第22話 もふもふ狐妖精がケガをしているので助けます

「大丈夫?!」

 

 駆け寄るわたしに、傷ついたファイアフォックスは薄く目を開く。

 

「魔物に襲われたから聖女の泉で傷を癒そうと思ったけど、もうダメだ……」

「この子……人間の薬を使ってもいいのかしら?」

 

 ゲーム中でヒロインは、ファイアフォックスを癒やすのに治癒魔法を使っていた。

 薬の中には、人間には使ってもいいが、動物には毒になるものがあると聞いたことがあるから、使ってはいけない薬をファイアフォックスに使って、ケガを悪化させるなんて嫌だ。

 レインナイツに尋ねると。

 

「大丈夫ですよ。妖精は女神の使いですから、人間よりも毒にも、魔にも強いです」

「じゃあ、応急処置するわ。しみるかもしれないけど我慢して」


 わたしがバスケットを開け、包帯やガーゼを取り出していると。

 

「では、私は女神の泉で水を汲んできます」


 そう言って、レインナイツは走っていった。

 改めてファイアフォックスを観察すると、ケガしてからしばらく経っているのか、出血が毛皮のあちこちにひっついて固まり、どこが傷口なのかわからない。

 傷を洗おう。わたしは消毒用のお酒、と書かれた瓶を開き、ファイアフォックスの傷口にかける。

 

「ああ……いい匂い……」


 消毒用のお酒はかなり度数が高いようで、12歳のオーレヴィアの身体では鼻を突き刺すにおいとしか思えないが、ファイアフォックスにとってははいい匂いらしい

 ゲーム内情報で、ファイアフォックスの4つの特性として、人間の言葉をしゃべる、お酒が大好き、全ての傷と病を治す万能薬を作れるってあったなぁ。ファイアフォックス。

 と、わたしが思い出しつつ、包帯を巻いていると。。

 

「お酒も良いけどレモンティーが飲みたい……へいウェイトレス! アイスティーレモン付きで一つ!」

 

 出血で体内の水分を失って喉が渇くのはわかるけど……。

 こ、この妖精、この状況でふざけるの……?!

 

「ありません! 包帯も巻けました!」

「しょぼーん」


 ……手当てされて元気になったのか、ファイアフォックスの声からは弱々しさが消えていた。

 

「ところで、ファイアフォックスって万能薬を作れるはずよね? 仲間から万能薬はもらえなかったの?」


 わたしの質問に、ファイアフォックスは目を伏せる。

 

「……仲間のいない方へ逃げなきゃいけなかったんだ。だから、キミがいて助かったよ。ありがとう」

「どういたしまして」

 

「傷を治してくれたお礼に、周りの人があなたのことをどう思っているか教えるね!」

「レインナイツ君は、キミのことを知り合いだと思ってるよ。金髪に青い瞳が素敵な彼は、キミのことをちょっと気になると思ってるよ」

 

「どういう事なのファイアフォックスさん?!」

 

 名前の代わりに見た目と好感度を伝えるという形式は、隠しキャラという「ヒロインが名前を知らない攻略対象」と遭遇したことを示すシステムメッセージだった。ということは……デンカの名前は、デンカではない?

 わたしは、ファイアフォックスを問い詰めようとしたが。

 

「その呼びかた、やだ。キミだって、ボクに人間、って呼ばれたらなんかイヤでしょ?」

「うぐっ……」


 ファイアフォックスの言うことは、正論なのだが。

 

「名前付けてよー!!!」

 

 だだをこねるファイアフォックスの様子は、駄々っ子そのもので。

 ゲームの、ヒロインの言葉や態度からヒロインの本当の気持ちを見抜いていた冷静なカウンセラーという、ゲームから受けたファイアフォックスの印象がガラガラと壊れていく。

 ヒロインが助けたファイアフォックスは「ファイアフォックスのフォスです」と自己紹介してたから、同じ名前を付けるのはちょっとなぁ……というか、キャラが違いすぎる!

