第27話 最大の破滅フラグに膝枕されているのですが!
わたし、たぶんずっと、夢を見てたんだ。
乙女ゲームの世界に転生だなんて、たぶんスマホでウェブ小説を読みながら布団の上で寝落ちしたせいで見た夢なんだ。
現実に戻ろう。まずは枕の感触から。
温かくて弾力があって、まさに最高の寝心地で。
「この高反発素枕……最高……!」
「起きた? オーレヴィア」
「ひょええええええええええええ?!」
わたしを見下ろす、金髪のセオフロストだった。
「セオフロスト殿下?! ゆ、夢じゃなかった……」
ゲームでは、呪いのせいで他人を信じられなくなり、誰もを拒否する冷たい視線と険しい表情で、まさに氷の王太子だったから。
たいてい人なつっこいけれども暗い表情をしていたデンカと、【ほめらぶ】に登場するセオフロストは、全く印象が違っていて。
近くで見た今だからこそ、同一人物だとわかるけれど。
「オーレヴィアの寝顔、かわいいからもうちょっと見てたかったのに……」
ゲームのスチルでも見たことがない柔らかい顔に、まだ声変わり前なのか高いけれど、推し声優の声に育っていくことが確実な甘い声。
これ以上セオフロストの近くにいたら、心臓が破裂しそうだ。
オーレヴィア最大の破滅フラグの好感度を上げきってしまったこともあるし――セオフロストを見ていると、理由もなく鼓動が早くなってしまうし。
「見ないでくださいぃ!」
わたしが立ち上がると、そこは騎士の訓練場のベンチで、どうやらベンチの上に寝かされていたらしい――セオフロストの、膝枕付きで。
改めて意識すると、私の顔はどんどん赤くなっていき。
「照れてるオーレヴィアも、かわいいよ」
と、セオフロストもベンチから立ち上がって、わたしに近づいてきて。
「おほん。殿下、事態は急を要します」
顔の良さで再び気絶しそうになっていたわたしは、じいやさんによって救われた。
「聖女の泉には、王家による瞬間移動用の魔法陣があります。全員を瞬間移動させるための陣が完成しましたので、オーレヴィア様も意識を取り戻されましたし、行きましょう。地面の線を踏まないよう、お気を付けて」
じいやさんが、わたしたちを試合場へと案内する。
試合場には、魔法陣が描かれ、武具に身を包んだ騎士達が整列していた。
「じいや様、最終確認だが私が指揮を取るのでよろしいかな?」
と、クリストさん。
「クリスト様以外に誰が指揮できるというんです? 王立騎士団長かつ、ヴィラン家の跡継ぎ様。なんでも、ご実家では騎士団の顧問をなさっているとか。今回の魔人討伐に向かう騎士達の能力に一番詳しいのは、あなた様です」
「よし。それなら道案内はこの少年、レインナイツが務める。山の探索のチーム分けは――」
クリストさんは共同チームのリーダーとして、テキパキと人員を振り分けていく。
リ、リーダーとしての能力あるんじゃん! クリストさん本人は、
と、わたしがおののいているうちに。
「全員、魔法陣の中に入りましたな。では始めます」
じいやさんが、石を掲げる。
しぐさは食堂と同じだけど、山にいくらでも転がっていそうな石でいいのかな、と思っていると。
「大地の力よ、道を示せ。この石が人の手に触れる前に在りし場所へと、我と我が陣の中にいる者たちを、導け!」
じいやさんの詠唱と共に、魔法陣から光があふれ出す。
まばゆい光に、目を開けていられない。
「つきましたぞ」
わたしが目を開けたとき。
「どこ……ここ」
美しい、山の中の泉がわたしの目の前にあった。
「聖女の泉だ! じいやさん、さすがは勇者パーティーの子孫のウィズ家出身にして、王太子の侍従……!」
わたしの横には、興奮した様子のレインナイツがいた。
「あ、オーレヴィア様。ドレスでいらっしゃったんですね。お手を」
「ありがと、レインナイツ」
山歩きに一番詳しいのはレインナイツだからなぁ、とわたしが軽い気持ちでレインナイツの手を取ると。
「レインナイツ、軽々しく令嬢に触るものではないよ。オーレヴィア、おいで」
セオフロストがやってきて、わたしに手を伸ばす。
どうしたらいいんだろうか。
わたしが戸惑っていると。
「殿下、オーレヴィア様をエスコートするのは、護衛たる私の役割です」
「僕に文句があるの? 騎士見習いのくせに?」
わたしのために争わないで!
なんで悪役令嬢に転生したのに、さっきからヒロインみたいなイベントばかり起きるんだろう。
「この山の中で身分にこだわっても仕方ないじゃない……山になれているレインナイツ、お願いね?」
それは、あくまでも、山を知っているかどうかの差で行った選択だったのだけれど。
「だ、そうですよ殿下」
勝ち誇っているレインナイツ。君、ゲームでは忠犬系だったのに、以外と図太い性格してるよね?!
「うくぐぐぐぐ……」
と、セオフロストは恋敵を見つめるかのような激しい視線で悔しがっていたが、山歩きにも鎧にもあまり慣れていないようで、じいやさんに手伝ってもらいながら歩いていた。
うん、レインナイツに補助を頼んでよかった!
