5・ゲーム開始前のヒロインの村に呪われる前の王太子様と乗り込むことになったの、本当にどういう事?!

第25話 おやつを食べる前に一難やってきましたし、今のわたしには嘆くことしか出来ません

 嫌な気配は全くしないのに、じいやさんがあんなにあわてる魔法陣って、なんなんだろう?

 わたしが首をかしげていると、マリカがわたしにケーキを差し出した。

 

「じいや様、承知いたしました。オーレヴィア様、申し訳ないですがケーキを持っていてください」

「うん」


 じいやさんの指示で、マリカが去った後。

 

「ケーキがぬるくなっちゃう! 冷却!」


 と、ショウがケーキを冷やしているのを見て、そういえばショウ、料理の時に、料理する全員の手や食材、調理用具を浄化していたな、とわたしは思い出して。


「ショウ、あの魔法陣の浄化って、ショウにはできないの?」

「むり!」


 ぶるぶる震えながら、ショウは首を横に振った。


「この魔法陣、人には瘴気しょうきが見えないようになってるけど、妖精には見えてしまう。だから妖精対策に、さわったら死ぬ呪いが組み込まれてる。妖精だけにかかる呪いだから、たちが悪いよ」

「妖精が使う神聖力をけがし、死に至らしめる物です。間違いなく、魔人のしわざですな」


 と、横からじいやさんの解説が始まったとき。


「お待たせしました! ああこれは……聖水で流せるでしょう!」


 ちょうどシスターさんがやってきて、勢いよく魔法陣に水をかけた。

 魔法陣はじわじわと透明な水ににじんでいき、消えた。

 ただ、その場に残された水からは、突然ヘドロのような嫌なにおいがしはじめた。


「ボクのレアチーズケーキに変な匂いがついちゃう! 浄化! 加護バリア!」


 とショウがレアチーズケーキに色々と神聖術しんせいじゅつを掛けてくれて、ひと安心できたので。


「じいやさん、アレは何だったのですか?」

「魔人が使う、盗聴のための魔法陣です……あの濃さからして、数ヶ月前には既にあったかと」


 じいやさんの答えに、わたしはなぜ、バーサークグリズリーを魔王が魔人に与えたのかの推測ができてしまった。

 

「ここって、お兄様が騎士さんたちとの打ち合わせに使う場所ですよね? だから、この魔法陣でイナカ村に行く事、バーサークグリズリーにも魔人にも対応できない武器を持っていくことを、把握されて……」


 そうやって、ゲームでは悲劇――いや、魔王という犯人がいるから、イナカ村の人々とクリストさんに率いられたヴィラン家騎士団を標的にした殺人事件が起こってしまったのだ。

 規模としては事件というより、もはや小さな戦争だ。

 

「出入りする人間が多い食堂だから、犯人捜しは手こずりそうですな」

「ここ、平民の方にごちそうするのにも使う場所だから、多分、平民の、性格が激変しちゃった服屋の店長さんが、魔人に操られて、だと思う、たぶん」

「情報提供ありがとうございます。オーレヴィア様。さて、王宮で魔人に命を狙われたデンカを守るため、ヴィラン家の城に移動しましたが……ここにも魔の手が伸びているのか、さてどうしたものか」


 長考に入ったじいやさんに。

 

「それはそれとして、さ。オーレヴィア、僕の部屋くる? レアチーズケーキ、初めて見るお菓子だけと、冷たいうちに食べたほうが、いいんでしょ?」


 デンカが声をかけたとき。


 くぎゅるるるるる。

 

「そう、だね。おやつ食べなきゃ……」


 わたしのおなかが、鳴ってしまった。

 

「それなら、オーレヴィア嬢が普段使う食堂を使うのがよろしいかと」


 というじいやさんの提案に乗り、わたしたちはいつもの食堂へと。

 

「ここはだいじょうぶ!」


 というショウの太鼓判もあって、やっとのことレアチーズケーキを食べることが出来たのだった。

 

「初めて食べたけど、美味しいね」

 

 そう微笑むデンカの表情は。

 まるで、好感度が「恋人」になった時に表示される【ほめらぶ】アイコンのようで。

 顔が良い……眼福……と、アンナが聖女として目覚めるイベントをなくしてしまったから、滅びを待つだけになってしまっている今でも、輝いて見えて。


「領地に行ってきたの? 魔物がいたらしい、ってじいやから聞いたんだけど」

「顔だけじゃなく声もいい……」


 心の声が、口から漏れてしまった。

 

