第17話 ゲーム開始シーンの衝撃の裏側が見えてきました
レインナイツの言葉をきっかけに、客間の空気が凍り付く。
「ふむ、オーレヴィアの言っていることはただの夢、と?」
「はい」
クリスト様にうなずくレインナイツ。
それきり無言の二人に、わたしは嫌なことばかり想像してしまう。
ただの夢として切り捨てられてしまうんだろうか。
でも、魔物の襲撃は確実に起こる未来だ。
いっそのこと、自分が転生者であることをここで打ち明けるべきか、とわたしが覚悟を決めたとき。
「レインナイツ、オーレヴィアを信じろ」
「え?」
「我が領地にはバーサークグリズリーの下位種、クレイジーグリズリーが出る。何かの拍子でバーサークグリズリーに変化してもおかしくはない」
「バーサークグリズリーは魔王国にしかいない魔獣、とオーレヴィア様が持ってきた図鑑には書いてありますが?」
「魔物については不明な点がまだ多い。注意するに越したことはないだろう」
クリストさんの答えに、レインナイツの瞳から、光が消えた。
「そう思っていたなら、どうして昨日の食堂に集合したときの騎士に対する通達で、イナカ村とイェーガー村にクレイジーグリズリーは出ないからクマ用の破壊力の強く重い矢も、山道では取り回しづらい
「イナカ村は狼が魔獣化したワーウルフの縄張りかつ、ワーウルフはクレイジーグリズリーを狩るからクレイジーグリズリーが基本的に人里に降りてこない、とレインナイツ、お前が助言したからだが? 予知夢以外なら、レインナイツが一番正確な情報を持っているからな」
(騎士団もバーサークグリズリー用の武器を用意しないことを選んでいるし、地元に住んでいたレインナイツからしても、ヒロインの村が燃えることは予期できない、想定外の出来事だったのか……)
つまり、ゲーム開始シーンで騎士団が全滅していたのは、クリストさんが弱かったわけではなく。
(武器がまずかったのね……!)
防御力がワーウルフより強いバーサークグリズリーには、数を重視した軽い矢では歯が立たなかったのだろう。
そして、接近戦では炎や毒爪を用いるバーサークグリズリーと槍がない状態で剣で戦うことになり、苦戦することになり――それでも、最期までヒロインを守り切った。
「だったら、どうして信じ抜いてくれないんですか?」
「何の奇跡の力も持たない平民の上申より、聖女の血族の予知夢だぞ? オーレヴィアの方が信頼性がある!」
い、異世界……日本とは真逆だ……データよりも夢重視って……。
と、わたしがドン引きしていると、レインナイツから暗黒のオーラがにじみ出しはじめた。
「オレ、クリスト様のことは尊敬してたんですよ。筋を通す人だって。だからクリスト様に合わせて私って自分のこと言ってたんすけど……」
「レインナイツ! 落ち着いて! サンドイッチと甘いもの、どっちがいい? というかマリカ、急ぎで両方持ってきて!」
レインナイツの闇堕ちは、ゲームの革命エンドそっくりで。
その理由が私の予知夢ということにしているゲーム知識だから、責任を取る意味で私はレインナイツの口に、マリカにお礼を言いながら食べ物を詰め込む。
「お兄様、レインナイツがわたしより村を知っているのは間違いないのですから、責めないであげてください」
「はーい。オーレヴィア」
レインナイツとクリストさん両方へのフォローを終え。
何か言おうとするたび、マリカにわんこそば状態でサンドイッチを詰め込まれ、口をもぐもぐさせながらわたしをじとーっと見ているレインナイツに。
「レイン、レインからすればありえない夢だということはよく分かったよ。だから、レインの提案がなかったことになってレインが怒るのも当然だと思う。わたしも、ただの夢だ、ってレインだけじゃなく、お兄様も言ってくれた方がわたしはよかったよ」
「そうでしたか……取り乱したところをお見せしてすみません。あと、もうおなかいっぱいなので、ケーキは要りません」
皿を見ると、マリカが追加で持ってきた山盛りのサンドイッチは、すっかり無くなっていた。
レインナイツの闇オーラはすっかり収まり、ゲームでよく見た元気いっぱいの表情にもどってきた。
おなかすいてるとやっぱり、イライラしちゃうよね、わかる。
マリカにお礼と、ケーキを食べていいことを伝えてマリカを下がらせて、私はレインナイツに改めて向き合う。
「だから、レインには現実とは逆に、バーサークグリズリーが村を襲うなら、何が起きているか想像して欲しいの。例えば、お父様の悪口になっちゃうからごめんなさいなんだけど、お父様が騎士団に払うお金を減らしたから、魔物の駆除が不十分で、魔物が増えすぎて村になだれ込んできた、とか」
