第26話 国の破滅フラグは折れましたが、悪役令嬢としての破滅フラグが立ってしまいました

 わたしは、人間の難しいしがらみのせいで魔人ノワールに人々を傷つけられるのを、黙って見ているしかない、という話をしていたはずなのだが。

 

「デンカ、今、なんて?」

「え? オーレヴィアのやりたいこと、思ったより簡単に手助けできそうだな、ってだけだけど」

「馬鹿にしてるの?! わたしたちヴィラン家は村を助けられないかもしれないのに、なにが簡単よ! ……どうせ、どうせ全部滅びるんだったら、聖女も、聖女の武器なんてものも、なかった方がよかった。希望かと思ったことも、希望じゃ、なかった」


 声を荒げるわたしに。

 

「武器が早く届かない、だけじゃないよね。オーレヴィアなら、魔王がいること、魔王に対抗するために聖女が必要だということも、予想できてるんだよね?」

「うん」

「もしかしてさ、聖女が居ないから、村を守っても無駄だ、とか思ってない?」

「なんで」

「わかるよ、オーレヴィアを見てたら」

「勇者が魔王を倒せたのは、聖女との絆があったから。そして、聖なる祈りで魔王を倒した、と」

「聖なる祈りの神聖力の量は解析されていて、王立騎士団の騎士が普通使う聖女の祝福がなされた剣に込められている分の、千倍かな」

「そう」

「ところで、オーレヴィア。王宮にある聖女の祝福がなされた剣は、三千本ある。しかも、この剣の百倍の祝福が込められている勇者の剣が、10本」

「聖女がいなくても、なんとかなるってこと?」

「その通り。というか、僕の話をしていい?」


 わたしが無言で顔を上げると、デンカはわたしが思っていたより、真剣な顔をしていた。


「これ、秘密なんだけど――僕は、今年の1月に、都で魔人に襲われた。幸い、すぐに撃退されたけど。だから、都が危ないから、クリストさんがいるヴィラン家のお城に避難することになった」

「そうだったの?」

「オーレヴィア、驚いてるってことは――もしかして、僕が襲われる予知夢は、見ていないんだよね?」

「うん」


 そりゃそうだ。

 だって、【ほめらぶ】に出てこないキャラの過去なんて、わたしは知らない。


「こんな風にさ、魔人や、魔王が現れたときに、必ず聖女が現れて、対応できるわけじゃないって事を、王国は知ってる。だから、聖女抜きで魔王を倒せるような用意は、できてる。具体的にいうと、今年の2月には、王宮の王立騎士団全員に、祝福がある剣を配りきってたりとか」

「デンカ、あなたいったい何者?」


 レインナイツの友達の騎士見習いのはずなのに、やけに王宮に詳しい。というか、デンカはわたしに、一度も自分が騎士見習いだと自己紹介したことはない。

 そして、ショウの反応からして、デンカは本名ではない。

 わたし、デンカのこと、なにも知らない。


「オーレヴィア、前にも言ったと思うけど、デンカなんて遠慮した呼び方じゃなくて――」


 と、デンカが言いかけたとき。

 

「準備が整いました」


 デンカの後ろに、じいやさんが立った。

 

「行きましょう、デンカ。オーレヴィア嬢、申し訳ありませんが、皿の片付けは頼みましたぞ」

「はい?」

「ではデンカ、こちらに」

「わかったよ」


 デンカは立ち上がり、じいやさんの手を握る。

 

「大地の力よ、道を示せ。この鍵と対になる扉へと、我と我に触れている者を導け」

 

 じいやさんは鍵を掲げ、呪文を唱える。

 すると、魔人ノワールが使っていたのと同じような光が鍵から放たれ、デンカとじいやさんを包んでいく。

 

「えっ? なに? だいじょうぶなの? これ?」

「オーレヴィア嬢、また会いましょうぞ!」


 じいやさんの言葉とともに、光は消え。

「……どこ行ったの!」

 

 じいやさんとデンカの姿も消え去り、ただ、主人をなくしたレアチーズケーキのクリームがついた皿とフォークが、テーブルの上に残されているだけだった。


「転移魔術だね! 魔人と似た感じでボクは嫌いな術だけど、人間のために振るわれる力だから、怖くないよ。ところでさ、魔法使いのお爺さんと、お爺さんと一緒に行っちゃった男の子のお代わり分のレアチーズケーキ、食べていい?」

「ショウは元気だね……」


 デンカに魔人が出たことを話して、じいやさんと一緒に転移してしまってから1週間。

 いろいろなことがあった。

 食堂に魔法陣を仕掛けたのは、わたしの予想通り、服屋の店長だとわかった。

 店長はシスターさんに浄化され、元の優しい性格に戻った、とシスターさんがわたしに報告してくれた。

 

