第16話 レインナイツとクリストさんに、ゲーム開始シーンの情報を共有します

「あなたと、お兄様と話したいことがあるの。すぐにでも会えない?」


 勢いよくレインナイツに話しかけたわたしに。

 

「少し待ってください。先にイナカ村の地図取ってからでいいですか?」


 レインナイツはぜえはあと肩で息をしながら、図書室に入っていった。

 そして、地図帳の棚から、わたしが持っているよりも厚く、大きく、重そうな本を取り出した。


「くっ……」


(そういえばレインナイツって、よろいで負荷をかけた状態で走り込みをしてたよね?)


 よろけるレインナイツからは、デンカに勝ったときの覇気は全くない。

 

「……持とっか? 地図」

「オーレヴィア様に持たせるわけには……ぜぇ、ヴィラン家としての命令がなければ、そんな失礼なことは出来ません!」


 と、レインナイツは言うが、どう見ても苦しそうで、無理をしているのは明白だ。


(うーん、これってもしかして、異世界貴族に転生したからややこしくなっちゃってる感じ?)


 と、わたしはあたりを見回して。

 デンカは見つけられなかったので、わたしの後ろに控えているマリカに。

 

「だったらマリカ、ヴィラン家の長女として命じます。レインナイツが持っているイナカ村の地図帳を持ちなさい」

「承知いたしました」


 マリカに地図帳を持ってもらって、レインナイツはほっとした顔に。

 

「ありがとうございます、助かります。……ところで、オーレヴィア様のご用件をうかがっても?」

「予知夢を見たの」

「夢、ですか?」

「うん。お茶会で気絶して、目覚めるまでの間に」

 

(これで説得できるはずよ! じいやさんには通じたし!)


 と、わたしは思っていたが、レインナイツはげんな顔をした。

 

「お兄様たちの訓練中に、イナカ村にバーサークグリズリーの群れが出る夢を見たの。そして、みんな死んじゃう夢。血の匂いがするようなくらい本物っぽかったから、夢にだけいるお化けだと思おうとして、お兄様の訓練やモンスターの図鑑を見て、ただの夢だと思おうとしたけど……じいやさんが予知夢、って言ってたし、騎士の皆さんととは初めて会ったはずなのに、夢の中で必死で戦ってた人たちと、顔が一緒だったから」

「はぁ……」


(レインナイツが、わたしを怪しい勧誘を見る目で見てる……でもこの話し方が、一番【ほめらぶ】世界ではまともなのよね……でも気持ちはわかる)


 と、わたしが気まずく廊下を歩いていると。

 

「どうした、レインナイツ、地図が重くてもそんな顔をするんじゃない――おや、オーレヴィアがなぜいるんだ?」


 クリストさんがやってきた。

 

「クリスト様、オーレヴィア様が、夢の中で皆さんが死ぬ夢を見たとおっしゃっていて……」


 友達が変なことを言い出したことに対して、とてもまともな反応を示すレインナイツに対し。

 

「なにを怪しんでいる。ヴィラン公爵家は聖女の血筋。オーレヴィアが予知夢を見てもおかしくないぞ?」


 クリストさんは、平然と異世界価値観100%で返した。

 そう。

 基本的に臣籍降下した王族に与えられる王家に次ぐ身分の公爵を、ヴィラン公爵家の当主が今の王様の兄弟姉妹ではないのに名乗れているのは。


 ゲーム中のオーレヴィアのセリフに、端的に現れている。


「勇者パーティーの一員としてセイント王国を建てた聖女のまつえいたるヴィラン家に、逆らうものではありませんわよ!」


 ヴィラン家は、初代聖女の子孫なのだ。

 そして、代々聖女がよく生まれる血筋でもあることから、勇者によって任じられた公爵の地位を落とすことなく引き継いでいる。


 聖女の血筋であることが重視されていることは、隠しキャラルートでいやというほど語られる。

 隠しキャラは、オーレヴィアの父親と、朝食の時間で名前が出てきたオーレヴィアの父親の愛人、カーミラの間に生まれたオーレヴィアの異母弟だ。

 ただ、カーミラは男好きなことで社交界では有名で、父親がよく分からない子供、として扱われている隠しキャラを次のヴィラン家の跡継ぎにする上で、貴族たちと王は条件を付けた。

