4・ゲーム開始前のヒロインの村にゲームのラスボスが出たんですけど?!

第19話 斜め上から転生者情報がやってきました

 お針子さんから、マヨネーズという言葉が飛び出してきて。

 少なくともわたしが転生してからの10日間で、マヨネーズは名前を聞いたこともなければ、わたしの舌を信じる限り、料理にも使われていない。

 

 まさか、転生者?! ウェブ小説では定番の展開が起きてるの?!

 

「なななななにそれ?」

「あら、ご存じなかったんですか? 勇者パーティーに参加した聖女様のおばあさま、初代聖女ヴィラン様が伝えてくださった伝統料理ですね。勇者パーティーに参加なさった聖女様のおばあさまが、まだセイント王国に併合される前の隠れ里だったイナカ村に、伝えてくださった」

 

 予想の斜め上から転生者情報がやってきた。

 というか、この世界に転生者がいるの? ゲーム開始以前に?!

 ゲームの世界に転生したのか、それとも、ゲームっぽい異世界に転生したのか、わたしは分からなくなってきた。

 

「ねえ、マヨネーズってお城のシェフに頼めば作ってもらえるかしら?」

「それは……難しいかと……」


 ヒロインも、初代聖女も転生者なの?! と身構えるわたしに。


「下処理にイナカ村にしかない聖女の泉が必要なのです」

「え?」

 

 なにそれなにそれなにそれゲームにない情報?!

 いい水があってお酒が美味しい、とクリストさんが言っていたいい水は、きっと聖女の泉のことだろう。

 

「マヨネーズは生卵のソースなので、産みたて生卵を聖女の泉で洗い、浄化した上で作らないとおなかを壊すので……イナカ村以外では作れないのです」


 まさかの、消毒の問題だった。

 もうゲーム世界と思うより、異世界の預言書がゲームだったと思って行動する方が良さそうだ。

 というか。


「聖女の泉の水で卵を浄化すればいいなら、城に水をビンなりタル形で持ってこさせればいいんじゃないの?」

「それが、出来ないんです。イナカ村の中なら、全ての病を洗い流し、傷を癒やす水なのですが」

「イナカ村の外に出ると効果が失われてしまうの?」

「はい。水のおいしさも、父が言うにはイナカ村の酒と、イナカ村の外で造った酒では味が違う、と言うぐらいに変わるそうです」


 場所を移動すると効果がなくなる水とは、なんとも異世界だ。

 卵についた細菌やウイルスは殺すのに、細菌と同じ真菌の仲間の、お酒作りに使われる微生物の酵母もしくは麹は殺菌しないとは、なかなか不思議な水で、異世界を感じる。


「初代聖女って、なんでヴィラン様なの?」

「言い伝えによれば、『私のことはマヨネーズスキー・ヴィランと呼びなさい!』と自称なさったとか。ああごめんなさい。子孫ののオーレヴィア様の方が、詳しかったですよね?」

 

 初耳だよ。

 あとその絶妙にダサいネーミングセンス、間違いなく同類日本人オタク女っぽい気がする。


「いえ、城で聞く話とはちがって、面白かったな。ありがとう」


 と、話しているうちに採寸は終わっていて。

 採寸が終わりました、と言うお針子さんに対し、マリカと店長が部屋に入ってきた。

 

「ちんたら仕事をするな、食事に遅れる。公爵家の食堂で食べられることなんて、滅多にないんだからな!」


 と、店長はイライラした様子でお針子さんをわたしがいつも使う食堂とは逆方向に連れて行くので。


「あの、食堂なら……」


 と、わたしが言いかけたところ、マリカにがおで止められた。


「オーレヴィア様、あのものは平民ですから、格が落ちた食堂を使うのです」

「そう、なんだ」

「しかしあの店主、一ヶ月前の当主様の仕立てでも昼食をたかっていたと思ったら、オーレヴィア様の服の仕立てでも、送料と称して食事をたかって……忌々いまいましい! 今年に入るまでは、むしろ無料ただで服を作って渡してくるから、こちらが無理矢理に適切な報酬を払うぐらいだったのに!」


 マリカが本気で嫌そうに店長達を見送っていて。

 なんだかモヤモヤした気分で、わたしの服の準備は終わったのだった。


 わたしの準備が整ったので、服屋さん達が来た次の日に、わたしたちは出発した。


 マリカは私の専属メイドではないからお留守番だ。

 これを知ったクリストさんは「父上……」と怒りに震えていたけど、わたし中身が日本人OLだから、お世話してもらわなくても大丈夫だよ?

 

 三日ほど馬車に揺られ、イナカ村に。アスファルトで舗装されてなどいない異世界山道だったので、揺れまくってお尻がもげそうだった。

 

 馬車の窓から見る限り、イナカ村は東西を緑の山に挟まれた谷間の村で、いかにも転生主人公がスローライフを送っていそうなのんびりした村だ。


「オーレヴィア、見て。あれがヴィラン家の初代様がお作りになった山脈だよ」


 と、馬車の横で馬を走らせるクリストさんが指さす先には。


「すごい……」

 

 西側の山の向こうに、空に届きそうなほど高い山々が、白い峰を並べていた。

 万年雪をかぶったきゅうしゅんな山脈が横たわっている光景は、なにも知らずに見ればスイスか軽井沢のような美しい風景だが――あの山々こそが、勇者パーティーの聖女によって作られた、魔王の領域と人間の領域をへだてる大結界。

 

 つまり、イナカ村が魔王国との最前線である証拠だ。

 

 ゲームの説明によると、勇者パーティーの聖女が神の力を使って物理的に9千メートル級の山脈を作り出し、魔法を使っても山越えを非常に難しくした上で、地下・地上両方の9千メートルに加護を山ほど掛けて破壊不能としたもの、なんだそうな。

 そしてその山脈に降り積もる万年雪には、邪なるものを退ける力があり、その雪に日光が反射することで、聖なる力が拡散し、魔物や魔王の山越えを不可能にしているんだとか。


 と、言うと無敵の結界に思えるが……セイント王国に転移魔法で部下を送り込んでいることが作中でわかるし、最悪のバッドエンドである革命エンドで魔王は、にっしょくを起こして太陽を隠し、万年雪による魔物避け効果を下げるという手を打ってくる。


 と、山を眺めていると、目的地のイナカ村の村長の家に着いて。


「ようこそいらっしゃいました騎士様、予定よりずいぶん早い上に……お嬢様も?」


 村長がクリストさんを出迎える。

「調査すべき事があるので、しばらく滞在したい。オーレヴィアは……彼女が、この村で行う訓練中に魔物が現れ、恐ろしいことになるという予知夢を見たから連れてきた。彼女の世話が出来る者はいないか?」

「でしたら、騎士様達の手伝いに用意した者が男ばかりなので……」


 と、村長は困った顔をしたが。

 

「お父さん? お客さんなの?」


 と、わたしたちの後ろから、女の子の声が。

 

「アンナ、ちょっとこっちに!」


 と、村長が声をかけると、女の子がわたしたちの前にやってきた。

 

「騎士様! こんにちは!」

 

 ふわふわでさらさらの茶髪に茶色い目の少女。

 西洋人というより、髪を染めた日本人に近い印象なのは、ゲームのスチル通りな、おっとりした印象の彼女は。


「村長の娘のアンナです! 何かあればお申し付けくださいね! オーレヴィア様!」


 そう、【ほめらぶ】のプレイヤー操作キャラクター――ヒロインの、デフォルトネームを元気いっぱいに名乗った。

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