「オーレヴィア? オーレヴィアに褒めてもらえるのは嬉しいけど、質問に答えて?」

「は、はひぃ……」

 

 低く甘い声でささやかれ、くらくらしてしまいながらも。

 

「魔物が出てくるよりもひどいことになってた。普通の攻撃が効かない魔人がいた」


 わたしは、ぶっきらぼうになりつつ、なんとか答えた。

 

「それって、魔王が手下を送り込んでいるってこと?」

「間違いないわ。魔人は自慢げに、魔王様の加護かあるから。レインナイツの持つ戦乙女の加護がある矢で傷を負わせて、逃げさせる事に成功したけど、その代わりに矢をなくしてしまって……もう無理。聖女かもしれないって思ってた女の子は聖女じゃなかったから魔王は倒せないし、聖女が祝福した武器がないと、お兄様たちの力があっても、魔人は倒せないし」


 もう、やれること、ないのかもしれない。

 うつむいたわたしを、ショウが心配そうな顔で見上げている。

 

「オーレヴィア、オーレヴィアのレアチーズケーキ、ママのより美味しいよ? 元気ないなら、ボクの残りあげようか?」

「いらない。むしろあげる」


 レアチーズケーキの味なんて、アンナが聖女じゃなくて、この国がいずれ滅んでしまうと知ってしまっているから、全くしない。わたしはショウに皿を押しつけた。

 デンカの顔と声がいい、ということ以外は、聖女がいないこの世界では、全部ぼやけていて、遠くにあるようにしか思えない。

 理由が、日本にいた頃の推しの面影を感じる、なのはデンカには不誠実だから、魔王に殺されても黙っていよう、とは思っているけれど。

 

「聖女に祝福された武器が欲しいの? オーレヴィアは」

「ええ。ヴィラン家の騎士全員に行き渡るくらいに。それと、王族が率いる王立騎士団にも助太刀してほしいわね」


 魔王の侵攻によって、セイント王国が滅んでしまうのが止められなくなったのに、自分は何をしているのだろうか、とは思う。

 でも、わたしが死ぬ瞬間を先送りできるのは、確かだ。

 そう、自分に言い聞かせて、わたしはデンカに事情説明を続ける。


「なるほど」

「でも、間に合うのかわからないの。王族の方に王立騎士団を率いてもらえないと、聖女に祝福された武器を一ヶ月以内に届けてもらうことは出来ないみたいなんだけど。書類とかの事務仕事の関係で」


 王族が王立騎士団を率いて聖女の武器を使い、その一環として現地の貴族家騎士団に武器を貸し出すのは書類一枚で済むらしいのだが。

 王立騎士団とヴィラン家の騎士団が聖女の武器を使って行動するには。

 王様から騎士団をヴィラン家に貸し与える命令書。

 聖女に祝福された武器を貸し与える命令書。

 王立騎士団が、本来の所属である王家ではなく、ヴィラン家の指示に従うという事態に備え、援軍に行く騎士一人一人が提出する、一時的にヴィラン家に従うが、忠誠心は王家にあることを誓う誓約書。

 ……などなど、恐ろしい数の書類が必要になる。

 中央集権じゃない、王を中心とした独自の武力をもつ豪族の合議体制をセイント王国が取っているから、こんな面倒くさくて長ったらしい手続きが必要になる。

 はやく中央集権国家になれ、この異世界国家。

 

「予知夢から考えて、イナカ村が燃えるのは5月上旬。今は、4月最後の週の日曜日。二週間しか余裕がない。今の状態だと、お城の私たちが書類に埋もれているうちに、イナカ村は燃えてしまうし――イナカ村以外にも、被害が出る」

 

 アンナは城にいるからいいけれど――と思ったけれど、魔人ノワールはイェーガー村も、ヴィラン家の城すらも狙っているので、一ヶ月後に武器が届くのなら、お城は守れても、イェーガー村にいるレインナイツの両親と、城下町に住むお針子さんを見捨ててしまうことになってしまう。

 でも、事務効率化の内政改革なんて、今のわたしには出来ないし。

 魔王が侵攻してくる前に悲劇が起こると知っていても、人間のしがらみでなにも出来ない悔しさに、わたしがなにも言えなくなっていると。

 

「五月上旬までに王立騎士団と聖女の武器を集める? それだけでいいなら、思ったより簡単そうだ」


 そんな言葉が、わたしの耳に飛び込んできた。

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