「浄化は無事終わったんですが、気になることがあり、予知夢を見たオーレヴィア様には、お伝えしておきたくて」

「なに?」

「なんというか……店長さんの魂が、一回引っこ抜かれて、また元に戻されてる感じなんですよね。本当なら丁寧に並べられている図書室の本の中に、正しい場所にはあるけれど、周りに変なすきまが空いていて、半分はみ出した形で本が収められていて、しかも、本にはしおりとしてメモが挟まっているような形、と言えばいいんでしょうか」

「まるで、無理矢理別の本を差し込んで抜いたあと、元の本に入れ替えたような感じってこと?」

「はい! そうなんです。入れ替えられたかのような、初めて見る形でけがれがあって。相手は、何をしてくるかわかりません。オーレヴィア様、ごうんを」

「わたし、なんでまたイナカ村に行かなきゃいけないんだろうね、シスター」

「予知夢で危険回避が出来ることを期待されて、ではないですか? 名誉なことです!」

 

 そう。

 訓練合宿改め魔物狩りにはわたしも同行することになりました。

 と、わたしがシスターさんと話をしていると。

 

「オーレヴィア様! 王立騎士団の方々がいらっしゃいました! 聖女の武器も!」


 マリカが、息を切らせてわたしの部屋に駆け込んできた。

 

「王立騎士団長のお兄様が一ヶ月かかるって言ってたものが、もう? 早すぎない?」

「とにかく、失礼のないようにお出迎えくださいませ、オーレヴィア様!」


 と、マリカに押し出されるように、わたしが玄関前にいるお客様のところに行くと。

 

「オーレヴィア様、こちら、お望みの聖女に祝福された剣でございます」


 と、【ほめらぶ】で見たとおりの王立騎士団の制服に身を包んだ方に、見せられたのは。


「レインナイツ好感度の好感度をラスボス戦前に最大にすると発生する特殊イベントで出てくる剣だ……!」

「オーレヴィア様? なにか?」

「ナンデモアリマセン。間違いなく聖女に祝福された剣で、感動してしまって」


 心の声が出てしまったようだ。

 それはともかくとして。

 騎士見習いのデンカがどうして王家所有の武器を持ち出せたのかは分からないけど。

 

「王立騎士団の皆様、ありがとうございます。これで、これで人々を守れます!」


 わたしが王立騎士団の方に頭を下げると。

 

「頭をお上げください。王太子殿下直々のご命令にしたがっただけです」

「……え?」

「オーレヴィア様は、1月から殿下とお過ごしで、オーレヴィア様から王太子殿下に直接たんがんがあったと把握しておりますが……」


 王立騎士団の人は、不思議な顔をしていた。

 わたしの背中を、冷や汗がたれる。

 そういえば、デンカが騎士見習いって、レインナイツも騎士見習いだから、ほめらぶに出てこない見た目と顔のデンカも騎士見習いだろうなーってわたしが勝手に思ってただけだけど!

 だって現代日本で殿下なんて、めったに使わない。皇族の方々のニュースで出てくる敬称も、基本的に陛下と様ぐらいのものだ。

 

「セオフロスト王太子殿下のおなりである!」

 

 号令と共に、白馬に乗ったセオフロストが玄関前にやってきて、王立騎士団の方々が一斉に道を空け、膝をつく。

 そのキリリとした、今まで見たことのないデンカの表情は。

 どう見ても色違いのセオフロストだった。

 セオフロストはゲーム開始前の14歳の時、呪いで銀髪になってしまう。

 だから、呪われる前のセオフロストの姿は――オーレヴィアの追放後、ヒロインを密かに呼び寄せた国王が語っていた。

 

「セオフロスト自分に似た金髪だったが、呪いのせいで銀色になってしまった、悲しみの色だ。あれを好きだというお嬢さんとの婚約が破棄できて、正直ほっとしている」

 

 銀髪イメージが強すぎて忘れてたけど、作中できちんと情報が出ていたのだ。

 

 そして、オーレヴィアと同い年のセオフロストは現在、12歳。

 まだまだ金髪時代だ。

 

 え、これはクリストさんの死亡フラグという、オーレヴィアの立場が不安定になって虐めに走る原因になった破滅フラグを折る代償として、最大の破滅フラグ――セオフロスト王太子との婚約――が立ってない?

 ふるえながら馬上のデンカを見上げるわたしに。

 

「言ったでしょ? オーレヴィアがやりたいことがあるなら、応援するし、つらいことなら僕が代わる。剣だったらレインナイツに勝てないけど、オーレヴィアを助けるぐらいなら、できるって」

 

 と、デンカ改め、セオフロスト王太子殿下はゲームのスチルもかすむほど美しく微笑み――色々と限界を超えたわたしは、気絶した。

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