第20話 ヒロインが登場しましたが、転生者ではないようです

 【ほめらぶ】には名前変更機能があり、デフォルトネームの『アンナ』から別の名前にすることができる。

 だから、もしヒロインが転生者なら、不思議な力で、ゲームに入力した日本人の名前になっているかもしれない、とわたしはけいかいしていたのだ。


「アンナ、よろしく」

「はい、オーレヴィア様」


 わたしのあいさつに対する反応からしても、ヒロインは自分の名前に違和感を持っている様子はない。


 だが安心は出来ない。


 わたしの場合は、【ほめらぶ】をオンラインストアからダウンロードしたのもあって、世界のどこかと繋がっているゲーム機で本名を入力するのがなんだか怖くて、デフォルトネームのアンナのままプレイしていた。


 それに、前世の記憶を思い出しても、わざわざ前世の名前を名乗ったりしたら、変人だ。【ほめらぶ】世界なら変人扱いを超えて魔女扱いされて火あぶり待ったなしだ。


 わたしだって、中身は日本人OLだが、しれっと肉体の名前であるオーレヴィアを名乗り続けている。

 というかオーレヴィアと呼ばれ続け、最近日本での本名を忘れかけてる気がしてきた。


「では、オーレヴィアの世話を頼もうか。オーレヴィア、先に休んでいてくれ」


「お部屋に案内いたしますね」


 と、わたしがアンナについて行く間。

 

「村の周りで、なにかおかしな事はなかったか!」

「猟師が、東の山でワーウルフが多数殺されているのを見つけたと報告が。騎士様達の狩りかと思いましたが、猟師が言うには、どうもワーウルフ全てが、縄のようなもので絞め殺されていたそうです!」

「今の状態では、クレイジーグリズリーが村に迷いこむ可能性はあるのか!」

「クレイジーグリズリーはワーウルフがリーダーが群れをまとめた上で狩る最優先の餌なのでありえない! ……いや、イナカ村の近くに生息するワーウルフの群れ3つ、その全てのリーダーが殺されていたとも報告されているので……あります!!!」

「……ふうむ、レインナイツの証言も、オーレヴィアの予言も本当のようだな!」


 クリストさんの鍛え上げられた大声に釣られた、村長も大声で話しているので、会話内容がバッチリ聞こえる。

 村に出発する前に、マリカにバッチリ耳掃除してもらった効果があった。


 と、聞き耳を立てているうちに。

 

「オーレヴィア様、お部屋はここです、私は、ここで下がりますね」

「待ってアンナ。今わたしおしゃべりがしたいわ。付き合ってくれる?」


 できるだけ早く、ヒロインが転生者か否か確かめなければ。

 わたしはアンナを、わたしが泊まる部屋に入れ、周りに誰もいないことを確かめてしっかりとドアを閉めた。

 

「アンナ、赤いきつねといえば?」


 日本なら誰もが知る即席麺だ。

 緑のたぬき、とかうどん、とかあぶらあげ、という答えがくるか?! とわたしが身構えていたら。

 

「うーん……きつねって、白か青じゃないですか? 青は妖精で、しっぽだけですけど」


 確かにこの世界では、イナカ村の周りには白い毛皮の白ギツネと、しっぽに青い狐火をまとわせた狐型の妖精、ファイアフォックスしかいない。

 

「緑のたぬきは?」

「タヌキってなんですか?」


 曇りのない瞳でアンナはわたしを見ている。

 本当に知らないようだ。

 これ以上粘ったら「オーレヴィア様って変な人……もしかして魔女?!」からの火あぶりルートが見えてくる。ごまかそう。

 

「赤いきつねと緑のタヌキは、わたしがヴィラン家の書庫で見つけた、いにしえの聖女が記した文の一部なの。アンナは、聖女の泉がある村の子だから、この言葉がある言い伝えを知らないかと思って聞いただけなの」


 初代聖女はマヨネーズ好きな転生者だ。多分、オタクの。

 日記に「赤いきつねと緑のたにき食べたーい!」ぐらい書いていてもおかしくないだろう。

 そう思って、ごまかしたら。

 

「赤いきつねと緑のたぬき……失われた古代の呪文なんじゃないですか? 特別な狐を召喚するための」

「そうかもね。参考になったわ」

 

 本当に、日本のことを今のアンナは知らないらしい。

 もし転生者だったとしても、階段から落ちて転んだとかのイベントがないと前世の記憶を思い出さないだろうから、アンナの身の周りの情報収集をレインナイツにでもしてもらおうか……そうだ、

 

「アンナは、レインナイツについてはどう思う?」

「……うらやましい、ですね」


 アンナの声には、なぜか悲しみが含まれていた。

 

「かっこいいとか好きとかそういうのは?」

「あーっ、もしかして……オーレヴィア様、あの子のこと好きなんですか?」

「ま、まさか」


 と、恋バナみたいな雰囲気になってきた時。

 