 

「はーやーくーしーてー!」

「ええ――」

 

 なんて、ファイアフォックスの個体差にびっくりしているうちに。

 

「水を持ってきました……ってどうしたんです?」


 レインナイツが、聖女の泉から水をくんで戻ってきた。

 

「オーレヴィアがボクに名前付けてくれないの!」

「オーレヴィア様を呼び捨てする狐なんて、いくら女神の使いの妖精でも腹立たしいので、失礼太郎でいいんじゃないでしょうか」


 し、失礼太郎って。

 レインナイツは、だだをこねるファイアフォックス

 

「そんな名前はやだ! オーレヴィアがつけて!」

「あなたの名前は、ショウ!」

なんとなく、ショウって気がする。

「ありがと! オーレヴィア!」


 と、ショウはわたしの胸に飛び込もうとしたが。


「そこまでですファイアフォックス、オーレヴィア様のお召し物を、血で汚す気か」


 空中で、レインナイツにキャッチされ、包帯をはがされていた。


「ボク、ファイアフォックスじゃない! ショウ!」

「わかったショウ、聖女の泉の水で傷跡を癒やすぞ……ってなんだこの傷は?! 爪や牙による傷じゃない、まるで、素手で力尽くで皮膚がはがされ、引きちぎられたような……」


 レインナイツが厳しい表情でショウの傷を見ながら、ショウに水を注いでいるから。

 わたしものぞき込んでみたが、聖女の泉の水によって、元々ケガをしていなかったかのように美しい、純白の毛皮があるだけだった。

 

「オーレヴィア様、いますぐ山を下りましょう。妖精は普通の生き物とは違う存在です。しかもファイアフォックスは女神の眷属。ただの草木や動物、ワーウルフ程度の魔物では怪我をしません。妖精が怪我をしたということは――強力な魔物がいます」


 ショウの傷を癒やし終わったレインナイツが、険しい表情で立ち上がる。

 

「だったらボクも、オーレヴィアについていく!」

「ショウ、ショウにケガさせたのは、なに?」

「魔人の使い魔! 触手を引きちぎって、西の山からここまで逃げてきた! なんとか振り切ったけど」

「魔人……」


 【ほめらぶ】のラスボスだ。

 

「ただの魔人じゃないよ。多分、あの禍々しさからして、かなり魔王に近い、高位の。きっと、魔物だってたくさん従えられる」

 

「オーレヴィア様の悪夢の犯人、わかりましたね」


 レインナイツはずんずん歩き出す。

 

「レイン! 早いよ!」

「村長に、すぐクリスト様に連絡を取れる魔道具を預けています。すぐにでもクリスト様に、西の山の捜索をするよう伝えなければ」


 大急ぎで私たちが泊まっている村長の家に戻ったところ。

 ちょうど、クリストさん達も帰ってきていた。

 クリストさんは東の山のファイアフォックスの群れに出会い、西の山でファイアフォックスの神聖力とは全く異なる魔力の気配を感じて、西の山を探りに行った仲間が戻ってこないことを聞いて、あわてて山を下りてきたんだとか。


 翌朝。


 わたしは、騎士の皆さんやレインナイツと一緒に、村長の家の前の広場にクリストさんによって集められていた。

 

「リスクはあるが、今日の西の山の捜索には、オーレヴィアも同行しろ。ファイアフォックスは、自分が認めた人間と女神以外の言うことしか聞かん。ファイアフォックスに確実に道案内をさせるには、オーレヴィアが必要だ。できるな?」

 

 クリストさんに、わたしは大きくうなずく。

「ショウー! おいで!」

「なにー? オーレヴィア」


 ちゃっかりわたしに着いてきて、村長の家で昨日の晩ご飯も、寝床も、今日の朝ご飯までもらっているショウがわたしに駆け寄る。

 

「どこで怪我をしたのか、連れて行って」

「わかった!」


 ショウは、勢いよく西の山へと向かい――山道ではなく、山道の横のヤブへと突っ込んだ。

 

「ショウ待って。もどってきて。わたしやお兄様が通れそうな道を通って案内して」


 と、ショウを呼び止める一幕はあったが、ショウの道案内は的確で、どんどんと森は暗く、冷たく、小鳥の声もしない方向へと、私たちは近づいていった。

 足音以外は無音の、異様な暗い森。

 その奥に進むと、歌うような、すすり泣くような、異常な調子で「許してください」と繰り返す、耳障りな低い声が聞こえてきた。


「ああ……なんということだ……魔王様、お許しください! 救済に失敗しました! ですが幸いなことに、か弱き者は救済を望み、再びわたくしめの前に現れました! か弱き神聖力を感じます!」

 

 狂気を隠さない様子で、魔人がぶつぶつつぶやきながら、森の中をぐるぐる歩いている。

 ショウの気配を感じ取ってはいるようだが、わたしたちに対して行動を取る様子はない。

 

「ショウを怪我させたのは、あの魔人なんだよね?」

「そうだよ」


 ショウがわたしにうなずいたとき。

 

「魔王様へ仕える喜びを知ることすら出来ぬ下等生物は、上位存在として救済しなければ! ――死によって」


 青ざめた紫色の肌に、色あせたようなわら色の髪をした魔人が、ぐるりとこちらを向いた。

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