第6話 デンカに気持ちを伝えるべく頑張ります

 デンカを傷つけずに自分の気持ちを伝えられる言葉をわたしは全力で探すも、さっき言ったオブラートとはいりょに包んだ表現が今のわたしの精一杯だ、という現実に突き当たるばかりに。


(デンカを傷つけず、自分がデンカに対して何の下心もないことを示すにはどうしたらいいんだろう? デンカってどうやら社交辞令とか柔らかく言い換えた言葉には全部裏があるって考えるみたいだし! もうどうしたらいいの!)


「――わたし、デンカに贈り物を断られて、寂しいです」


 悩みに悩むうちに、わたしは無意識に、本音を口にしていた。

 

「贈り物を断られるのが、どうして寂しいの?」


(こうなったら、小細工抜きで全部ぶっちゃけるしかない!)


「わたし、デンカのこと、何も知らないんです。それでもデンカに喜んで欲しくて、デンカが好きなものだとじいやさんが教えてくださったリンゴジャムでクッキーを作ったんです」

「ぼくのために?」

「はい」


(本当のところを言うと、レインナイツとレインナイツの友達と仲良くすることでわたしの破滅を避けるためだけどね!)


「信じられない。貴族の令嬢は、どんなに僕のためだと美しい言葉を重ねていても、僕を利用することしか考えていない」


(なるほど、デンカもゲームのレインナイツみたいに、貴族のお嬢様の召使いみたいに扱われてるのね)


「デンカ、じいやの言葉が信じられないのですか?」

「じいやのことは……信じられるけど……」


 はっきりしないデンカの様子に、わたしはびんときた。

 

(あ、これトラウマが深すぎて、お茶会一回じゃ解消できないくらいの闇がありそう)


 このまま正論やきれい事ばかり言っても、話がどうどうめぐりになり、わたしもデンカもモヤモヤした気持ちのまま、お茶会が終わってしまう。

 

(そうなったら、絶対レインナイツには友達と一緒のお茶会を微妙な空気にした女だと認識される! それは嫌!)

 

 こうなったら。


「情けは人のためならず、っていいます!」


 わたしの大声に、デンカは目を丸くした。


「他人に親切にするのは、自分のためにもなる、ということわざですな。オーレヴィア嬢?」

「そうよ」


 じいやさんにうなずき、わたしはデンカについて考える。

 

(デンカは見返りのない贈り物、っていうものが信じられなくなってしまっているみたい)


「それをわざわざ言う意図はどうしてですかな? オーレヴィア嬢の真心なら、すでにデンカに伝わっていると思いますが」


 じいやのセリフに、デンカの表情がくもる。

 やっぱりな、とわたしは思う。

 

(じいやさんはこのお茶会でデンカの思い込みを完全に無くせると考えているようだけれど、わたしのみる限り、このお茶会一回で、令嬢たちから利用され続けたデンカのトラウマはなくならないよ!)


「じいやさんに評価していただけたのは嬉しいですわ。でも、わたしだって人間です」

「わたしがデンカに親切にしているのは、わたしがいつか、デンカがわたしに親切をしたいな、って思ったときに親切にして欲しいからです! ノートを拾ったお礼にクッキーをもらう、みたいなささやかな親切を!」


 わたしは強く言い切り、デンカと視線を合わせる。

 

「なので、このクッキーはわたしが、わたしのためにデンカに親切にしているだけのものです」

 

(だから、あくまでもこのクッキーはわたしの自己満足だった、という風に伝えて、デンカがクッキーを気にしすぎて変なことを言い出さないようにするのが、今日のわたしに出来る精一杯、かな)

 

「でも、デンカに喜んで欲しいと思ってるのも、本当のことです」

「レインナイツ、どう思う?」


 デンカの問いかけに。

 

「……恐れながら意見を申し上げさせていただきますと、オーレヴィア様の親切、そろそろ受け取ったらどうです、デンカ? このクッキー、ただのお礼ですよ、間違いなく」


 あっさりとレインナイツは言った。

 

(よかったー! わたし、ちゃんとレインナイツに好かれてた! 破滅フラグを折れたー!)


