第21話 悪役令嬢ですが、ヒロインを雇うことになりました

 本来のゲームでは。

 ヒロインは燃えた村から助け出され、都に行き、勉強が出来ることを義理の親に認められ、王立学園に通うことに。

 


「掃除洗濯担当の下っ端でもいいです、どうか、どうか城に連れて行ってくださいませ、オーレヴィア様!」

 

「オーレヴィア、ここにいたのか」

「お兄様?!」


 クリストさんが、ノックもなしに部屋に入ってきた。

 

「そこの娘がメイドになりたいんだって? いっそのこと、オーレヴィアのじょとして雇うのはどうだ? 歳も近いし、もう読み書きが出来るならこれから仕込めばいい秘書になるぞ?」


 じょとは。

 【ほめらぶ】世界では、貴族の夫人や令嬢たったひとりに仕える個人付きのメイドだ。

 今までわたしの面倒を見てくれたメイドさんのマリカは、ヴィラン家全体に仕えていて、本来は料理担当の下級メイドなのだが、大家族の長女で、きょうだいの面倒を見た子守の経験が豊富なことから、オーレヴィア担当になっていたらしい。

 なお、クリストさんによると、本来こんなことはありえず、貴族女性の身の回りの世話をする専門職のメイドさんがいるのだが、どうもオーレヴィアの父が、経費削減と称して彼女たちをクビにして……浮いたお金を、愛人に貢いでいたらしい。

 ダメじゃん。自分の子供の養育費をケチるって……そういうの、けいざいてきぎゃくたいって呼ぶんだよ……。

 と、今までのオーレヴィアの生活環境は、セイント王国全体から見れば凍え死ぬことがないだけ恵まれているが、貴族令嬢としては最低だったので。


「まあ、難しく考えるな、オーレヴィア。これからもアンナと遊びたいかどうかで決めたらいいよ。難しいことは、オーレヴィアと一緒に家庭教師に教えてもらえばいいから。まずは、オーレヴィアはどれだけの人数の人に大切にされるべきなのか知るところから始めればいいから」


 と、クリストさんも判断のハードルを下げてくるし。

 

「クリスト様、ぜひよろしくお願いします!」


 必死なヒロインの様子に、わたしは、なんだか見覚えがあった。

 

 ゲームのオープニングの終わりに、レインナイツがヒロインを抱き起こすスチルだ。

 

 ヒロインの目は髪で隠され、頬を伝う涙と、笑っているのか叫んでいるのかわからない、引きつったように開いた口が描かれる。


 この顔については、王子と結ばれる事を確信して笑っている悪女だとか、悲しみのあまりに逆に笑ってしまっている、とか様々に考察されていたけれど。


 あのシーンをアンナ視点で見ると。

 村が燃えて、自分のことを好き勝手に噂したり、下品な願望のはけ口にしたりする人たちがいなくなって、そんな人たちを自分ごと守ろうとした人たちは炎と魔物に倒れて。

 自分の居場所が灰になって。

 心許せる幼馴染みと二人きりになって。


 アンナの性格からすると、開放感と悲しみで心がばらばらになってしまって、スチルのような顔になってしまうのだろう。


「お兄様、都の王立学園、行きたくなかったけど、アンナと一緒なら行きたい」

 

 村が燃えないなら、この下品な田舎に、誰にも大切にしてもらえていない12歳の女の子を置き去りにすることになる。

 それは、大人としてダメだと思う。


「お、それなら、5月のお兄様のお仕事が終わったらもう都に行こう。14歳のデビュタントはまだだけど、デビュタント前の子供達のお茶会で、お友達をたくさん増やしておかなきゃだからね」


 村が燃えないようにする、という形で物語を変えようとしたことで、本来アンナに約束されていたハッピーエンドがなくなるどころか、アンナは田舎の闇に飲み込まれるというバッドエンドを迎えるところになっていた。

 わたし、自分が破滅して死にたくないのと同じぐらい原作至上主義なアンナにはハッピーエンドを迎えてほしいので。

 わたしの行動でアンナから、幸せな出会いを奪ってしまうのなら、軌道修正のためにさらに物語を変える。

 なんだか青いタヌキが出てくるタイムスリップ漫画で、新幹線で九州から東京に行っても、飛行機を使っても東京に着くのは同じだから、過去を多少変えてもちゃんと決まった未来にたどり着くらしい、みたいなこと言ってたし。

 アンナを王立学園に入れれば、きっと大丈夫だ。

 わたしの覚悟は、決まった。


「お兄様、私アンナが気に入ったからじょとして差し出すように村長に命令して!」

「おう、お兄ちゃんに任せとけ! 行ってくる!」


 社長から係長に直接指示が飛ぶようなものだ。逆らえまい。

 頼もしい様子で部屋を出て行ったクリストに、アンナは涙をぬぐう。


「ありがとうございます……オーレヴィア様! どうお礼すればいいものか!」


 その涙は。

 ゲームのスチルの、心の傷から流れ出たしずくではなく。

 どこまでも、温かくて。

 

