第9話 悪役令嬢の父と兄と一緒に朝ごはんです

わたしの挨拶に対し、「ええ?!」と野太い驚きの声が上がった。

 

「あのオーレヴィアが朝のあいさつを……?! 本当にオーレヴィアなのか……? いくら言い聞かせても、毎日寝坊して、ねた様子で無言で朝食を手づかみしていたオーレヴィアが……?」


 こっそりと視線を上げて食卓の様子をうかがうと、オーレヴィアの父親が驚きに目を白黒させていた。

 ちょっと、わたしの口角がひきつる。


(うわー、娘に対してのデリカシーがない……さすがは悪役の父親……)


 そんな父親に対し、兄はにこっ、と柔らかく目尻を下げてわたしへほほ笑む。


「おはよう、オーレヴィア。顔を上げていいよ」


(わ、顔がいい……)


 オープニングで死ぬ悪役令嬢の兄とはいえ、乙女ゲームの登場人物の笑顔だ。破壊力ははかり知れない。ちょっと魂抜けた。


 そんなわたしを現実に引き戻したのは、ガサツなオーレヴィアの父親の声だった。


「クリスト、お前からも何かオーレヴィアに言ってやれ、ほらマナーを覚えるならもっと早くにできなかったのかとか」


(あ、原作で出てこないけどお兄さんの名前、クリストだったんだ)


 発言内容は前世のパワハラ上司そっくりだけど、オーレヴィアの兄の名前を教えてくれたことには感謝しよう。

 でもなんだかむかつくなぁ。というかテーブルについて良いんだろうか、とわたしが突っ立っていると。 


「父上?」


 すっ、と兄が真顔になった。

 ピリッとしはじめた空気に、なんだかわたしの背筋がぞわぞわする。


「なんだ?」

「いくらなんでも、本当にオーレヴィアなのか、はひどすぎますよ。オーレヴィアを産んで母上が亡くなってから、父上はオーレヴィアに会うこともなく、ひたすら多くの男をはべらせる平民、カーミラの元に通うばかり」

 

(あ、隠しキャラの母親の名前、ゲームでは出てこないけどカーミラっていうのね。案の定、オーレヴィアは父親からは放置されていた、と)


 わたしが脳内メモを作っている間にも。

 

「仕方がないではないか! カーミラは我の子を身ごもっていたのだから」

「オーレヴィアを身ごもっていた母上には寄り添わなかったのに?」

「うぐっ……だが、オーレヴィアの世話はしている!」

「世話? オーレヴィアを王都にも連れて行かず、領地の城に押し込めて? まともな遊び相手も乳母も付けないで? オーレヴィアの世話をしているのは、子守のやり方を知らないメイドだけでしょう」


 クリストによって指摘されていくオーレヴィアの父親の所業に、わたしはドン引きすると同時に、ゲームのオーレヴィアの性格に納得していた。


(うわー、これは育児放棄ネグレクトまでは行かないけど、不適切な養育マルトリートメントなんじゃないかしら? 12歳といえば、日本なら小学6年生くらい。メイドさんが話すオーレヴィアの暴れ方が12歳にしては幼すぎる気がしていたけれど、そういうことなのね……)


 同年代の遊び相手や乳母うばもおらず、オーレヴィアは暴れてわがままを言う以外に自己表現のやり方を身につけられなかったのだろう。

 毎日の様にカップを割り、メイドさんを引っかき、マナーも……教えてもらっていないんだろうなぁ。


(お母さんが小さい頃に死んでいて、お父さんは平民の女性に夢中……オーレヴィアがキツい性格になったうえに、平民をけがらわしいものとして大嫌いになるのもわかる。少なくとも、家族を台無しにする存在だと思ったでしょうね。そして、ゲーム中ではお父さんもオーレヴィアに負い目を感じていたから、オーレヴィアのわがままであるセオフロストとの婚約を叶えたのでしょう)


「父上は、オーレヴィアに寂しい思いしかさせていないでしょう」

「むっ……うぐう」


 兄の正論攻撃は止まらない。

 ほほ笑みが幻だったかの様な真顔かつ、兄は鋭いツリ目の美形なので、有無を言わせない迫力が出ている。


「こんなていたらくですから、オーレヴィアが荒れた責任は父上にあると思いますが?」

「む……むむ……」


 父親はだらだらと冷や汗を流している。


「それでも、貴族としてけなにも心を入れ替え、礼儀を覚えることにしたのですよ。父上、それを疑うような言い方はいくら当主である父親でも避けるべきでしょう」

「う、うむ、すまなかった」


(うわー、荒れてたのも当たり前だわオーレヴィア……)


 貴族として心を入れ替えたのではなく、人格自体が入れ替わってしまっているのだが、オーレヴィアは形式上は大切にされていたものの、


「父上、謝る相手が違います」

「すまない、オーレヴィア」


「いえ、あの、はい……お父様」

「父上、オーレヴィアをいつまで立たせたままにしておくつもりですか。上位者に招かれるまで座らない、という礼儀にオーレヴィアは従っているのに」


(いや初耳だよそんなマナー! というか動けなかったのはお兄様がお父様を正論で詰めてるのが怖かっただけだからー!)


