第28話 魔人にやられたと思ったら、自称女神と出会いました

 騎士達が剣を抜き払い、触手をけんせいすると。

 聖女の力を感じるのか、触手達も切っ先よりこちら側に伸びてこようとはしない。

 にらみ合いの均衡。

 ひりつく空気が、永遠に続くかと思われたが。


「魔王様! 再びの機会をありがとうございます!」

 

 触手の奥から、見当違いな感謝を述べながら、ノワールが現れた。

 

「我がしもべ達よ、忌々いまいましくも世界の理をほしいままにする女神の力を、大地の怒りの現れ、人の脅威たる魔の力を持って打ち払え!」

 

 レインナイツに射貫かれた右目を、血がにじんだ包帯で隠していて、厨二病要素が倍以上になっている。

 ノワールの号令で、触手達は騎士に襲いかかったが。

 

「させるか! 聖水投げ用意、今!」


 対抗して発せられたクリストさんの命令によって。

 綺麗なフォームで聖水入りのとっくりが投げられ、使い魔に当たって砕けていく。

 聖女の泉の水が使い魔に当たると、使い魔の身体はドロドロと溶けていき、使い魔達は人間には発音できない、おぞましい苦痛の声を上げて消えていった。


「これだから聖女は! 死んだのだから、世界に還り、土となり、忘れ去られるのが理だというのに、いつまで経っても呪いのように、土地にその力を残している! 全くもってて不自然だ! 自然の理に逆らう女神の力に、呪いあれ!」


 使い魔をあっさりととっくり攻撃で倒されたノワールは、体勢不利、と逃げ出そうとしたが。

 

「女神の力だろうが、自然の理だろうが利用して、人間が生きやすいように世界を変えるのが、人間なのでな!」


 クリストさんは、ノワールを逃がさなかった。


「はぁっ!」

「なっ?!」


 なにが起きたのかわからない、といいたげな顔でノワールは地面に落ちていき――自分の腰から下がなくなっているのを、見た。


「勇者の剣だ。あとは首をはねれば、終わりだ!」


 もう一度、大きく剣を振り上げたクリストさんに。


「まだ終わりはしない! これから我が傷つける者、我が贄となれ!」


 魔人ノワールの手から、漆黒と紫ののまがまがしい光線が伸びる。


「私にそんなもの、当たらんぞ!」

「はっ! はなから貴様など、狙っておらぬわ!」


 クリストさんが光線を余裕で避けた先には。

 セオフロストの姿があった。


「危ない!」


 とっさにわたしは、セオフロストを突き飛ばしていた。

 と、いっても全く鍛えていない令嬢と、鎧を着て山歩きが出来る体力があるセオフロストなので、突き飛ばすと言うより、わたしがセオフロストに抱きつくような形になり――光線の射線上に入ったわたしの身体を、ノワールの光線が貫いた。


 背中に走るあまりの衝撃に、立っていられずセオフロストを押し倒してしまう。

 口の中で、鉄の味がする。

 結局、オーレヴィアは、死ぬ運命だったんだな。

 薄れる意識の中、わたしはぼんやりと考える。

 わたし、もう日本で死んでるし、死ぬ前にゲーム開始前の推したちと話せるっていうごほうびもあったし。

 

 悪くない、人生だったんじゃないかな。


 アンナのハッピーエンドを見届けられないのは、残念だけど。

 なんだか、ふわふわあたたかな光まで見えてきた。

 これが...... 走馬灯かな。

 

「オーレヴィア! 嘘だろう! オーレヴィア!」

 

 そんな、セオフロストの悲痛な声も聞こえなくなったとき――真っ白な空間が、わたしを包んでいた。

 真っ白に見えたのは最初のうちだけで、だんだんと目が慣れてきて、真珠のような光沢がある七色の淡いパステルカラーのもやがわたしを包んでいるのがわかった。

 

「死後の世界……来ちゃったかな……」

「それは違うわね!」


 と、女性の声がしてもやが消えると。

 

「え……ここ、わたしのOL時代の部屋……?」

 

 セオフロストのポスター。

 レインナイツのぬいぐるみ。

 マギクラウドのクリアファイル。

 ラバーストラップの赤髪の少年は、勇者パーティーの義賊の子孫で攻略対象のソルラヤン・マイスだろうか? あのアクスタの黒髪の子は、多分隠しキャラだし。

 一言でいって、【ほめらぶ】グッズだらけの日本の部屋だった。

 そして、ローテーブルの上に置かれているのは。

 

