第12話 デンカを放っておけません

 悔しそうに肩をふるわせながら、デンカは試合場の外れに一人たたずんでいた。

 そこに誰もいないかのように、立ち尽くすデンカを気にする騎士はいなくて。


(こ、これ……)


「お兄様、デンカの様子を見てきていい?」

「おう、好きにしろ」


 と、クリストの許可を得られたので、わたしはすぐデンカに駆け寄った。


「お嬢様は気が利きますな、クリスト様」

「ちょうどよかったよ、あの子がいてくれて」

「デンカはここで一番身分が高いから、雑用を命じることが出来ない上、鍛錬の時間が終わっていないから帰れとも言えませんからな」

「ああ。わたしの妹と話をしているのなら、訓練場でぼやぼやしている理由が、デンカではなくオーレヴィアになるからな」


 背後から審判のおじさん騎士とクリストさんがなにか話していたが、わたしにはよく聞き取れなかった。


(うーん、じいやさんの時もだけど、話し声が聞き取りづらいことがあるのよね。マリカに耳掃除してもらおうかしら……)


「なにか、用事?」


 聞き覚えのある、ぶっきらぼうな声に現実に引き戻されると。

 目の前に、やさぐれた表情のデンカがいた。

 

「デンカ……ええっと」

 

(なんとなくほっとけなくて駆け寄ったけど、なんて言えばいいのかわかんないよ!)


 言葉に詰まるわたしを見て、デンカは目を伏せる。

 

「お兄さんと話した方が、きっと楽しいよ。ここにいる中で一番弱いのが僕だからさ」

 

(あー! わたしにオーレヴィアだけだよ、っていったときは超かっこよかったから忘れてたけど、デンカの性格って、基本的にめんどくさいんだった!)

 

「デンカは、おもかるの剣を抜けたのでしょう?」

「うん」


 デンカの冷たい態度は変わらないが、わたしの話に付き合う気はあるらしい。


(ううう、気まず過ぎて逃げたい! でも逃げたらレインナイツの友達の好感度が下がるから、レインナイツの好感度低下、つまりは破滅に繋がるから逃げちゃダメ!)


 デンカは、まだわたしの横にいる。


(この現実、ゲームで例えたら……【ほめらぶ】だと「無関心」なら話しかけても話に付き合ってくれないけど、「無関心」の一つ上の好感度「ただのクラスメイト」なら話に付き合ってくれるから、嫌われきってはいないはず)


「……わたし、おもかるの剣を抜けさえしなかったんです。だから私にとっては、レインナイツと試合できるだけでもデンカはすごいです」

「そうかな?」


 デンカは納得できない、という顔。


「というか、レインナイツがデンカより強いのも、今だけかもしれないじゃないですか。見てください」


 試合場では、ちょうど女性騎士とクリストさんが試合をしていた。


 激しく金属がぶつかり合う音に負けない、クリストさんの豪快な笑い声が響く。


「さっきの一撃を受け止めるとは! レインナイツは吹き飛ばされていたのに!」

「あら、さっきの子との試合の一振りは、本気の十分の一あるかないかの、手加減されたものでしょう?」


 女性騎士の指摘に、クリストさんは豪快にはははっ、と笑った。


「ばれたか! では遠慮なく行こう!」


 強烈な打ち合いをしながらニコニコ話しているのだから、恐ろしい空間である。


(嘘でしょ……アレで手加減してたの?!)


 わたしがびっくりしていると、クリストさんの勢いを増した太刀風が私の髪を揺らした。


(これは大人でも吹っ飛んじゃいそうな勢い……)


「まだまだぁ!」


 女騎士さんは、なんとクリストさんの一撃を受け止めるだけではなく、クリストを後ろに押しやった。


「……レインナイツでも、騎士としては弱いんだな」


(そうみたいだね! ヒロインの村を襲った魔物、絶対チートぐらいに強い! これ、演習中止しないと、クリストさん亡くなっちゃうのでは? よし、なんとか説得して演習中止して、破滅フラグを折らなきゃ!)


 と、内心で私は色々考えていたのだけど。


(でもなにも知らないゲーム世界現地人のデンカには、こんなこと言えないよね……)

 

 とも思ったので、わたしはデンカに「そうですよ!」と言っておくだけにした。

 

「プロの騎士になる頃に、レインナイツを超えられたらいいって、わたしは思います」

「できるかな……騎士の皆さんはレインナイツには熱心に指導をするのに、僕にはなにも言わないんだ」


 デンカのしょっぱい顔で、私は日本のOL時代を思い出す。

 

(あー、新入社員が二人いて、将来有望そうな子と、めんどくさい普通の子だったら、将来有望そうな子をかまいまくって、本当にフォローが必要な普通の子の方の指導がおろそかになる現象みたいなのが起きてるのかな?)

