第23話 ゲームが始まる前にゲームのラスボスが出ました

むらさきいろはだわら色のかみ、高い鼻に黄金のひとみ

 その顔は、まさに【ほめらぶ】のラスボスで。

 

「お喜びくださいおう様! 救済をこばんだか弱き者は、さらに救済されたい者たちを連れてきました! ああ、しょうかん準備が不十分で、効率的に救済を行えないことをお許しください!」


 わけのわからないことをさけんでいるのもちがいない。この見た目と性格、ちがいなく【ほめらぶ】のラスボス、じんノワールだ。

 どうしよう。【ほめらぶ】では聖女とのきずなかれの無敵バリアを破れたけど、この場に、聖女のはずのアンナがいない!

 勝てるのだろうか。私が不安に思う間にも、事態は進んでいく

 ノワールの足元が光り、無数のしょくしゅあやつ使つかが現れる。

 暗くて気づかなかったが、しょうかんほうじんが書いてあったようだ。


おう様から預かった大いなる熊をしょうかんするけは作れておりませんが、がしもべで十分でしょう!」


「お前、もしかしてバーサークグリズリーをしょうかんしようとしてるの?!」


 気づけば、わたしはそう言っていた。

 ゲームでヒロインを殺そうとしただけではなく、ヒロインの村まで燃やしていたとは。

 ノワールが、ふ、と笑う。

 

「そんなどうでもいいことを気にするのですか? そこのむすめおう様の精兵ではなく、わたくしめの使つかで救済されるのがご不満と? ああ、でも過程より結果が大事でしょう? 救済という」

「救済とかいってごまかしてるけど、人を殺すののどこが救済なのよ!」


 わたしの反論にも、ノワールはみをくずさない。

 

「人はいずれ死ぬもの。生きることは苦しみ。では、苦しむ期間を減らすことは、救済でちがいないでしょう?」

「生きることの楽しみを見いだしてるわよ、イナカ村の人は」

「ご心配なく。救済された方々は、どなたも文句はおっしゃいません。それに、イナカ村はただの始まり。イェーガー村も、ヴィラン家の城も、おう様の救済対象でございます! 聖女のまつえいみなさま、わざわざご足労いただき、ありがとうございます!」

 

 ふざけないで! つまりは死人に口なしってことじゃない!

 死にたくないし、クリストさんたちにも死んでしくないから、わたしはイナカ村を調査してるの!

 イナカ村の人たちは、はいりょに欠けている人たちかもしれない。ヒロインに、わざわざ故郷がものに燃やされて無くなったなんていう、暗い過去を持たせる必要性なんて、どこにもない!

 

「人はいずれ死ぬ。でもね、一分一秒、いっしゅんだけでもながらえたいと思うものなの!」

 

 わたしは、一回死んだ。

 あまりにもとうとつで、じんで、そのいかりとおくがあるから、二度とさんさいげたくはないというきょうで、わたしは原作をねじ曲げてまでここにやってきた。

 

「話し合いではわかり合えませんか。悲しいことだ」


 そんなわたしのせいいっぱいにも、ノワールはを見るような視線を向けて、かたをすくめるだけ。

 

「お前がそれを言うな!」

 

 話が通じない。たおすしかないんだ、ノワールは。


「オーレヴィア、下がれ」


 クリストさんの注意が、開戦の合図だった。

 私に向かってきたしょくしゅを、クリストさんが斬り捨てた。


 騎士達がクリストさんに加勢しようとするが、森の中なので木が邪魔をして、逆にクリストさんを斬りそうになっている。


「下がっていろ! 大人数だとかえって戦いづらい! 弓矢を使える者は合図があればえんを!」


「今だ!」

 

 無数の矢がじんさっとうするが――矢は不思議なことにノワールにさる直前で、空中で止まり――力なく地に落ちる。

 

おう様の加護をいただいたわたくしめに、そんな! いくさおとか聖女の祝福がある武器のなきか弱き者よ、大人しく救済を受け入れよ!」

 