 弟は中継ぎとしてのみ認め、弟の子は跡継ぎとしては認めない。

 弟の後は、オーレヴィアと王子の誰かを結婚させ、オーレヴィアと王子の間に生まれた子に継がせる、と。

 隠しキャラルートでは、一年生の終業式でオーレヴィアが追放され、ガタガタになったヴィラン家を継げるのか継げないのかわからない上、貴族達から虐められてきた隠しキャラに聖女となったヒロインが寄り添い、聖女のヒロインと隠しキャラが結婚することで新生ヴィラン家を作るというハッピーエンドを迎える。


 要するに、血筋至上主義のセイント王国では、生まれが怪し異という理由で仲間外れにしていた人間でも、聖女と結婚できるなら公爵家という王家に次ぐ地位を与えて仲間として認めるぐらい、聖女はチート並みの影響力を与えるということ。


(聖女探しの時の攻略対象のセリフに、「ただ人々を癒し、退魔の力を振るうのみならず、予知夢で魔王軍の襲来を予言した聖女がいた」っていうのがあるからオーレヴィアが予知夢、といえばちゃんと話を聞いてくれるのよね! わぁ異世界!)


「作戦会議だ。オーレヴィアもいるから……客間を使うぞ」

「承知しました!」


 レインナイツは大声で返事をするが、空元気のようだ。

 そのエネルギーか切れそうな様子は、栄養補助食品を食べる暇も無く、昼休みに仕事を片付けていた頃が思い浮かぶもので。

 

「ねえお兄様」

「どうした? オーレヴィア」

「レインナイツって走り込みを終わらせた後なのよね?」

 

 わたしがクリストさんに質問をしたちょうどその時。


 ぐううううううううううううう。

 

「……すいません」

 

 レインナイツのおなかが、鳴った。


「クリストさん?」

「……昼を食べながらの話し合いが終わって、イナカ村の地図を確認しようと思ったときに、ちょうどレインナイツがもどってきたから地図を取りに行かせたが」

「お兄様、レインナイツが昼を食べたかどうかは確認したの?」


 と、わたしがお兄様を問い詰めるとお兄様は目を泳がせるし。

 

「オーレヴィア様、騎士の皆さんから、水浴びの後に特製ミルクセーキをもらったので、お気遣いなく!」


 レインナイツは恐縮しているように見えて、はっきりとクリストさんに聞こえるようにこんなことを言っているしで。

 

(昼ご飯食べてないじゃんレインナイツ! あとさりげなく自己主張するし。なるほどね、これが積み重なってゲームのオーレヴィアはレインナイツに見限られて破滅するのね……)


 という、謎の納得をわたしは得たので。

 

「マリカ、地図帳を置いたら、レインナイツ用になにか軽食の用意を。サ……パンに野菜や肉を挟んで、手に取って食べれるようなものを」

「サンドイッチですね、わかりました」

 

(サンドイッチ通じるんだこの異世界……)

 

 異世界価値観かと思ったら、地球の貴族に由来する料理の名前が通じたりと、なんというかこの【ほめらぶ】の世界は――。


(つぎはぎ、というかサラダボウルというか、文化がちぐはぐなところがある気がする……)


 ゲームシステムが現実に反映されているからだろうか。

 地球の西洋の貴族と全く違う文化もありながら、妙に日本の常識が通じたりする。

 つぎはぎの文化に、気持ち悪さや違和感があるのはそうなんだけれど、でもこの自分のゲームとかウェブ小説の常識が通じる世界だから、なんだかんだ適応できて、破滅回避のための行動が取れてるところもあって。

 

 もし【ほめらぶ】の世界が地球の重力の半分しか重力がなく、地球の力加減で歩くと数メートル級のジャンプになる、みたいなガチSF異世界だったら、多分わたしは、破滅フラグを折るどころか歩くことさえ無理だろう。


 と、考えているうちに客間について。


「オーレヴィア、夢で見た風景について、話してくれるかい?」

「はい、お兄様。イナカ村に、数十頭のバーサークグリズリーが襲ってくるんです」


 と、わたしが図鑑と地図を往復しながら説明をしているうちにサンドイッチも運ばれてきて、レインナイツのおなかの音が鳴ることもなくなって。


「これが、わたしが見た夢です」


 と、わたしがゲーム開始シーンの説明を終えたとき。

 

「オーレヴィア様。おそれながら……バーサークグリズリーの群れが現れるなんて、ありえません。ましてや、イナカ村なら、特に」


 イナカ村をよく知るレインナイツが、口を開いた。

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