第5話 クッキーを渡すだけのはずがお茶会になりました

 画面越しに眺める存在だったレインナイツと、初めてなまの人間として顔を合わせた翌日。

 庭に通じる扉の前、わたしはメイドのマリカと一緒に、レインナイツとデンカに渡すプレゼントの最終確認をしていた。


「クッキーよし!」


 淡いむらさき色のブルーベリークッキーと、優しい赤色のリンゴクッキーが、きちんとマリカの持つバスケットに詰められていることを確認。


(ちゃんと一枚も割れてないし、焦げてもいない! 大丈夫、これならレインナイツの好感度アップ間違いなし!)


 今日は、レインナイツたちにノートを拾ってもらったお礼にクッキーを渡す日。

 わたしが悪役令嬢として破滅する未来を変えられるかのしんぱんの時が、刻一刻と近づいていた。


「おいしく出来上がっておりますよ、オーレヴィア様。オーレヴィア様のおやつを作っているマリカが保証しますわ。だから、きんちょうした怖い顔ではなく、にっこり笑ってくださいませ、オーレヴィア様」


(あ、緊張して笑顔のこと忘れてた。メイドさんがいる世界でよかったー!)


 わたしはマリカからバスケットを受け取り、あわてて笑顔を作った。


「ありがとうね、マリカ。そういえば、しょくりょうで会ったしつさんにもクッキー作りを手伝ってもらったよね。しつさんもデンカたちと一緒にいるらしいし、しつさんにもお礼言った方がいいかな?」


 しつさん、とわたしが言った瞬間に、マリカの顔から微笑みが消えた。


「オーレヴィア様を連れていたあのおじいさんのことですか? あのお方は我が家のしつではなく、デンカのじいや様です。オーレヴィア様、じいや様に失礼のないように振る舞ってくださいね、お願いですから」


「わ、わかった」


 わたしの前では常ににこやかだったマリカが真顔になっている。なんだか圧倒されるものを感じて、わたしはぎゅっとバスケットの持ち手を握りしめた。


「じいや様からの指示で、オーレヴィア様お一人であずまに向かってほしい、とのことですから、マリカとはここでお別れです。どうか、どうかオーレヴィア様、公爵令嬢としての振る舞いをなさってくださいませ」


「が、がんばる」


 庭園にわたしが踏み出すと、春の花が咲き乱れ、なんだか眺めているだけで幸せになれそうな風景が広がっていた。


(綺麗なお庭……あとでゆっくり眺めてみたいなぁ)


 と、思いつつも約束を優先し、私が東屋あずまやに向かうと。

 約束の時間よりも早く着いたのに、あずまにはもう人影があった。

 

「お早いお着きですな、オーレヴィア嬢」

 

 しつ改め、じいやさんも、二人に付き添っているみたいだ。

 

「みなさんをお待たせしてしまったみたいで、ごめんなさいね」


「いいえ、オーレヴィア様にわざわざ出向いていただけて恐縮です」


 私に対して、レインナイツはにこやかに返してくれたけれど。

 デンカは、硬い表情でふるふる、と小さく首を振っただけだった。


「立ち話もなんですから、座って話をしましょうぞ。さ、オーレヴィア嬢、どうぞお掛けになって」


 じいやさんに勧められるまま椅子に座り、わたしがあらためて周囲を見ると。


 あずまにはテーブルと三脚のイスが置かれ、テーブルクロスまで掛けられ、ティーカップとソーサーのセットが3組置いてあるというお茶会セットが一式準備されていた。

 

「これ、お礼のクッキーです。このブルーベリー味のものがレインナイツので、このりんご味のものがデンカのです」


 バスケットを机の上に置き、二人に差し出すと、レインナイツが目を輝かせた。


「ありがとうございます!」

「……ありがとう」

 

(デンカは浮かない顔なの、どうしてなんだろう……? じいやさんの言う通り、デンカが好きなリンゴ味にしたのに)


