破滅を回避しようとシナリオを変えたら、王太子殿下（特大の破滅フラグ）を攻略してしまったのですが！

第11話 デンカVSゲーム内最強の攻略対象VSヒロインの村と共に散る悪役令嬢の兄

　審判のかけ声の後、先に動いたのは、デンカ。

「やああぁああああぁぁあっ！」

　ときの声を上げ、大上段からレインを狙うデンカ。

　だが、上から迫るデンカの剣をレインは跳ね飛ばす。

「まだまだぁ！」

　再びレインに打ちかかるデンカ。前回よりも力が入っていて、レインははじき返せず、つばぜり合いに。

「そこ！」

　つばぜり合い中にデンカが力を入れすぎた瞬間を見逃さず、崩れたバランスを利用して剣を滑らせ、デンカの脇腹を狙う。

　バックステップでデンカは距離をとり、レインの剣が空を切る。

　デンカが受け身になったのを見逃さず、レインは追撃。大きく左上に剣を振り上げ、袈裟斬りの構えでデンカに迫る。

　上から来る、とデンカが剣を上に伸ばすが――。

「隙あり、です！」

　レインナイツの声が試合場に響く。

　がら空きになったデンカの足をレインナイツは足払い。

　不意を突かれたデンカが地面に膝をつく。

　立ち上がろうとするデンカの目の前に、レインナイツが剣の切っ先を突きつけた。

「そこまで！　勝者、レインナイツ！」

　審判の声。

　悔しそうで、少し息が上がっているデンカに対し、レインナイツはデンカより平気そうだ。

（さすがは【ほめらぶ】作中最強キャラだわレインナイツ……）

　試合場から出てきたレインナイツに、クリストが声をかける。

「腕を上げたな。努力が実っている」

「ありがとうございます！　頑張りました！」

（努力家な所は、ゲームと一緒なんだ）

　レインナイツの強さの源泉は、チートではなく、ヒロインを守るため鍛錬を欠かさないからなのだ。

（バッドエンドルートではオーレヴィアにこき使われ、幼馴染みのヒロインにも素っ気なく扱われることでやる気を無くし、鍛錬をしなくなっていたところで魔物に襲われて相打ちになって死ぬという所まできっちり読み取れるのが、【ほめらぶ】がダークファンタジーたるゆえんだなぁ……というかチートで強いキャラが乙女ゲームにいたら、ゲームのジャンル変わっちゃう気がするしね）

　と、わたしが考え事をしている間、クリストとレインナイツは剣の話題で盛り上がって。

　ついに。

「今の試合を見て、教えたいことがある。レインナイツ、自分と打ち合ってみるか？」

「本当ですか！？」

「防具着てくるからちょっと待ってろ」

　わたしが見守る中。

（気になる……！　ゲーム最強と、いまのセイント王国最強、どっちが強いのか）

　レインナイツとクリストは、試合場へ足を踏み入れた。

　乙女ゲーム【ほめらぶ】最強キャラの攻略対象、レインナイツ。

　ゲーム序盤の回避不能イベントで死ぬが、【ほめらぶ】の舞台、セイント王国で最強の騎士が任じられる王国騎士団長の地位にいる、悪役令嬢の兄、クリスト。

　その二人が、試合場の中心で、静かに立っている。

（立っているだけのはずなのに……なんなの、この緊張感）

　寒くもないのに鳥肌が立つ。

　強者同士が向き合うとき特有のびりびりとした緊張感が、試合場を満たす。

「では、試合、はじめ！」

「やああああああああああっ！」

　試合開始の合図と共に、クリストに向かって突進するレインナイツ。

　その勢いは、わたしの素人目からしても、デンカとの試合のレインナイツよりも疾（はや）かった――のに。

「そおれっ！」

　クリストはレインナイツの突進を正面から受け止め。

　――まるでボールをバットで打つかのように、難なくレインナイツを弾き飛ばした。

「うわああああああああああ？！」

　レインナイツは数メートル吹き飛ばされ、地面を転がって受け身をとるも、衝撃を殺しきれなかったらしく、立ち上がらない。

（え？）

　あっけにとられるわたしの前に。

「お嬢様、あぶない！」

　剣を抜いた審判のおじさん騎士が飛び出し――わたしの前の中空で大きく剣を振った。

　ガキン！　と激しく金属がぶつかり合う音。

「お嬢様、お怪我は？！」

「な、なにがあったの？！」

「クリスト様が折ったレインナイツの剣が、妹君に飛んできていたので、軌道を逸らしました」

　騎士が指さす地面には、確かに折れた剣が突き刺さっていた。

「気づかなかったわ、ありがとう……でもあの剣、訓練用だけど、鉄よね？」

「はい。クリスト様もレインナイツも、同じく刃を潰した訓練用の剣を用いております」

（クリストさん、あっさり鉄の剣を、折った……）

　【ほめらぶ】作中では、鉄の剣が折れるシーンは、レインナイツがラスボスを倒すシーンだけだ。

　クリストさん、強い、きっと、ゲーム中のレインナイツより。

　それが、騎士の才能が無いわたしにもはっきりと分かる試合だった。

　だからこそ、気になる。

（なんで作中最強キャラのレインナイツより強い人たちがたくさんいるのに、ゲームのオープニングではあっさりやられたのかな？）

　ヒロインの村とか、序盤も序盤だ。【ほめらぶ】に出てくる敵は、学生でも倒せると作中で示される魔物だけだ。ほとんどの攻撃を無効化する敵が【ほめらぶ】のラスボスとして登場するぐらいだ。