ゲームの開始シーンでなにが起きていたのか。
わたしは、ウェブ小説定番、悪役貴族が領地経営をおろそかにし、魔物のスタンピードが発生したと予想している。
根拠は朝食の時のオーレヴィアの父の様子だ。あの性格かつ領地支配がダメダメなら、魔物対策予算を全部着服して愛人に貢いでいてもおかしくない。
「それはないよ」
と、クリストさん。
「オーレヴィア、父上は魔物対策だけはきちんとしていたよ。特にイナカ村の周りでは。オーレヴィアが信じられないのもしかたないけど」
「お父様、ちゃんと領地のことを考えてらっしゃるのね」
ウェブ小説のテンプレ悪役より有能だ! というわたしの感激の声に対し、クリストさんはなんとも言えない表情。
「……まあ、なんというか……父上が狩りをしたかっただけのような気がしなくもないけれど……イナカ村にはいい水があるから、美味しいお酒も飲めるし……」
まあそうでしょうね! そして酒飲みなのも、テンプレというかなんというか……。
多分、クリストの脳筋は父からの遺伝だろう。
と、わたしがオーレヴィアの父親にあきれていると。
「バーサークグリズリーなんですが、一つだけ、イナカ村にバーサークグリズリーが現れる可能性がありました」
レインナイツが、真っ青な顔で、ゲーム開始シーンの裏側の真相に近づいていた。
「使役されているなら、あり得ます。というか、オーレヴィアの夢の内容からして、使役されています、バーサークグリズリー」
「なんだって?」
身を乗り出すクリストさん。
「野生のクレイジーグリズリーは単独で生きます。母子で行動する期間はありますが、基本的に親一匹子一、二匹なので、自然の力だけでバーサークグリズリーが数十頭も集まる事なんて、ありえません」
「つまり、村襲撃には犯人がいて、そいつはイナカ村に行くときに、うちの騎士団がグリズリー系の魔物の対策をしていないと知っている人物って事だな?」
「はい……間者がいるのかも」
「間者のことは今はどうにもならない。だから、バーサークグリズリーを扱える上級の魔術士、いや量からして最上級の魔術士を抱えている勢力はどこか考えろ」
「考えたくありませんが……王家の魔獣を操ることに長ける魔術師か、さもなければ魔王の手下、ですかね」
「魔術士の子孫のウィズ公爵家かもあり得るが……」
「どこが相手でも、戦争ですね……」
話はどんどん不穏になっていく。
わたしは小さくなって、ただふるえていた。
「どちらにせよ、バーサークグリズリーを操ろうとしている卑劣な連中を倒せなければ、民が傷つく。そいつらを見逃せば、勇者パーティーの子孫の恥だ」
クリストさん……血の気が多い……。
槍とクマ用の矢を持ったら、そのままイナカ村には知っていきそうな勢いだ。
「あの、予定通りにイナカ村に行っていいんでしょうか? 予知夢の内容を考えるに、武器を整えるだけでは無理そうな気がします。撃退できても……全員、無事に帰れる保証はありません」
「確かに。調査が必要だな、予定を通りに行動していいかどうかの。10人ぐらいで行くか。準備でき次第出発しよう。レインナイツ、案内は任せた」
「はい!」
わたしが口を挟む間もなく、テキパキとイナカ村事前調査の計画が立てられていく。
もうここにいなくても、ゲーム通りの展開は防げそうだ。
「行ってらっしゃいませ、お兄様。わたしの伝えたかったことは全て伝えたので、先においとまさせていただきますね」
あとはデンカと婚約して王立学園に行かないようにする方法を調べよう、と私がソファから立ち上がり、客間から出ようとすると。
「オーレヴィア、なにを言っているんだ?」
クリストさんが、優しくわたしの手を取った。
剣の鍛錬で分厚くなった皮の感触で、私は逃げられないことを
「オーレヴィアもお兄ちゃんと一緒だよ」
あの大惨事の現場に?! 嘘でしょ。
私が固まっていると。
「大丈夫、お兄ちゃんが守ってあげるから!」
違う、そうじゃない。
黙りこくっているわたしに。
「実はお兄ちゃん、イナカ村に行った後、領主を継いだら飲もうって思ってる最高級ワイン買ってるんだ。それを飲むまでは元気だから大丈夫だよ」
「お兄ちゃん、もしかして婚約者とかいるの?」
おそるおそるわたしは聞く。
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