第18話 クリストさんの死亡フラグ乱立と、異世界にもブラック上司がいることが判明しました
クリストさんがイナカ村から帰ったあと、楽しみにしていることがあると死亡フラグのようなことを言うので。
定番の死亡フラグ「俺、この戦いから帰ったら結婚するんだ」について、わたしが軽い気持ちで
クリストさんは、笑顔でうなずいた。
「婚約者はいないけど、当主になったらプロポーズしようと思っているお嬢様なら。大丈夫、結婚の許しはもうご両親にいただいてるよ。もうすぐ家族が増えるよ、やったねオーレヴィア」
し、死亡フラグをこれでもかってほど立ててる――!
もはや死亡フラグのハリネズミだ。クリストさんは。
これ、イナカ村に行ったら、ホラー映画の世界なら、なにが起こっているのか理解せずにワガママを言い続けて、殺人鬼とかお化けの殺される女の子枠になっちゃうんじゃないの、わたし?
と、クリストさんの死亡フラグの乱立っぷりに頭を抱えた日から、一週間。
わたしが今持っているふわふわのドレスでは山には行けない、とのことで。乗馬服が
なんちゃって中世西洋風ゲーム世界に既製品の服を売るブティックなんてあるはずもなく、イチから採寸して作ったオーダーメイドだ。
そして、服屋の店長さんとお針子さんが、できあがった服を渡しの部屋まで持ってきてくれた。百貨店の
「本来10日はかかるものを二日で仕上げましたので、
服屋の店長さんの長い解説を、わぁ……デスマーチ! と思いながら聞きつつ、わたしはマリカとお針子さんに乗馬服を着せられていた。
「では、支払いは材料費と魔法加工費、お針子に対する二日の日当でよろしいですね」
「それは……」
「平民が、ヴィラン公爵家の判断に何か文句があるのですか?」
無慈悲に告げるマリカに、表情を曇らせる店長とお針子さん。
なるほど、こんなことの繰り返しで、革命エンドでは革命が起きたんだな、とわたしはピンときた。
確かに、わたしの新しい服を作ってもらうのにかかった時間は短いが、いつもより頑張って作ったのに、普段より安い賃金しか支払われないとか、マリカがやろうとしているのはブラック取引先と一緒のことだ。
「お針子たちに特急料金として、追加で8日分の日当を払ってあげて」
「それはありがたい! オーレヴィア様は素晴らしい方ですね!」
歓声を上げる店長に対し、マリカは「オーレヴィア様、考え直してくださいませ」と冷ややかだ。
「急ぎでもないのに早く持ってくるようになりますよ?」
余計なことを! とマリカをにらみつける店長。
なるほど、そういう強欲商人だったから、マリカは容赦が無かったのか、と納得した一方で。
お針子さんはわたしの横で、ただオロオロしていた。
「お前も何か言え!」
店長がお針子さんに怒鳴る。わー絵に描いたようなブラック上司だ。
「ただのお針子はなにも言えません、公爵家様に従うだけです」
そう、目を伏せるお針子さんは、小さくふるえていて。
「使えない奴だな!」
吐き捨てる店長と、言い返すことすら出来ないお針子さん。
店長は強欲商人で好きになれそうもないが、お針子さんには報いてあげたい。でも、【ほめらぶ】世界は王家すらも使えるお金は無限じゃないと示されている世界なので。
「マリカ。それなら、わたしの都合で急いで仕立ててもらうときは、社交の場に出られる品質であれば普通の仕立ての日数分の日当を特急料金として支払うけれど、わたしが急ぎでお願いしていないとき、仕立屋さんの都合で前もって決めた完成予定日より早く持ってきたときは、品質が問題なくても、作るのにかかった日数分の日当のみを払う、って契約書を作りましょうよ」
「では、オーレヴィア様の署名をいただけますか? 今すぐ!」
店長は先ほどのパワハラ顔が嘘のようにニッコニコだ。
その表情にははっきりと「カモがネギを背負ってきたぜグヘヘ」と書いてあるかのようで。
ついでに言うと、マリカの眉間には、峡谷のように深い皺がきざまれていて。
うーん、これはわたしだけで契約したら、難癖付けてたかられる未来しか見えない。
「うーん、契約書より、ヴィラン家からの命令書の方がいいかしら? まだわたしは子供だから、後見人としてお兄様にも立ち会ってもらって、お兄様の許可と署名をもらってから書くわ。そして、わたしが原本を持って、仕立屋さんと、お兄様には写しを渡してね、マリカ」
「承知いたしました」
会話の外に追いやられたことに気づいた店長が、ものすごい目でわたしをにらんでいるが、もう遅い。
「ついでに言うと、今回の8日分の日当はお針子さんにヴィラン家からの褒美として与えて、自分で使うことを命令してね。店長に渡すのは、命令で禁止して」
「承知いたしました。では、先ほど申し上げた分を店長に支払い、お針子には命令と報奨を下賜する。二人とも出てよろしい」
マリカの命令に、店長は不満げだ。
「まだ用事は終わっておりません。オーレヴィア様のドレス用の寸法を改めて測らせていただきとうございます。そして、お話も……」
「採寸はお針子だけでいいでしょう? 先に、支払いを済ませましょう」
わたしをカモにすることを諦めていない店長はマリカによってつまみ出されたので。
わたしはお針子さんと二人に。
「おつかれさま。ひどい店長ね。平民の話を聞きたいから、店長に対する愚痴でも何でも話して。敬語が崩れても気にしないわ」
せっかくの、平民の人と話せる機会だ。
転生したてからわたしは、レインナイツとかデンカとかクリストさんとか騎士の方々とか……ふれあってきた人が、体育会系に
わたしのセリフに、お針子さんは目を輝かせる。
「本当にありがとうございます! 店長、年が変わる前はいい人だったんですけど、年が変わってからは、お針子の給料を勝手に奪うし、無茶な仕事を受けるしで、自分勝手になってて。オーレヴィア様に釘を刺されたなら、店長の目も覚めるでしょう」
「どう、いたしまして?」
「オーレヴィア様、店長の悪巧みを見抜くなんて、さすがは貴族のお嬢様ですね。あたしの田舎者の姪っ子とは大違いです。店長の悪巧みと言えば――」
と、お針子さんはわたしを褒め称えつつ、店長に対する愚痴を無限に言い続けはじめて、さすがにわたしもげっそりしてきたので。
「平民の暮らしが気になるわ。姪っ子さんのこと、聞かせてくれる?」
「文字通りイナカ村って所の村長の娘で」
「そそそそそそうなの」
ヒロインだ! 絶対ヒロインだ!
わたしは確信する。
話題を逸らした先に、とんでもない情報が転がっていた。
「元気いっぱいで心優しい子ですよ」
「その、知恵で村を便利にしたりとか、独自のレシピの美味しい料理を作ったりとかはしないの?」
「うーん……村娘だから物を知らないところが多い子で、でも向上心はあって、わたしの街の話をよく聞いてくれる子ですよ」
知識チートはやっていないらしい。けれど、ヒロインが【ほめらぶ】プレイヤーなら、この世界の価値観にそぐわないことを言ったら、魔女として火あぶりにされる世界だと知っているから、息を潜めているだけかもしれない。
情報が足りない。
「他に、その子のいい所ってある?」
「マヨネーズ作りの名人ですよ」
……お針子さん、いま、なんて?
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