 と、わたしが不思議に思うあいだに。


「オーレヴィア様、せっかくですのでお茶とおやつの時間にしましょう。デンカが好きな焼きたてのスコーンもありますぞ」


 じいやさんが紅茶を持ってきて、華やかな香りの紅茶をわたしたちのティーカップに注ぎ、気付けばお茶会の準備が整っていた。


バスケットに入れたクッキーも、気づけば皿の上に綺麗に盛り付けられている。


「いただきます」


 デンカがスコーンに手を伸ばしたのと同時に、レインナイツがブルーベリークッキーに飛びついた。


「おいしい!ブルーベリークッキー、ありがとうございます!」


 と、美味しそうにブルーベリークッキーを食べるレインナイツに対し。


 デンカはじいやさんが用意した紅茶とスコーンには手を付けるものの、クッキーを盛り付けた皿にすら触ろうとしない。


(このスコーン、わたしが食べた感じだとサクサク系だから、デンカがクッキーが嫌いなはずはないんだけどなぁ……)


 あっという間に皿の上ブルーベリークッキーはなくなったのに、皿の上には赤いリンゴクッキーたちが残されたままだ。


「デンカ、毒味いたしますぞ」


 じいやさんがリンゴクッキーを食べる様子を、デンカは無表情に見ていた。


「これはジャム以外入っていない安全なクッキーでございます。一つでよいですから、口に運んでくださいませ」


「毒も、媚薬も、血も、髪の毛も?」


(え、どうしてそんな物騒なものをクッキーで連想するの?!)


 わたしはぞぞっと鳥肌がたったが、じいやさんは顔色ひとつ変えなかった。


「もちろんです。クッキーを焼く間、このセバスチャンがきちんと見張っておりました」


(え、そんな変なものを混ぜられる日常を過ごしてるのデンカ?! 異世界怖っ……)


「デンカ、心配なら私も毒見しましょうか?」

「頼む」


 デンカの許しを得て、レインナイツもりんごクッキーを口に運ぶ。


「デンカ、このクッキー、変な味じゃありませんよ。ちゃんとデンカの好きそうなリンゴ味ですよ」


「デンカ、わたし、自分が贈ったプレゼントを自分が食べるのが気まずくてリンゴクッキー食べなかったんですけど、わたしも毒見、しましょうか?」


 わたしの申し出に、デンカは首を横に振った。


「なんともないクッキーなのはわかったよ。それならさ」


 デンカがわたしを向く。


「このクッキーを食べるかわりに、きみは僕に何をしてほしいの?」

「え?」


 わたしは、デンカがなにを言っているのかわからなかった。


「デンカ、このクッキーはノートを拾ってもらったお礼です。わたし、デンカに親切にしてもらったから親切で返してるだけなので、デンカから何かを要求しようなんて考えてないです」


「デンカ、デンカに呪いの品を渡してきたあの令嬢たちと、オーレヴィア嬢は別人なのですよ。オーレヴィア嬢が真実を話していることは、じいやが保証いたします」


 わたしのことを、じいやさんが弁護する。


「オーレヴィア、疑ってしまって、すまない」


 デンカは私に頭を下げたけれど、わたしに謝りたいという気持ちよりも、じいやさんのために頭を下げてこの場を収めよう、という意図が見え見えの頭の下げ方だった。


(本気で女の子からのプレゼントがトラウマになっちゃってるのかな……形だけの誠意って感じ……でもここでわたしがあなた本気で謝ってないでしょ! 最悪! って怒ったらレインナイツから嫌われそう……ここは無難にフォローしよ)


「デンカ、食べ物に食べたら体調を崩しそうなものを入れて他人に贈るような人たち、誰でも苦手になります。そんな贈り物なんじゃないか、と思ってしまったら、素直に喜べないのもわかります」


(と、物わかりのいいことを言ってみたけど……デンカの好感度、むしろ下がったかも?)


 デンカは、うさんくさいものを見る目でわたしを見ていた。


(あっこれはフォロー失敗! どうしよう、デンカってゲームには出てこない名前だから、どうやったら好感度が上がるのか分からないよ!)


 わたしの背中を冷や汗がつたう。


(レインナイツに嫌われたら破滅だから、レインナイツ対策はバッチリにしてきたけど、レインナイツの友達の対策は完璧じゃなかったんだ!)


 このままでは、レインナイツの友達の友達に嫌われて、レインナイツ本人にも嫌われるっていう破滅ルートなのでは?!


 予想外の破滅フラグ要素に、わたしはどうしたらいいのかわからなくなった。


「令嬢らしいね、オーレヴィアは」


 デンカがどんどん無表情になっていく。


(あっこれは嫌われた! なにか言わなきゃ! なにか!)

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