「うむ……座って朝食にしよう、オーレヴィア」

「はい、お父様」


 わたしが二人の向かい側に座ると、朝食が運ばれてきた。パセリがかけられたコンソメスープに、焼きたてのトースト、そして目玉焼きとサラダ。


(全部ナイフとフォークで食べなきゃいけないのかな……)


 わたしがトーストを右手のナイフで切って左手のフォークで口に運んでいると。

 お兄様がおかしくて仕方ない、という笑顔で「オーレヴィア」とわたしを呼ぶ。


ふぁんへひょう何でしょうほひいはまお兄様

「オーレヴィア。トーストは一口大にちぎって手づかみで食べたら良いから。あと、食べながらしゃべるのはリスみたいでかわいいけど、レディーらしくないよ」

「はい、お兄様」


(異世界難しーい!)


 わたしが真っ赤になって、ナイフとフォークを皿に置くと。


「全く食事のマナーがなっておらんぞ。家庭教師は何をしている」


 またパワハラ上司……違った、オーレヴィアの父親が嫌味を言ってきた。優しく注意してくれた兄とは大違いだ。


 そして、クリストの表情がまた消える。


「父上、オーレヴィアに家庭教師、いましたっけ」

「1月にこの城に一人手配したが……あれはデンカのおつきであったな」


 テーブルクロスには、父の冷や汗でしみができている。


(やっぱりオーレヴィアに先生いないじゃないの!)


「オーレヴィアに家庭教師、いないんですね。わかりました。訓練が終わったら手配します。父上、家庭における子女の教育方法は王立学園の必修単位だったと思いますが、お忘れですか?」

「王立学園を出ておるのはお前とオーレヴィアの母だ! 我は剣の道一筋でここまでやってきた! あれの遺言があるから、オーレヴィアを王立学園に行かせる準備をしておるのだ! ……学があるからと我を見下してくる女だったが、あれとの約束を破れば部下全員に反乱される! ……全く、女に学があっても可愛げが無くなるだけだというのに、どうしてオーレヴィアを王立学園に進ませなければならんのか」


(オーレヴィアのお父さん、王立学園出てないの?!)


 口げんかの中に大量の情報が含まれている。ノートに書き留めたいけど、食事中だから出来ないのがもどかしい。

 

「なるほど、だから父上に行政能力が無いから、早く当主交代をして欲しいという嘆願が自分の元にやってきたのですね。魔物の討伐の実績のみで当主に選ばれたのは本当だったのですね、父上。適切に領地を管理してくれた代官たちに褒美を用意しなければ」

「……全く、まだ当主はワシだというのに」

「愛人に入れあげて、部下からどうにか当主交代できないか、とたんがんされる方など、元当主も同然では?」

「都で騎士団の訓練にうつつを抜かしていた筋肉バカが今更オーレヴィアのしゃづらをするのか? オーレヴィアを放っていたのはお前も同じだろう」

「私は騎士団の訓練に力を入れすぎ、史上最年少で騎士団長を拝命することになってしまい、オーレヴィアの実態を知ったのも今月の初めに過ぎませんが……それでも、父上のオーレヴィアはきちんとしたレディーとして育っている、というお手紙を信じておりましたから、何も言いませんでした」


(うわぁん、目の前で超ギスギスしたやりとりが交わされていて朝ご飯の味がしないよ)


 もそもそとわたしが朝ご飯を詰め込んでいると、オーレヴィアの父親と兄は無言でにらみ合い、しばらく火花を散らすと、同時にふんっ、とそっぽを向いた。


(息ぴったりなのは親子だからなのかな……)


 と、わたしが思っていると。


「飯がまずい! 気晴らしをしてくる!」


 と、オーレヴィアの父親が食堂から出て行った。


(ゲームに出てくる悪役令嬢一族は全員悪役だったから、悪役令嬢の兄がレインナイツの憧れ、って知ったときは意外だったけど、この性格なら納得ね。隠しキャラが人徳者って表現してたのもよく分かる)


 父親を正論で詰める国語力もあれば、史上最年少の騎士団長になる予定ということは剣術の腕もある人なのだろう。家柄かもしれないけど。ゲームの開始シーンで死んでるから。


(もっと知りたいなぁ……でも、どうやってクリストさんと接点を持ったら良いんだろう?)


 と、わたしが悩んでいたとき。

 

「オーレヴィア、家庭教師がいないなら暇だろう? お兄ちゃんと騎士団の訓練を見に来ないか? ……女の子には、つまらないかもしれないけれど」


(クリストさんから誘ってくれた! 最高! それに、訓練見学は、破滅フラグを折る手がかりになる……!)

 

「行くー!」

 

 わたしは一も二もなく、オーレヴィアの兄──クリストの提案に乗ったのだった。

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