「というか、デンカは心配しすぎなんですよ!」

 

 わたしがほっとした横で、レインナイツはデンカに向けて熱弁し始めた。

 

(わかる……めんどくさいこと考えてるなあ、ってわたし思ったもん)


 しばらくは意見を求められることもなさそうだ。わたしは紅茶を飲むことにした。

 

「そもそも、セイント王国を建てた伝説の勇者パーティーの子孫のヴィラン家はデンカのお力添えがなくても貴族社会で充分やっていける伝統と権力がありますし」

「騎士見習いでそこまで分かるものなの?」

「高貴な方々のことは分からないです。でも。あのお方はそうおっしゃっていました! 今だから申し上げますが、デンカ、今日は特に思い悩みすぎですよ――」

 

(あのお方?!)


 ゲームのレインナイツと共通する言葉に、ガチャン、とわたしはティーカップを落としてしまった。

 

「オーレヴィア嬢、紅茶がお召し物に」

「じいやさん、ナフキンありがとうございます。お見苦しいところを」


 と、じいやさんに服を拭いてもらう間も。

 レインナイツはよっぽどデンカのめんどくささに思うところがあるのか、演説は続いている。


(レインナイツって、ヒロインの前では普通に話すキャラとして登場するから、演説が長いことでネタにされるマギクラウド並の長話するなんて、思いもしなかったな……でも生きている人間だもの。誰だって思いっきり話したくなることはあるよね……)


 と、わたしがレインナイツの意外な一面にびっくりしてから、10分ほど経った頃。

 わたしがじいやさんから代わりのカップに入ったお茶をもらったとき。

 レインナイツは「以上でございます、デンカ!」と長い演説を締めくくった。

 

「色々話しておなかすいたので、リンゴクッキー、今デンカが食べないなら、もらって良いですか?」

「うん」

「いただきます!」


(レインナイツ、日頃の不満を吐き出せたのかブルーベリークッキー以上にいい笑顔でリンゴクッキー食べるじゃん……デンカ、引いてるし……)

 

「このクッキー、私が今まで食べた中で一番おいしいから独り占めしていいなら願ってもない幸せですよ、デンカ」 

「……レインも、あの方もそう言っているなら」


 デンカが、リンゴクッキーを口に運ぶ。

 

(どうか口に合いますように! どうか!)


 さく、さくとデンカがクッキーをかじる音が、やけに大きく聞こえる。


「……おいしい。リンゴの香りがして、焼き加減も好き。これだったら、違う味も試してみたかったな。早くレインナイツを信じればよかった」


 今までにない柔らかな顔で、デンカが笑う。

 

(良かった! リンゴが好きってじいやさんに教えてもらっていて)


「お茶会の前に、オーレヴィア様からのクッキーなら全て大丈夫だと申し上げていた通りだったでしょう? デンカ。……あっ」

「うん?」


 笑顔になったデンカに対し、なにかに気づいたレインナイツは気まずそうな表情になった。


「デンカ、女の子からの食べ物のプレゼントは、今まで全部私に下げ渡してくださっていたので、ブルーベリー味、全部食べてしまいました。すみません」

「許す。そもそもブルーベリー味は、オーレヴィアがレインナイツに渡したものだし。それより、レインがブルーベリーが大好きだなんて、初めて知ったよ」

 

(あー、顔も声も良い男子のおしゃべり……見ているだけで目と耳が幸せ……これが三次元で見られるなんて、ゲームの世界に転生してよかったかも……)


 いまは、破滅フラグのことを考えず、のんびり過ごそう。紅茶とスコーン美味しい。

 男子同士の友情に割り込むのも何だか悪いし、わたしは聞き役に特化しよう。

 

「懐かしくて、止まらなくなってしまって……」

「腕のいい菓子職人を知っているのかい?」

「……そんなおしゃれな話じゃなくて、田舎の話です。隣村の手伝いに行くたび、お礼として村の子にクッキーをもらっていました。しょみんの味ですから素朴なんですけど、美味しくて。一緒にブルーベリーを摘んだりもしましたよ」

「もしかして女の子?」

 

 デンカの質問に、レインナイツはかあぁ、っと真っ赤に。

 

「た、ただの幼馴染みですよデンカ!」


(うんうん、ヒロインちゃんね)