「もし、オーレヴィア様、お茶をお持ちいたしました。気が利かない娘ですいません」


 村長がお茶を持ってきた。

 

「アンナ、貴族の結婚はお家が決めるものだからしょみんと同じように考えるんじゃない。娘が失礼しました」


 父親に注意され、怯えた様子でアンナがふるえる。

 うーん、なんだか毒親を感じる。

 

「失礼だなんてとんでもありません。わたしが、アンナにおしゃべりに付き合うよう命じたのですから」

「ところで、オーレヴィア様、厚かましいお願いなのですが、アンナの結婚相手に良さそうな騎士など……紹介していただけないでしょうか?」


 なんで結婚相手の話になった。

 わたしが困惑していると、明らかにアンナの顔が引きつった。

 この流れ、アンナの希望じゃないんだな。

 

「アンナはわたしと同じ12歳で、セイント王国の婚姻可能年齢は18歳でしょう? 気が早すぎません? 興がそがれましたわ。せっかくアンナが楽しませてくれたのに。さっさとお茶を置いて、二人きりにしていただけませんこと?」


 わたしがゲームのオーレヴィアそっくりに村長に言うと、村長は無言でティーセットを机において逃げだし、アンナはほっとした表情に。


「ありがとうございます、オーレヴィア様」

「いいの。それよりおしゃべりよ。アンナはこれからどうしたいの?」

「どこかのお城でメイドとして働きたいです……この村から、出たい」

「確かにお父さんとはうまくいっていない感じね」

「この村、誰も私のことをわかってくれない」


 そうつぶやいたのをきっかけに、想像を絶するアンナのグチ大会が始まった。

 

「私がどれだけ頑張っても、おばさん達は全部『アンナはいいお母さんになるねぇ、ところで、気になる人とかいないの?』ばっかり。私の頑張りなんかどうでもよくて、わたしの結婚をネタに盛り上がりたいだけなんですよ。会ったこともない人と付き合ってることにされて、必死で否定したりとかも。その時レインナイツに手伝ってもらったから、今はレインナイツと付き合ってることにされてます。そんなこと、ないのに」


 うっっっっっっっわ。

 ダメな田舎じゃん!

 わたしがドン引きして何も言えない間にも、アンナのぶっちゃけは止まらない。

 

「あげくの果てには、二人きりでレインナイツと話して、誰にも聞かれてないはずの相談の内容に、下ネタを混ぜてあの二人ってとんでもない関係らしいよ、って噂を流された時には、お詫びのクッキー渡しに行きました。まぁ、元凶は私に片思いしてレインナイツに嫉妬してた男の子だったので、レインナイツに聖女の泉に沈められてましたけど。その煩悩を洗い流せって」

「そ、そう」

「おばさんだけじゃなく、おじさんも無理。私は男爵令嬢だから遠慮してるのか、私はされた事ないけど、平民の同い年の友達に対して、とんでもない下ネタ言ってるのが日常だし。話したこともない10歳上の息子と気が合いそうだからお見合いする? なんて父に持ってくるおっさんもいるし。いくら田舎者でも、うちは男爵家です、平民で貧乏で年が離れすぎてる人なんて無理、って断ってくれたけど、年が近かったら断り切れずにお見合いに顔出さなきゃで最悪です。たいてい相手は平民だから、せめて男爵家の次男以下か騎士と結婚したい、と父に言ってからは断ってもらえるようになりましたけど……レインナイツが巻き込まれちゃって」


 燃えてしまえこんな村。

 【ほめらぶ】のチュートリアルが。

 学園入学前に、育ての親に連れてこられた、故郷の村の人々のなきがらが埋められている都の共同墓地に連れてこられたヒロインが、共同墓地の近くの野原を散歩していいた時にケガをしている妖精を助け、妖精が助けてくれたお礼に周りの人の自分に対する好感度を教えてもらえるようになる、という形で始まるのは。


 これって、田舎の悪いところを煮詰めたような村人達の冥福なんて真面目に祈る気になれないからサボってたんじゃないの?! ゲームのヒロイン。

 

「お、お茶飲んで落ち着いて……」

「本当に最悪です。やめてって言っても『若い子は照れ屋さんねぇ』って茶化されるばっかりで。わたしの話を真面目に聞いてくれたのは、オーレヴィア様だけです」

「そうだったの……」

「父なんかじゃなくて、オーレヴィア様が主君ならいいのに。オーレヴィア様、わたしのこと、メイドとして雇っていただけませんか? 田舎男爵家の娘ですけど、読み書きと簡単な計算なら出来ます」

「え、ええっと……」


 悪役令嬢だよ、わたし。

 ヒロインを雇ってええんか?!

 困惑のあまり、わたしの脳内はエセ関西弁に占領された。

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