第8話 【ほめらぶ】をプレイする夢を見ました

 わたしが【ほめらぶ】の夢を見ていると分かった理由?

 突然、悪役令嬢と全身びしょぬれのヒロインのシーンから始まったから。


(水をかけられるイベントの後に、オーレヴィアが登場するかどうかは確率。そして、オーレヴィア登場シーンはイベントムービーだからセーブできない。つまり、これは夢ね)


「無様ですわね! ぽっと出のしょみんが、セオフロスト殿下の幼馴染みのわたくしをないがしろにするから、このような目に遭うのですわ!」


 高らかに言い放ち、取り巻きを引き連れて去るオーレヴィア。そして、うずくまったまま一人残されるヒロイン。


 このあたりでヒロインの、やっぱり自分は、王立学園に通うには力不足だったのかな、でもあきらめたくない、みたいなネガティブなのかポジティブなのか分からないモノローグが挟まるのだけれど、夢なので文字がぼやけている。


(うーん、夢にゲームが出てくるわたし、どれだけ乙女ゲームが好きだったのか……)


 と、わたしが自分にツッコミを入れている間にも、ゲームのシーンは進んでいく。


「おい、大丈夫か?」


 そんなヒロインの元に、銀髪を乱しながら駆け寄るセオフロスト王太子。濡れたヒロインの上着を脱がせ、自分の上着を優しくヒロインに着せかける様子は、まさに王子様で。


(きゃー! 何度見てもセオフロストは顔が良いー! というか近くない?!)


 わたしの目の前に、心配そうにしゃがんでわたしと視線を合わせるセオフロストの空色の瞳が。

 さっきまで第三者の視点でヒロインとオーレヴィアを見下ろしていたわたしだったが、わたしの視点はヒロイン視点に切り替わったようだ。


(さすが夢、場面の切り替わりが独特)


 と、わたしが思っていると、ピロリン♪ とポップな音がした。


(あ、選択肢発生の音)


 わたしの目の前に、【ほめらぶ】でみなれた吹き出しが二つ、宙に浮かぶ。


『①なんでもないです。ありがとうございます。』

『②王太子殿下とオーレヴィア様は幼馴染みなのですか?』


(水をかけられてなんでもない、って言ったら確か、好感度減少だったから……ここは②ね!)


 わたしが②の吹き出しに触れると。


『② を選択しますか? はい/いいえ』


 と、吹き出しが現れる。


(そりゃもちろん「はい」よ! 確率で発生する好感度上昇イベントを逃せるはずないでしょ!)


 と、吹き出しをタップすると。


『王太子殿下とオーレヴィア様は幼馴染みなのですか?』


 と、勝手にわたし(ヒロインに取りいた状態なのでヒロイン)がしゃべった。


 そんなわたしに、セオフロスト王太子は苦笑いしながら手を伸ばす。


「……保健室に着替えがあるから、体が冷えないうちに着替えよう」


 セオフロスト王太子に手を引かれるまま立ち上がり、わたしは保健室へと向かう。


(セオフロスト王太子の銀髪が虹色に光を反射してれい……でもなんだかセオフロスト王太子の態度はぶっきらぼうだなぁ……システム上は好感度が上がっているんだけど)


 初めてこの返答を聞いたときには、もしかして他の攻略対象とは逆に選択肢を配置してるんじゃない? と不安になったのも今のわたしにはいい思い出だ。


 なんて、わたしは気楽に考えてしまったので、大きなヒントを見逃してしまったのだ。


 ヒロインの問いかけに、セオフロスト王太子は苦笑いするだけで答えない。

 肯定も否定もしていない。

 これが大ヒントだったことを、全ての取り返しがつかなくなったとき、わたしが思い出すことになる。


 まあ、夢の中のわたしはそんなことを、まだ知らないわけで。


 シナリオを読み進めよう、とわたしがゲームを操作したとき。


「オーレヴィア様」

「誰……」

「マリカです。朝の準備にはすこし早いですが、オーレヴィア様がうなされているようでしたので」

「オーレヴィアはゲームの登場人物でわたしじゃない……」


(わたしゲーム好きの一般OLだよ……)


 とわたしが否定すると、「オーレヴィア様」とわたしを起こそうとする声が、気遣うような調子に変わった。


「オーレヴィア様、オーレヴィア様は生まれてからずっとオーレヴィア様です。このマリカが保証いたします。オーレヴィア様は、悪夢を見ただけでしょう」


(そうだった……わたし、オーレヴィアに転生してたんだった……そしてこの声、多分メイドのマリカさんだ)