 デフォルトネームのままなら、アンナという名前のはずだ。【ほめらぶ】は名前変更が出来るから、確実ではないけれど。


(レインナイツとデンカ、盛り上がってるなぁ……ちょっとめんどくさかったけど、デンカのわたしに対する偏見へんけんをある程度解消したのは、レインナイツからの信頼を得るのに役に立ったからよし! ……それにしても顔と声がいい……)


 と、聞き流していくうちに男子会の会話は恋バナのような方向で盛り上がっていき。

 

「オーレヴィアは、じいやに教えてもらうまで僕の好物は知らなかったけど、レインの好物は知ってたよね? もしかして、僕よりレインが好きなの?」


(流れ弾!)

 

 のんきに紅茶を飲んでいた、わたしにデンカからとんでもないキラーパスが飛んできた。

 

「好きというか……知っているかどうかの差、ですね。デンカはヴィラン家の人じゃないけど、レインはヴィラン家に仕える部下だから、主人としてなにを褒美にしたら喜んでもらえるか知っていただけです」

 

(前世で遊んだゲームの知識です、とは言えないから、漫画や小説に出てくる部下想いの公爵令嬢っぽさを全力で演じてみたけど、ちょっと恥ずかしいなぁ……)


「そう? じゃあレインナイツの昔話とか知ってる? できたら……黒歴史みたいな?」


 にやにやするデンカ。

 わたしは凍り付いた。

 

(まずい、オーレヴィアになってからの記憶が、昨日からしかない!)


 すでにオーレヴィアとレインナイツが会っていて、思い出があったとしても、なにも話せない。

 

(なんとかごまかさなくちゃ)


 web小説では今まで異世界で生きてきた記憶と、日本での記憶を同時に持っている主人公がいる。

 でも、わたしには日本の記憶しかない。

 

「オーレヴィア様、これデンカの命令じゃないですからね?!」


 慌てるレインナイツ。


(ありがとうレインナイツ、フォローで話をずらせる! あ、話題を変えるなら、破滅フラグの情報集めよう)

 

「デンカ、あまりうちのレインナイツをからかわないでくださいな。昔の話より、これからのことを話しましょうよ! そうだレイン、なにか楽しみな予定ある? 5月とかに」

 

(レインが慕う「あの方」が死にそうなイベントが予定されているなら、止める方向で動かなきゃ)

 

 今は3月で、レインナイツがヴィラン家に見切りをつけるきっかけにつながるイベントが起きるのは5月。

 あの方はレインナイツの関係者のようだから、レインナイツが今知っている情報を得ておくのは破滅フラグを折るのに有効だろう。

 

「クリスト様と、5月に故郷の近くの村に訓練しに行くんです」

 

(あっさり、目的のイベントっぽい予定と、あの方っぽいゲームに出てこない名前が出てきたー?!)

 

「クリスト様?」

「オーレヴィア様には、お兄様と言った方が分かりやすかったでしょうか。僕の憧れの騎士なんです。あの方に認められる騎士になるのが僕の目標なんですが、まだまだ遠いです」

 

(確かに、ゲーム中でもレインナイツは『あの方の妹であるオーレヴィア様』って言っていた。だから、あの方=クリストで間違いないわね)

 

「憧れの人の前だと、やる気出るものね。ところで、訓練に行く村の名前は?」

「ああ、イナカ村ですよ。名前そのままの田舎です」

 

(その……名前って……)


「変なことを聞くけれど、同じ名前の村が二つあったりする?」

「え? 村の名前は前の王様の命令で、一つ残らず違う名前になっていますよ? それに、僕はその隣のイェーガー村で育ったので、ばっちり覚えてます」

 

(嘘……でしょ……)

 

 ぐらりと視界が揺れる。

 どんどん身体の力が抜けていき、気が遠くなる。

 ショックで倒れてしまうって、ドラマや映画だけじゃなくて現実でも起きるんだ、とわたしの中の冷静な部分がやけに自分を客観視している。


「オーレヴィア!」


(まさか……ヒロインの村が燃えたことが悪役令嬢の破滅フラグだなんて!)


──────────────────────

 今回で1章は終わりで、次の第8話から2章が始まります。

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