 高笑いするじんの右目に、ブスリと、周りの光を完全にむ、やみめたような矢がき立った。


「お望みの、いくさおとの矢ですよ」


 レインナイツがいいはなったのと、ほぼ同時に。


「そしてしもべも、もういないぞ!」


 しょくしゅものを切り捨てたクリストさんが、ノワールへとせまる。

 クリストさんのけんは、めいけんではあるがいくさおとや聖女の加護はない。

 だが、そのけんすじは絶対にノワールをると言うはくに満ちていた。

 

「下等生物のくせにざかしい! おのれおのれおのれおのれ! わたくしめにきずを負わせたこと、覚えておけ! ああおう様、人間がそんにも王国と名乗っている人間のきだまりをかいくすための力をためるためにあえて負った物です! めいの向かいきずを祝福ください!」


 わけのわからないことを言いながら、ノワールは自分の周りに、ものしょうかんの時に似た光のほうじんかびがらせる。

 

「待て!」


 クリストさんがんだときには、光も、ノワールも消えていた。


 おうは、王国をほろぼそうとしているのはゲームで知っていて、ゲームのノワールもこんな調子のキャラなのだが……人が死ぬことは救済だとする、ゆがんだ思想の演説を直接聞くと、内容を知っていてもがする。

 

「レインナイツ」

「申し訳ありません。いただいた矢を、うばわれてしまいました」

「何を言う。お前が貴重な武器をしまなかったからこそ、敵をげき退たいすることが出来た。これは罪ではなく、ゆうかんさの証明だ」

「ありがたいお言葉、光栄です」

ほうをとらす。楽しみに待っていろ」

「……はい」


 ふと私は思った。

 クリストさん、変なところでけているから約束をすっぽかす可能性がある。

 

「お兄様、具体的にレインナイツに、なにをあげるの?」


 そうわたしが聞くと、案の定クリストさんは何も考えていなかったようで、慌てた様子で「ええっと……具体的には」と考え始めた。

 

「代わりの矢と……取り急ぎ、じんげき退たいの功績に対する賞品として、私の馬を一頭やろう。これからの馬の管理にかかるお金は私が出す。どうだ?」

つつしんでお受けします」


 レインナイツの好感度下落対策もできたし、魔人もいなくなって一件落着、とわたしは思ったのだけど。

 

「若、代わりとおっしゃいましたが、いくさおとの矢は若でさえ一本しか持っていなかったいっぴん。どうなさるのですか?」


 に尋ねられ、クリストさんは渋い顔。

 

「……王家に頭を下げ、聖女の祝福がある武具を一式、していただくしかないだろう」

 

「聖女の血筋といえども、聖女の祝福がある武器は王家に管理されていますからね……クリスト様の立場で手続きをしても、一ヶ月は取り寄せにかかるのでは?」


「王族の方が直々に使うなら輸送時間だけで済みますが、我々にしてもらうための手続きが長いんですよね……」

 

「前の王様の時、じんおそわれた地域をすぐに助けるためリストを作らずに聖女の武器を貸したら、貸出先におうの手先が混じっていて、大量に新品の聖女の武器をかいされるという事件があったらしいから仕方ないですよ」

 

 異世界のお役所仕事も大変そうね……。

 と、騎士達のグチを眺めていると。


「武器はまだいい。あると分かっているのだから。敵の発言からして、勇者がたおしてから発生していなかったおうが発生しているようだ。これの方が問題だ」

おう……聖女がおらねばたおせませんな。探さなければ」

「オーレヴィアは予知夢こそ見ているが、聖女の絆や、治癒聖術は使えないから、聖女ではないのだろうな」


 そうか、だからゲームでセオフロストは、聖女を探す時に「自分の呪いを解いてもらうため」ではなく、「王国の滅びを食い止めるため」って言うのか。

 自分が呪われて死ぬからセイント王国が滅ぶ、ということだと【ほめらぶ】プレイ中は思っていた。

 なので、「2年前から聖女を探しているが、見つからない」とゲーム開始の年の神聖歴400年に言うから、セオフロストが呪われたのって、399年のデビュタント前じゃなかった? と考察勢を悩ませるセリフで、わたしも色々と考えていたのだが。