 だんだん目が覚めてきて、わたしは転生二日目の朝を迎えた。


「ええ、寝ぼけてたみたい。変な夢だった……」


 そう言って、わたしはゲームで遊ぶ夢を忘れてしまった。


 ある意味、この夢が破滅フラグを回避する最大のヒントだったと、気づかずに。


 マリカにベッドから抱き起こされ、わたしは二人のメイドさんに連れられて全身洗われ、良い香りがするオイルやらクリームやらを塗られた。


(全身エステだ……)


 と私がうっとりする一方で。


「嘘でしょ……オーレヴィア様に引っかかれずに朝の湯浴みが終わるなんて……」

「ええ、実家の猫より暴れていたオーレヴィア様がこんなに大人しいのが信じられない」


 わたしを洗うメイドさんたちの会話がなんだか不穏だ。何やってたんだろうオーレヴィア。

 マリカにお礼を言っただけでマリカは感動してたし。


(12歳の女の子だからまだまだ子供だとは思うけど、メイドさんをひっかくって……なに?)


 12歳は、日本なら小学生で、一人で留守番が出来るようになる頃だ。わたしは前世で、12歳ぐらいに親から鍵を渡され、学童保育で親を待つ生活から、自分で鍵を開けて親の帰りまでばんしていた。


(うーん、なんだか暴れ方が年齢より幼い気がするのよね、オーレヴィアの。物を壊すとか、面倒を見てくれる人をひっかく、とかまるで……保育園とか、小学校低学年みたいな振る舞いに思えるのよ……)


 と、わたしが今までのオーレヴィアに対する疑問で頭がいっぱいになっているうちに、気づけば浴槽からわたしは引き抜かれ、全身ピカピカに拭かれ、下着まで着せられていた。


「髪を結いますわ」


 考え事で心ここにあらずなわたしは、メイドさんにうながされるままドレッサーの前に座った。


(うーん、ゲーム中のオーレヴィアって身分を笠に着たごうがんそんなワガママキャラだけど、なんというか……上手く言えないけど、ワガママの方向性が違うのよね……)


 と、うんうん考えるうちに、わたしは童話のプリンセスのようなピンク色のフリフリドレスを着せられ、靴と靴下も気づいたら履かされていた。


「オーレヴィア様、朝食の準備が整いました。食堂に行きましょう」

「は、はい」


 マリカを追いかける形で廊下に出ると、廊下には等間隔で花瓶が並べられていた。

 らんのような花が、がんばなのように茎の先に集まって咲いている、ファンタジーで華やかな花が、ぎっしりと飾られている。


 少し花を見ただけで、、わたしにはその花がなんなのか気づいてしまった。


(ゲームのオープニングで燃えてた花だ……この世界には温室栽培なんてなさそうだし、あんまり時間、残されてないのかも)


 レインナイツの好感度が下がる、という破滅フラグをわたしは折った。

 でも、それだけでは悪役令嬢の破滅を防ぐには不十分で、次の破滅フラグを折らなければいけない。

 わたしの前途がまだまだ多難であるという現実異世界を、咲き誇る花々はわたしに突きつけていた。


 廊下に飾られている花が、ゲームの序盤で燃えるヒロインの村に咲いていたものと一緒、ということにわたしがショックを受けていると。


 きゅるるるるるる。


「オーレヴィア様、食堂まではもう少しですからね」

「マリカ!」


 おなかが鳴ってしまった。そういえば朝ご飯、まだだった、とわたしは歩くペースを早める。


「オーレヴィア様、こちらへ」


 マリカが開けてくれた扉の向こう側には、長い食卓があり、黒髪の大人が二人座っていた。


(あ、奥に座っている方のシルエットは【ほめらぶ】で出てきたシルエットだけの悪役令嬢の父そっくりね。ってことは、手前のシュッとした人が、レインナイツが言っていたオーレヴィアのお兄さんのクリストさん?)


 父親はぎょろりと赤い目を光らせていて、ヒグマのようなシルエットで……まさに悪徳貴族! というかんろくがある。具体的に言うと、お腹に。


 と、悪役令嬢の父親は納得の姿だったのだが、レインナイツの憧れの人だというオーレヴィアの兄は、予想外の姿をしていた。


(クリストさん(仮)、しっかりした体つきで、座ってるから性格じゃないけど、身長がオーレヴィアのお父さんよりありそうね。本当にお兄さん? 父親じゃなくて? って感じ。年の差すごそうだけど、先生枠とかの攻略対象でいそうな見た目なのよね)


 悪役令嬢の兄の方はオーレヴィアとよく似たキツめの目つきで、瞳の色は緑だ。乙女ゲームの攻略対象と張り合えるくらいの美形だけど……逆に美形すぎて近づきがたい印象になっている。


「おはようございます、お父様、お兄様」


 アニメ化したweb小説のシーンを思い出しつつ、わたしはスカートをつまんで一礼する。

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