3・ヒロインの村に行くことは回避できないので、破滅の原因になった魔物対策をします

第13話 悪役令嬢の兄を説得できないかやってみます

 クリストさんと話せることになったのは、いいものの。


「お兄ちゃんはね、オーレヴィアがちっちゃい時はオーレヴィアと遊んであげられたんだけど、15歳で本格的に騎士の訓練と王の補佐の見習いはじめてからは、おうちに帰れなかったんだ――」


(長い! なんか今までの自己歴史みたいなの語り出したよこの人!)


 ベンチに座った瞬間、クリストさんが「オーレヴィアになに話せばいいかな……」と話し出した時点で嫌な予感はしていた。


(子供になれてない男の人なのがよく分かりましたよ、クリストさん!)


 話題選びに困っているのなら、今までの話よりこれからの話をしてほしかった、と言う暇も無いまま、クリストさんは延々語り続ける。


(こうなった男の人って止まらないのよね……上司とか取引先の人が謎のきっかけで語り出す現象が異世界でも起きるとは……)


 わたしがきょかんを覚えるほど長く。

 クリストさんは自慢話をして。

 

「――お兄ちゃん、全然お兄ちゃんらしいことできてない、ってことばっかり話しちゃったなぁ」


 わたしがなにも話さないうちに、勝手にクリストさんは口を閉じた。

 

(勝手に語って勝手にしょぼくれてる……何だろうこの自己完結……)


 盛大にから回ったことに気づいて黙ってしまったクリストさんをフォローする気は起きなかったので。

 わたしはクリストさんの自慢話の中で気になったことを聞いてみることにした。

 

「お兄様、今いくつなの?」

「24歳だよ」


(え?! 信じられないぐらいしっかりしてる……)


 わたしの前世の24歳なんて、なんとか就職したブラック企業3年目で、新人気分は終わりだとばかりに倍増した仕事に加え、後輩の面倒も見なくてはいけなくなってしまって、わけが分からなくなる日々の連続だった。


「お兄ちゃん、そんなに若いのに騎士団長なの?! すごい!」

「お兄ちゃんより若いオーレヴィアに若いって言われちゃったよ」


(しまった! 今のわたしは12歳の悪役令嬢だってこと、忘れてた!)


 怪しまれたらどうしよう、と思ったが、クリストはわたしの事を追求する気はないようだった。


「まあ団長は、細かい仕事を求められるというより、王国最強が団長になることで王国騎士団の強さを貴族や国民に知らせる象徴だから、具体的に騎士たちに指示を出したりはしないんだけどね」


(なるほど、実質的なリーダーじゃなくて、オリンピックの金メダリストが一日警察署長に任命された、みたいな立ち位置なんだ、王国騎士団長)

 

「へーえ!」

「お兄ちゃんからすればね、オーレヴィアの方がしっかりしてるよ。お兄ちゃんがオーレヴィアぐらいのときは敬語を使えなくてよく母上に怒られたけど、オーレヴィアは、デンカの前でしっかりしゃべれてるね、頑張り屋さんだね」


 と、クリストさんがわしゃこらわたしの頭を撫でてきて。

 

(違うんです! こう、見ていられない弟分みたいな感じに見えて、中身のOL成分が出てるだけなんです! というかせっかくのマリカに結ってもらった髪がくずれる!)


「だってデンカは、ヴィラン家の人じゃないでしょう?」


 という諸々を全て胸の中に押し込んで、わたしは一番当たり障りのなさそうな答えを言った。

 

「よくわかってるね!」


 その結果は、クリストさんがわたしをわしゃわしゃ撫でる手の勢いが強くなっただけだった。

 

「髪がぐちゃぐちゃになっちゃう! お兄様はわたしぐらいの時、何してたの?」


「ごめんね? お兄ちゃんがオーレヴィアぐらいのときか……そりゃ、騎士の鍛錬に貴族としての勉強に……そうか、母上にが私の教育をしていたから、父上はオーレヴィアに乳母や家庭教師をつけることを思いつかなかったのか」

 

(うーん、ゲームのオーレヴィアの性格がゆがんだのって、色々と申し送り事故が起きたせいのような気がしてきた……)


 小さな不幸が積み重なって、家柄と学校の成績と、王太子が婚約者であるということ以外によりどころが無くなってしまった女の子。

 きっとそれが【ほめらぶ】というゲームの悪役令嬢オーレヴィアなのだろう。

 虐めの主犯になってしまった以上、わたしはゲームのオーレヴィアを弁護する気は全くない。

 

(それに、【ほめらぶ】内で、攻略対象たちはトラウマを抱えるような育ちをしていることが描かれているから、オーレヴィアがどんなひどい育ちをしていたとしても、破滅への道を選んでしまったのはオーレヴィア自身の選択のせいなのよね)

 

「オーレヴィア? ぼーっとして、どうした?」

「お兄様、お母様ってどんな人だったのかな、って思って。私を産んですぐに女神様の元へ行っちゃった、としか教えてもらってないの」


 わたしの質問に、クリストさんは悲しげに首を横に振った。


(オーレヴィアの母親が死んでいるのは、ゲームと変わらないみたいね)

 

「オーレヴィアと私の母上は、王国1番の物知りで、王国1番の先生だったよ」

「だったら、この花の花畑の一番の見頃はいつか、お母様は教えてくれたの? お兄様」


 律儀なことに訓練場にも飾られているらんのような、がんばなのようにも見えるファンタジー花の花瓶をわたしは指さした。


(長かった……やっとこれで演習中止に向けて一歩進んだ感じかな……)


 クリストさんの長話で、クリストさんと話している目的すら忘れそうになっていたが、そもそも訓練場に来たのは、クリストさんとレインナイツがヒロインの村で演習――要するに訓練合宿をし、魔物の襲撃に巻き込まれて

 

「五月の初めくらいだから……あと一ヶ月半ぐらいかな。ちょうどその頃に村の見回り兼演習だね、お兄ちゃんは」

 

(ゲーム開始シーンは五月初めで確定、ってことは花が散るまでクリストさんを城に引き留めれば良いんだけど……まずい! なにも考えてない!)