 

「そりゃレインナイツがちやほやされてるのは気になっちゃうと思いますが、デンカにはきちんと騎士の素質があるから、きっと大丈夫です。私と違って!」


(しんどい。気休めしか言えなくて、しんどい)

 

「……気を遣わせて、ごめんね。僕はちょっと楽になれたけど、オーレヴィアには、つまんない時間だったよね?」


 デンカの表情は、もはや悲痛だった。


(ああもう! ほっとけない!)


「デンカ」


 わたしは口調を強める。

 怒られるのかと思ったのか、デンカがびくりとふるえる。

 

「デンカが楽になってくれて、私は嬉しいです。わたしのやったことで、少しでもデンカが楽になったり、嬉しかったりしたときは、悲しそうな顔のごめんねより、笑顔でありがとう、って言ってくれたた、もっと嬉しいです」

「ありが、とう?」


 慣れない言葉を、不器用につむぎ、表情をやわらげたデンカは。


(待って……待ってまって金髪美少年のはにかんだ不器用な笑顔の破壊力、強すぎじゃない?!)


 一瞬息が止まってしまうほど、わたしには輝いて見えて。

 

「……どういたしまして、デンカ」

「オーレヴィア?」


 心配そうにわたしをのぞき込むデンカ。


(待って待って無理無理無理! 突然イケメンモードになるなんて聞いてない!)


「オーレヴィア、昨日も倒れてしまったし、今日も慣れない場所に来て、つらかったり、する?」

「だ、大丈夫ですちょっと緊張しちゃったかなーぐらいです!」

「ほんとに?」


 さっきまでの卑屈と消極性をどこに置いてきたのか、デンカはずいずいわたしに近づいてきて。

 

(近い近い近い近い――! 供給過多すぎる――!)


 見た目が美少女のオーレヴィアでも、中身は絵師さんの美麗なイラストがSNSで流れてくるたびに尊さで昇天していたオタクOLだ。


「顔色は……ちょっと、赤くなった?」


 乙女ゲーム世界の、攻略対象にも負けない顔よし声よしなデンカに迫られて、バクバクと心臓がうるさい。


「もう、見ないでください――!」


 わたしが恥ずかしさで下を向いても、デンカの追撃はやまなくて。

 

「でもちゃんと見ないとわからないよ」


 顔が見えないせいか、やけにデンカの声が甘く聞こえる。


「ねえ、顔を見せて?」

 

 それだけではなく、伏せてしまった私の顔にデンカが触れようと、手を伸ばしてきた。え? ちょ、ちょっとこれどうすれば?!


(なんで急にめんどくさい卑屈モードからイケメンモードに切り替わるの?! LEDのオンオフより切り替え早くない?!)


 じりじりわたしがデンカから逃げていると。

 

「デンカ、そろそろ勉強の時間ですぞ」


 じいやさんがデンカを呼びに来ていた。


「じいや、オーレヴィアの体調が悪そうなんだが、見てくれないか?」

「オーレヴィア嬢なら……デンカが近づきすぎて照れ……いえ、緊張しているのでは?」

「そう? ごめんね!」


 じいやさんに内心を言い当てられた恥ずかしさより、デンカが離れてくれてほっとする気持ちが大きくて、わたしはやっと息ができた。

 

(助かった……顔の良さの供給過多で死ぬかと思った……)

 

「またね、オーレヴィア」

「またね、デンカ」


 わたしがデンカを見送っていると、試合と片付けを済ませたクリストさんがちょうどやってきた。


「デンカはお帰りか。オーレヴィアはどうする?」

「お昼ご飯、お兄様と一緒に食べたい! おしゃべりしましょうお兄様!」


(怪しまれないよう、演習を中止するように説得しなきゃ……!)

 

 と、わがままお嬢様路線でクリストさんに話しかけたところ。

 

 「また今度、ね。今日はイナカ村で演習をするための打ち合わせを、お昼食べながらすることになってるんだ。でもまだ時間はあるから――お昼ご飯まで、おしゃべりしよっか」


 お昼は一緒に食べられないけれど、クリストさんと、訓練場の端にあるベンチで話をすることになった。

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