 燃えたイナカ村を調査して、王国はおうが再び現れたことを知り、聖女を探す中でセオフロストも呪われてしまい、セオフロストは個人的に聖女を必要とするようになる、というのがゲーム本編の流れだったようだ。

 わかるか! あの説明不足なシナリオで!

 と、わたしが【ほめらぶ】のシナリオに対して何度目かわからない怒りをぶつけていたら。

 

「なにはともあれ、すぐ王家におうしんりゃくの準備をしていることを伝えなければな。調査は終わりだ、城に帰ろう」


 と、クリストさんが言って騎士達が帰りはじめたので、あわててわたしも彼らに続いたのだった。


 そして、村長の村で急いで旅支度をととのえ、アンナと一緒に馬車に飛び乗り、私たちはイナカ村をあとにした。

 

「お疲れ様でした、オーレヴィア様」

「アンナこそ、お疲れ様……」


 村を出発する時、アンナの母親が、アンナの手をぎゅっとにぎって「アンナ、あんたいい婿むこ見つけてきて、村にもどって来てよ!」と言っていたのにはわたしもドン引きだった。

 これって、女性同士でもセクハラなのでは? アンナ、口が引きつっていて明らかにいやがってるし。あいわらいしてるから、この母親はアンナが喜んでるとかんちがいしてるんだろうけど。


「どうすればいいかはわからないけど、アンナがお城に住み続けられるようにするね……」


 悪意がないだけ、アンナの両親はたちが悪い。

 わたしに失礼がないよう注意するのも、アンナのけっこんにこだわるのも、かれらの価値観でアンナの幸せを考えた結果なのだろう。

 村のちょう簿かくにんすれば多少の誤差はあるだろうから、そこに言いがかりを付けて、アンナの両親を村長職から追い落とすことは出来るとは思うが――アンナの両親は、ぎゃくたいや仕事のしつけなどでアンナを不当におとしめているわけではなく、アンナの幸せを願うあまりにアンナの話を聞かない、というほんまつてんとうな状態なだけなので、法的な対処が取れない分、地味だが一番しんどいじょうきょうなのだ。アンナの立場は。

 

「ありがとうございます!」


 と、女の子同士で絆を深めていると。

 

「オーレヴィア、おしり痛くない?」


 馬車に乗ってからずっと無言だったクリストさんが、やっと口を開いた。

 

「……ちょっと思ってたんですけど、お兄様、なんで行きは馬だったのに、帰りは馬車なんです?」

「だってレインナイツに馬をあげちゃったから……しかも、馬がお兄ちゃんを乗せてるときより、レインナイツを乗せてる方がうれしそうで、お兄ちゃんショック」


 窓の外には。

 馬をもらってあふれんばかりのがおのレインナイツと、なんだか足取りが軽い馬が、ちょうどへいそうしていた。


「ねぇ、馬にはボクものってる!」


 と、ショウ。


「身を乗り出すと落ちるぞ」


 と、レインナイツはぶっきらぼうだが、馬車から見る限り、ショウとレインナイツはなごやかに話していて、なんだか仲良くなっているようだった。


「オーレヴィア様のクッキー、本当に美味しかったんですよ!」

「ねぇ、わけてよ!」

「全部食べてしまいましたね」


 といった会話を聞きながら、仲良きことは美しきかな、とわたしがのほほんとしていたら。

 

「ぼくだってオーレヴィアのおが食べたいー! オーレヴィア、作って!」


 城に戻り、荷ほどきを終えた瞬間に、なぜかわたしの部屋まで付いてきていたショウが、盛大にだだをこね始めた。

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