 転生して三日目だ。

 クリストさんを城にとどめることが出来る取引材料も知らないし、なんならヒロインの村を燃やす魔物の名前すら知らない。

 

「お兄様と満開のお花を見たいの。その間、ずうっと一緒にいてくれる?」

「お兄ちゃん、ちょっとお仕事があってお出かけするから無理かもね、お土産たくさん持って帰るよ」

「それって魔物が出る怖いところでしょ? そんな危ないところにお兄様が行くのは嫌! わたしと一緒に遊びましょうよ!」


(つらい! 12歳の女の子だから大丈夫だと思うけど、中身は社会人のOLよ! 演じていてなんだか心が痛い!)


 でもこれしか思いつかない。チートがない転生主人公がゲーム内情報を使って登場人物たちと取り引きをするシーンをチートがなくて面白くないなぁ、と思ってその話で読むのやめてごめんなさい。充分チートでした。

 そんな私のざんもむなしく。


「オーレヴィアは心配性だなぁ。でも大丈夫。お兄ちゃん強いから魔物なんてすぐに倒しちゃうし──」


 ニヤッと笑うクリスト。

 猛烈に嫌な予感が、ぞぞぞっとわたしの背筋を走る。


「お兄ちゃん、相手が強ければ強いほど燃えるから、魔物狩りしちゃおうかな。オーレヴィアには、魔物の毛皮でできたもふもふの敷物をお土産にしよう、そうしよう」


 わたしは内心頭を抱えた。

 

(この兄……のうきんだー!!!)


 ヒロインへの嫌がらせは取り巻きにやらせ、嫌味以外をヒロインに投げかけなかったゲームのオーレヴィアとは正反対。

 

 なるほど、レインナイツがあこがれるわけだ、と納得しつつも――それはクリストはどんな言葉をかけても止められず、なにかをやめさせるときは力尽くでないといけないという性格だとはっきりしたということでもあって。

 

(ヴィラン家の騎士団全員とクリストさんが対戦したなら、クリストさんを止められそうだけど、騎士のみなさん、クリストさん並みに体育会系かつ好戦的っぽいのよね……)


 乙女ゲームの裏側に戦闘民族がいるとか聞いてない。


(【ほめらぶ】って本当に、ヒロイン視点で得られる情報しか書いていないじゃない! あ、そういえば開発さんが「ヒロイン視点で得られる情報のみで【ほめらぶ】のゲーム世界を構成した、だから語っていない情報が山ほどあるから、設定資料集を同人誌即売会で出す」って発表して、出してた! でも即売会当日は休日出勤で行けず、再版された通販も敗北し……ああ欲しかったなぁ、『せいじょとあいのほん』!)


 最推しアニメがあったから【ほめらぶ】の設定資料集を追うのがおろそかになってしまった前世を後悔するばかりだ。設定資料集にクリストさんのことが書いてあったら、ヒロインの村での訓練合宿を取りやめてもらえるかもしれなかったのに!


 わたしががっくりしていると。


「クリスト様、そろそろ打ち合わせの時間です」


 無情にも、クリストさんとさよならする時間がやってきた。

 

「おう。オーレヴィアの迎え、頼んでおいてくれ、じゃあね、オーレヴィア」

「ご武運を、お兄様」

「おう、敷物まっててろよ」


 訓練合宿中止ルートは、選べそうにない。

 立ち去るクリストさんの背中に、私は肩を落とすしかなかった。

 

(結局絶対に破滅する悪役令嬢は、破滅しちゃうのか……待って、でも演習を中止したら)


 騎士たちもお昼のために訓練場を去って行き、ひとりになって。

 わたしはずっと見落としていたことに気づき、ぞっとした。

 

(村を守る人がいなくなるから、ヒロインが死んでしまう! そうなったら、聖女がいなくなって……セオフロストが呪いで死んでしまう! わたしがクリストさんの説得に成功していたら……悪役令嬢どころか、セイント王国全てが破滅する!)


 ヒロインの村が燃えてしまうのはゲームで決まっている運命だと思っていたけれど、魔物の被害がヒロインの村だけで収まったのは、クリストさんたちが命をなげうって戦ったからだ。


 もし誰もヒロインの村を助けなかったら、魔物の被害が拡大する可能性もある上に。


(ヒロインが死なないことも、破滅フラグを折るのに重要な要素なのよ……! こうなったら、やることは一つよ)


「オーレヴィア様、お昼ご飯が出来ました」


 マリカがわたしを迎えにきたので、わたしはさっそく、次の破滅フラグを折るための行動を始めた。


「ねえマリカ、図書室って、どこにあるの? お昼の後案内して欲しいわ」

「……その前に、髪型を直しましょうね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る