「アンナ、もし実家から結婚して帰ってこい、みたいなことを言われても帰りたくなかったら、公爵令嬢のワガママで返せない、って形にするから、安心してね」

「むしろ、お城にずっと住みたいです!」

「絶対に叶うよ、アンナ」


 アンナをお城に住ませるのは、わたしというか、王立学園でアンナが出会う顔が良い攻略対象たちだけど。

 そう思いつつ、わたしはアンナの背中をさすったのだった。


 翌朝。


「今日はワーウルフが虐殺されていた東の山を探索する! レインナイツは、オーレヴィアの護衛として村長の家にいること!」

 

 と、クリストさんの号令の元、騎士団の人たちは探索に行ってしまった。

 本当は探索にわたしも付き合う予定だったのだが。

 予知夢としてクリストさんに伝えたゲーム開始シーンで燃えていた場所がほぼ村の中だったことに加えて。

 2本足で歩く狼の姿をした、集団で生活し、簡単な道具を使う知能もあって、群れ一つで村一つなら壊滅させる魔物であるワーウルフが、あっさりと群れ三つも虐殺されているという異常事態につき、戦える人だけで山に行くことになったのだ。

 

 そんなわけで、わたしはレインナイツとお留守番だ。

 昼ごはんまでは、アンナに村の中を案内してもらったり、聖女についての言い伝えを村の古老から聞いたりと、楽しく過ごしたけれど。


「ひーまー!」

「ですねぇ……」


 昼ご飯のあとは、うつろな目をしたわたしとレインナイツができあがっていた。

 村の中の情報も、聖女についての言い伝えも、ゲーム内情報と一緒でした!

 レインナイツは見あきた地元を見て回っていたわけで。

 そりゃ、きょにもなる。

 なお、アンナは昼食後、母親から「レインナイツとは順調?」とかからかわれながら、今夜の宴会に使うマヨネーズ作りに連行されているので、ここにはいない。

 

「聖女の泉に行ってみたい!」


 異世界謎水が湧く泉だ。

 一回は見てみたい。

 アンナの説明によると、村の徒歩圏内の山の中にあるらしい。

 

「子供でも登れる場所にあるので、オーレヴィア様でも大丈夫ですよ」

「魔物、だいじょうぶ? いないよね?」

「東の山で、おそらくは真っ先に捜索する場所なので。もし異常があれば、もどってきた騎士団の皆さんに止められるでしょう。お出かけが決まったなら、山用の装備に着替えてきますね」


 と、トントン拍子にお出かけ準備は進み。

 

「オーレヴィア様、応急キットを持っていってください。山に慣れていない人は怪我をしやすいので」

「ありがとう、アンナ」


 泉で卵を洗って帰ってきたアンナから、応急処置セットのバスケットをもらったりして。

 あとは、レインナイツと合流するだけになった。

 

「お待たせしました! オーレヴィア様!」

「剣は持たないの?」


 レインナイツは、弓矢とサバイバルナイフだけを身につけていた。

 騎士には剣! というイメージがあるから、わたしが意外に思っていると。

 

「山の中は木が多いから、振り回して引っかかる可能性がある大剣より、弓矢とナイフの方が小回りがきいていいんです」

「なるほどね」

「実を言うと、剣より弓矢の方が得意なんです」

 

 レインナイツは胸を張る。

 

「剣では先輩に吹き飛ばされてばかりですが、ヴィラン家騎士団の弓の腕比べで一番を取って、賞品として戦乙女の加護がある矢をクリスト様からもらったんです。お守りになるから、弓矢を持ち歩くときは常に持ち歩いています。ほら、これ」

 

 レインナイツは、わたしに一本の矢を見せてくれた。

 くろな、やみぎょうさせたような矢だった。

 めたきんちょうかんのような、せいひつもりおくきよらかな空気のような、普通の人間がようさわれば、さってんでしまいそうな、おそろしくもうつくしいをまとっている。


「うまく言えないけど、特別なのね」


 と、おしゃべりしながら、森の小道を歩いていると。


「レインナイツ、道の上になにか倒れてない?」


 道の上に、白い毛並みの動物が、血を流して倒れていた。

 

「狐……いや、尻尾の先に青い炎が燃えている?」

「ファイアフォックスだ!」


 ゲーム中で、ヒロインに攻略対象の好感度を教えてくれるお助け妖精が、傷ついた姿で私たちの前で、痛みをこらえるような浅い呼吸を繰り返していた。

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