第10話 悪役令嬢の兄の訓練を見学します
朝ごはんのあと。
「お待ちしておりましたクリスト様! ……に、オーレヴィア様?」
「妹は見学。レインナイツは予定通りやって」
「はい」
わたしと
訓練場は屋外て、ぱっと見、塀に囲まれた学校のグラウンドのようだった。
騎士たちが体操や素振りをしている奥に、試合用なのか区切られた空き地がある。
(運動部の練習場とかジムみたいな……ううん、はっきり言ってむさ苦しい……)
具体的に言うと、ボディビルダーとか格闘技漫画に出てきそうな筋肉の人が……たくさん。
(うわ思った以上に体育会系……でも、やってみるしかない!)
かけ声と剣のぶつかり合う音に負けないよう、わたしは声を張り上げた。
「かぁっこいい……! お兄様、わたしも騎士になりたい!」
(騎士になることで王立学園の入学を回避して、破滅も回避! なんなら、乙女ゲームの前提を壊せるような最強になれれば、なおよし! ……汗くさすぎるけど!)
オーレヴィアの父親は、騎士修行という名目で王立学園へ入学しなかったらしいので。
と、わたしがわくわくしていると。
「騎士になりたいか……」
クリストはニヤッと笑い、「おい、そこのお前」と暇そうな騎士に声を掛けた。
「騎士見習いに真っ先にもたせる剣を持ってこい!」
「はっ」
(web小説には、女騎士になって悪役令嬢の運命から脱する展開もあるし。体力があれば、破滅しても生き残れそうだし)
と、体育会系の空気に負けないようにわたしが色々考えていると。
「持ってまいりました」
騎士が戻ってきて、古そうな剣を差し出した。
(訓練用の剣なのかしら。ずいぶん使い込まれてるわね)
鎧を着ているから最初は気づかなかったが、剣を持ってきたのは格闘漫画に出てきそうなゴツい、顔や手足に古傷のあるおじさんだった。
「オーレヴィア様の適性を見る、ということですかな?」
「ああ」
「ではオーレヴィア様、わたくしが鞘を下から支えますので、剣を持ってみてください」
「はーい!」
わたしは両手で剣のつかを握る。
(重い! というか全力を込めているのにピクリとも動かない!)
剣は持ち上がらない。まるで岩を持っているかのようだ。
「ぜんっぜん訓練用じゃない! 重すぎるわ!」
「おやおや、いつこの剣が訓練用と伝えました?」
「この剣は真剣だから、訓練では使わないよ。真剣を使った死亡事故が起こってからは、対人の試合を行うときは必ず刃を潰した剣を使うよう決まってる」
「なんなのよこれー!」
わたしがぶうぶう言っていると、クリストがいい笑顔で解説を始めた。
「この剣は、騎士になりたいと願う人に真っ先に持たせるもので、騎士の才能があれば持ちあがり、なければ持ち上がらない【おもかるの剣】なんだよ、オーレヴィア」
「嘘だー! わたしに意地悪したでしょー!」
「お兄ちゃん、赤ちゃんのときにこの剣を持ち上げたってお母さんから聞いたよ」
「はは、若がこの剣を持ち上げたときは、昨日のように思い出せますぞ。
剣を持ってきたおじさんもクリストに味方し、わたしは不利を悟った。
騎士の才能なし、無念。
どうやら、王立学園行き回避の為に騎士になるルートは選択できないようだ。
(というかヴァルキリーって、戦場で死んだ人の魂を回収する神話の存在だし、ゲーム中でも『死を恐れるな! ただ
実際、ゲームだと開始前にクリストは死んでいるし。まだ生きてるけど。とわたしがクリストを見上げると。
おじさんに褒められ、クリストは照れているようで、突然頭をかきだした。
「騎士団長の肩書きなんて、飾りみたいなもんだよ。先代王国騎士団長が歳を理由に引退して、その時騎士団長になれる家柄の人間が自分しかいなかっただけだ。だから実家に帰れる程度の仕事だよ」
「若、ご冗談を。王国騎士団長は、王国騎士団全員による武闘会の優勝者がなるものでしょう? 王国騎士団は家柄があっても精鋭でなければ入れない騎士団。つまり、セイント王国最強ということでしょうに」
(身内トーク……入りづらい……)
クリストがめちゃくちゃ強い騎士だ、ということがわかっただけだった。
何だか居心地が悪いなぁ、と思っていると。「そういえば、きょうはお嬢様がいましたな」、とおじさん。
「なぜ、お嬢様は突然騎士になりたいと? ヴィラン家騎士団の我々さえ、初耳ですが」
この人も……ヒロインの村に行くのか。
わたしは言葉が出なかった。
ゲームでは炎とがれきに隠されていた惨劇が、嫌なリアリティを持ってしまった。
「オーレヴィア?」
クリストの怪訝そうな声。
(自分を心配してくれる大人たちに、あなたたちは死ぬ運命だなんて、言えるわけがないじゃない!)
絶対に、破滅フラグを折る。決意を新たにして、わたしは無邪気な笑顔を作った。
「お兄様のかっこいいところ、たくさん見たいから! それに、王立学園でお勉強したくない!」
(12歳の頃……夏休みの宿題をやって無くて最終日になっても終わらなくて、みんな先生に対する言い訳大会だったよね……夏休みの宿題を全部犬に食べられたって言って先生に怒られた同級生、日本で元気にしてるかな……わたしは悪役令嬢に転生してるよ)
わたしが考えた12歳らしい言い訳に、上から生暖かい視線が二つ降り注ぐ。
「お兄ちゃんのかっこいいところなら、騎士にならなくても見せてあげるよ」
「そうそう。それに、王立学園に行きたくないからという理由で騎士になるのはおすすめしませんぞ、お嬢様」
息ぴったりで騎士を諦めるよう、わたしを説得するクリストとおじさん。
「お父様は王立学園に行かずに騎士になったのに?」
わたしの疑問に「昔はそんな人もいました」と、おじさん。
「勉強が出来る騎士の方が、学校に行っていない騎士よりも指示が正確に読み取れ、チームワークがうまくいって活躍できる、ということがわかりましてな。3年前から、騎士団に入った騎士見習いは全員、王立学園に通うことが国の方針として決まっております」
(プロに騎士修業にだけ専念することを否定されている……)
「むしろ勉強したいけど貴族の養子にしてもらえるコネがないから王立学園を諦めていた平民が、王立学園入学のために騎士団を目指す事が増えてるよ、オーレヴィア」
クリストによって追加された情報で、わたしは天を仰いだ。
(せちがらい! 日本にいた頃読んだ、大学に行きたいけど学費を払えないから自衛隊の大学に行く漫画みたいなことが本当に起こってるなんて! 異世界厳しすぎない?!)
「オーレヴィア、見るなら空よりも、試合はどうだ? ほらちょうど、デンカとレインナイツの試合が始まるぞ」
クリストが指さす先には、試合用の防具に身を包んだデンカとレインナイツが。
「クリスト様! 見学してくださるのですか?」
クリストの姿を見て、ぱっと目を輝かせるレインナイツ。
(なんだかぶんぶん振り回される尻尾が見える……)
「おう!」
「……こ、光栄です」
クリストの存在で上機嫌になったレインナイツに対し、デンカは表情が真剣を通り越してガチガチになっている。噛んでるし。
「どうしましょうか、デンカ?」
「試合規則か? 実戦想定でいい」
「では審判はわたくしが。クリスト様はお嬢様と一緒に見学で」
「おう」
と、試合の準備は終わり。
試合場の中で、レインナイツとデンカが剣を構えて向き合う。
「試合、はじめ!」
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