（ただ……【ほめらぶ】のことだから、語られていない裏設定が山ほどありそうなのよね）

　そもそも、【ほめらぶ】は学校を舞台にした女性向け恋愛シミュレーションゲームで、魔物を倒す事は主題ではない。

　そして、【ほめらぶ】のシナリオは、ヒロイン視点ではどうでもいい設定を全く語らない。

（ヒロインの村を守ろうとして散った騎士たちの中にオーレヴィアの兄がいて、彼の死がオーレヴィアが悪役令嬢として破滅する遠（えん）因（いん）になるとか、転生してからレインナイツから聞いた情報がなかったら、絶対わからなかったよ！）

　情報が絞り込まれたものであることが転生したことではっきりした以上、作中で語られなかった凶悪なモンスターがいるのは充分ありえる。

（というか、絶対、いる。【ほめらぶ】の恋愛脳１２０％みたいなシステムでこの世界が動いてないことも、試合を見てわかった）

　【ほめらぶ】のシステムは、攻略対象がモンスターを倒せるかどうかすら、攻略対象のプレイヤーに対する好感度に依存していた。

（まあ、ゲーム中で好感度で攻撃力が上がる理由は、攻略対象が聖女として覚醒したヒロインのことを好きであればあるほど力が底上げされる『聖女の絆』という奇跡があるから、という理由付けはなされてるんだけどね）

　と、わたしが考察しているうちにレインナイツは復活していて、クリストに「あの！」と食ってかかっていた。

「稽古ですよ！　手加減してくださいよ！　何を教えてくれたんですかこれで！」

「騎士は強さこそ至上、ということだな！　レインナイツは小技にこだわる傾向があるからな！」

「クリスト様、前回、騎士は自分を律することが大事だから技にこだわれっておっしゃってたじゃないですか……」

「初心者用の助言をよく覚えているな、レインナイツ。記憶力が良いのはいいことだ。だが、もうレインナイツは初心者を脱出しているから、それにこだわるな」

「ええ……」

　わけがわからない、というレインナイツの表情。

（体育会系だ……このむさくるし……いえ、この熱さ、本当に女性向け恋愛シミュレーションゲームの世界なの……？）

　クリストによる熱血劇場は続く。

「そもそもレインナイツ、騎士は何のために存在する？」

「弱きものを守るためです！　そのために、騎士は強くあらねばなりません！」

（弱きものを守る、っていうのはゲーム中のレインナイツもよく言ってたなぁ）

「そう！　強くあることこそが騎士の本質！　極論すれば、全ての敵を一撃で倒せるなら技はいらん！　技はさらに強くなるための手段であり、強さの本質ではない！　分かったかレインナイツ！」

「はい！」

　レインナイツの返事は元気いっぱいだが、やけっぱち気味だ。

「強さの基本は筋肉！　というわけでレインナイツ、10番の鎧（よろい）を身につけて訓練場の外周10回！」

「それって……一番重い鎧（よろい）……」

　げんなりした表情のレインナイツがなんとも味わい深くて、私は思わず笑ってしまった。

「オーレヴィア様！　笑わないでください！」

「ごめんなさいね。レインナイツって、強くて近づきがたいところがあると思っていたから、同い年らしく頑張る姿を見て、なんだかほっこりしちゃったの。応援してるね」

「よかったな！」

　豪快に笑うクリスト。

「外周十回、10番の鎧（よろい）で行って参ります！」

　やけっぱち気味にレインナイツは叫び、試合場から駆け出した。

「あいつ、帰ってきたら牛乳でも差し入れてやるか」

「いやここは生卵」

「まずはバケツの水をかけて汗を流してやるのが良いのでは？」

「クリスト様の一撃を受けてピンピンしている根性があるやつだから、今日は代わりに試合場掃除してやるか……」

「じゃあ今やるか、試合予定は全部終わったし」

　レインナイツについて好き勝手にあれこれ言う騎士たちの様子は、ガタイの良さもあってまるでどこかの運動部のようで。

（む、むさくるしい……！　体育会系の極み……！　もし私に騎士の才能があったらあの中に混じって訓練してたの？！　無理無理！　騎士の才能無くてよかった！）

　と、訓練場を掃除し始めたむさ苦しい集団からわたしが目をそらした先には。

　泣き出しそうな顔の、デンカがいた。