は、わたしの質問にそっと目をそらした。
「……オーレヴィアちゃんの魂は、世界の狭間で消滅しているか、肉体を失った身体があれば、その中に入っているでしょうね。オーレヴィアの魂は、少なくとも、日本にはないわ。私にも、彼女の魂にしてやれることは、今はないわ」
「そんな……」
わたしに出来るのなら、わたしが今宿っているオーレヴィアちゃんの肉体だけではなくて、オーレヴィアちゃんの魂も救済したい。けど、女神でも無理ならあきらめるしかないのかもしれない。
「女神様、質問があります、勇者パーティーの故郷である古代王国、どうなってますか?」
現状、オーレヴィアにはセオフロストに好かれているという特大の破滅フラグが立っている。
【ほめらぶ】の内容から考えて、セイント王国の貴族は、結婚するのにしがらみのない相手を=即婚約申し込みという価値観だ。
アンナのハッピーエンドを見たいから、アンナと一緒に学園に通うと言ってしまった今、セオフロストの婚約者になってしまえば、ゲーム通りに破滅してしまう可能性が高い。
だから、古代王国があるなら、そこに亡命してスローライフを送ろう、とわたしは思ったのだが。
「ごめんなさい、わからないわ」
「古代王国のことも分からないんですか? 女神様なのに?」
駄女神じゃないか、と私が女神に冷たい視線を向けると。
「私は、神々が魔王に対抗できる神が生まれることを願った事で、世界全てを司る女神の分身として生まれた、魔王を倒すためだけに生まれてきた女神。だから、私の権能では、勇者と、勇者に付き従う者たちしか見えないの」
「い、一点特化型……」
「その代わり、歴戦の戦乙女たちでも追い払うのがやっとだった、魔王に攻撃を通す力だけは最強なの! 魔王の力に干渉できる神は、私だけなんですからね! というわけで、ここにあなたに来てもらった理由は、あなたを聖女にするためです! わたしの力を受け取って生き返って、聖女になりなさい! 聖女になればクリストさんたちも助けられます!」
女神はなんだかやけっぱちになっていた。
なんだか申し訳ない気分にもなってきたけれど、この女神は、わたしとオーレヴィアの人生を、セイント王国の人類の破滅回避のためとはいえ、めちゃくちゃにした犯人でもあるので。
「聖女になるのに、二つ条件を付けてもいいですか」
「まぁ……あなたなら……正直、魔王の魂のせいで日本でのあなたの肉体が、社会的に死にかけているのは私のせいだし……いいですよ」
「一つ目。オーレヴィアちゃんの魂が見つかったら、まっとうな人間として生きていけるような形で、救うこと」
「女神の力において約束しましょう。二つ目は?」
「『せいじょとあいのほん』と
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