「こ、これはわたしが同人誌即売会でも通販でも買えなくて買い逃した、特典付き 【ほめらぶ】公式シナリオライターとデザイナーによる同人ファンブック『せいじょとあいのほん』 ……!」

 

 と、いうことは、ここはわたしの部屋ではない。

「ようこそ、次元の狭間へ。オーレヴィア! まさかあなたが来るなんて!」

 

 黒髪で色白の、俳優のように整っているが――人ならざる者のような、触れたら指先が切り落とされそうな威圧感のある、恐ろしい印象を受ける女性が、わたしの背後から現れた。

 品のある顔立ちに反して、百均のお盆に【ほめらぶ】がコンビニとコラボしたときの、キャラの顔が描かれた麦茶のグラスを二つ乗せている。


「あの、帰ります! 不法侵入するつもりなんて、なかったんです!」

「ダメダメ帰らないで! わたしがあなたを呼んだんだから! まあ座って! 異世界でわたしが今住んでいる部屋しか再現できないから、麦茶しかないけれど。オーレヴィア、麦茶ってわかる?」

「わかりますよ……というか、わたし、日本のOLだったのに、気づいたらゲームが始まる前の、12歳のオーレヴィアに転生してたんです」


 わたしの言葉に、女性は「ふむ」といい。ローテーブルにお盆を置いた。

 

「そうなってたのね……グラス、セオフロストとレインナイツ、どっちがいい?」

「レインナイツの方のグラスください……」

 

「ここはどこですか?」

「死にゆく魂が通る次元です」


 窓の外を眺めると、そこには青空も町並みもなく、虹色のもやが流れているだけだった。

「鏡を貸してもらえませんか?」

「どうぞ。今のあなたの、肉体の様子が映ります」

 

 黒髪に赤い瞳で、イナカ村でボロボロになったドレスを着ていた。極めつけにはー私の胸には、大きく血がにじんでいた。

 生き返った、 わけじゃないんだ。

 

「わたし……死にましたよね?」

「正確には生死の狭間ね。 この異世界の技術でも、治すのは難しい傷だと思うのだけれど私の……私の力を受け取るなら、 あなたは生き返ることが出来るわ」

「私だけが生き返っても意味ありません……クリストさんたちを、助ける方法がなかったら、結局、死ぬだけです」


 と、わたしが女性をにらみつけると。


「あら……さすがは聖女の適性がある子ね」


 と女性は意味深に笑うので。


「というかあなた誰ですか」

「女神です」


 女性は真顔だった。

 

「え?」

「女神です。【ほめらぶ】の」

「【ほめらぶ】って架空世界の話ですよね?」


 頭おかしいんじゃないですか? と問い詰めたいのをぐっとこらえて、わたしは質問した。

 

「え? 私が日本から勇者や聖女を召喚した能力を魔王に利用されて、セイント王国から日本に転移させられちゃったから、未来視で見たセイント王国の末路を回避するためのルートを考えて、バイト先のコンビニの裏の喫煙所で色々と書き出してたら、そこにたばこを吸いに来た常連さんがゲームのプロデューサーで、面白そうだからうちの新作ゲームのシナリオにしてみない? って誘われたから、ゲームにしただけで、事実に基づいてるわよ?」


 【ほめらぶ】、異世界の預言書だった。

 というか、【ほめらぶ】がゲームになった経緯がとんでもないファンタジーだ。創作者全員の夢じゃん。

 わたしがあきれていると。

 

「まあ、私は『勇者になりたい!』とか『聖女になりたい!』という人の願いがないと、セイント王国に人を転移させることが出来ないの。だから、【ほめらぶ】を通じて、ヒロインになりたい! とか聖女になりたい! と思ってくれる人がいたらいいな、って思ってたんだけど……まさか、悪役令嬢になりたい、って祈る人がいるなんて正直、想定外でした! まぁ、そのおかげで、魔王がオーレヴィアと自分の魂を入れ替えようとしているところに干渉して、あなたと魔王の魂を入れ替えられたんだけどね! 肉体を入れ替えるだけの神聖力は、なくなってるから!」


 本棚を全部、本を落とすことなく別の部屋にひとりで運ぶのは体力的に厳しいけど、罰の部屋にある本を一冊入れ替えるぐらいは出来る、みたいな感じかな、人間だと。

 と、変なたとえをする女神の話に、わたしは嫌な予感しかしなかった。

 

「待ってください、ってことは、わたしの身体にオーレヴィアちゃんの魂が入ってるって事じゃないですか! わたしの身体とオーレヴィアちゃん、大丈夫なんですか?!」

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