というか、山歩きで喉が渇いてきた。
シスターさんの報告を受けた後、おやつ食べようと思っていたら、転移魔法でイナカ村行きだ。
聖女の泉で騎士たちが水を汲んで、素焼きのとっくりみたいなのにいれてたのを見かけた時に、とっくりと水を分けてもらえばよかったかも。
と、わたしとセオフロストがぐだぐだになりつつ、魔物捜索についていくと。
出るわ出るわの魔獣召換用方法陣。まだ準備段階ではあるものの、あと少し手を加えれば完成するものが20個はあった。
またあのヘドロみたいな匂いをかぐことになるのか、とわたしは最初、げんなりしていたけれど。
聖女の祝福がなされた剣で魔法陣を斬りつけると、魔法陣は全てチリのような粉になって消えて、嫌なにおいもしない。
聖女の祝福、強すぎでは……?
と、わたしが感動しつつ、休憩していると。
「オーレヴィア様、水どうぞ。次が最後のポイントなので、あともう一踏ん張りです」
「ありがとねレイン……ところで、山中歩き回っているというか、目的地があって歩いてる、って感じだったけど、なにか基準があるの?」
「じいやさんが、召喚魔法陣を書ける地脈の強い場所をマッピングして、そこに合わせてクリスト様と、私がルートを組みました……ドレスで歩けそうな山道を選べって、無茶言いますよクリスト様……」
レインは私の足元を見る。
今日わたしが身につけていたのは、コルセットもパニエも付けないシンプルな丈が長いワンピースのようなドレスに、バレエシューズのような異世界フラットシューズ。
ほぼ部屋着だったから山歩きに対応できたとはいえ、整備されていない道で靴はドロドロで、ドレスの裾は破れている。
「頑張ったね……レイン」
「まぁ……とんでもない量の水入りとっくりを運ばされるとは聞いてなかったので、軽やかに動かなきゃいけない山道を選ばなくてよかったですよ」
レインは、例のとっくりが詰まった袋を背負わされている。
レインだけでなく、山道を歩く騎士たち全員が、とっくり入り袋を持っている。
例外はセオフロストだが……逆にとっくりを持っていないことで、気まずそうにしている。
魔法陣探しをしている騎士たちは、少数精鋭の40人で、とっくり袋の中には、1リットルぐらい入るとっくりが5個はあったから……200個もとっくり運んで、何する気なんだろう?
少数精鋭でまずは進み、敵が出たら呼ぶ、と騎士の大多数を泉で待機させたのは、作戦だから、とっくりも作戦だとは思うけど。
「ところでさ、なんでレインはとっくりの水じゃなくて、自分用の水筒から水くれたの?」
「オーレヴィア様に渡せるなら、とっくりを渡したいですよ……とっくりの中の水を、指示があるまで絶対に減らすな、ってクリストさんが」
「強くなるための、山道トレーニング……?」
「じいやさんとの魔人対策作戦会議の結果、この指示になった、とは知らされてるんですけど……クリストさんならやりかねないんですよね……オレ……私が思ってたより、効率より筋肉重視らしいって、オーレヴィア様が見学してくださった時の稽古で思い知ったので……」
「わたしの見学の前にクリストさんに稽古してもらった時は、違ったの?」
「あれが初めてですよ! クリスト様と、王太子様の話し相手を臨時に任されているとはいえ、ただの騎士見習いなんて、太陽と地面ぐらい遠いですから! 本当に、夢みたいだったんですよ……ぶっ飛ばされるまでは」
「……なるほど。だから夢の話をした時、クリストさんがいるのに不満たらたらだったのね」
「部下が昼食をしていないことを把握してない主人とか、どれだけ強くても嫌です」
レインナイツがクリストに憧れていたのは、ちょうど、小学生がテレビの向こうの有名選手みたいになりたい、という感じだったのだろう。
ただ、わたしが訓練を見学したことで、ゲームでは本来発生しなかったクリストとレインナイツの試合が発生し──レインナイツは、憧れの人がとんでもない脳筋体育会系だ、という現実を突きつけられたのだろう。
「そういう性格だもんね、レインナイツ」
悪役令嬢オーレヴィアの部下だったレインナイツが、ゲームでオーレヴィアを裏切り、オーレヴィアがヒロインをいじめていることを告発する動機は、オーレヴィアにブラックにこき使われていたからだ。
「今でも、クリスト様のように強くなりたくはありますが……オーレヴィア様のような優しさを忘れないようにしたい、と思うようになりましたよ」
「わたし?」
「はい!」
元気いっぱいにこたえるレインナイツに、私が目を丸くしていると。
「レインナイツ、オーレヴィア、元気一杯だな。そろそろ行くぞ!」
「あいたぁ!」
「クリスト様、妹君とはいえ令嬢を叩くのは……ふぎゃっ!」
クリストさんに、二人とも背中を叩かれ、山道を歩き出すことになった。
最後の見回りポイントは、ノワールと以前に戦った場所だった。
ノワールが去った直後は普通の森に戻っていたが、再び、暗く、冷たく、
「忌々しい気配が、かよわきものたちからする!」
静かな森の中で、唐突に魔人の声がし──私たちの周囲で強い光が放たれた。
「ちっ、囲まれた」
レインナイツの視線を追うと。
召喚された触手の使い魔が、わたしたちをぐるりと取り囲んでいた。
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