第4話 お礼のクッキーを焼きます

 部屋に戻った後、わたしはマリカを呼んだ。


「ねえマリカ。ジャムを練り込んだ、サクサクのクッキーの作り方を教えて」

「オーレヴィア様のおやつなら、すぐお持ちしますよ?」

「ううん、手作りのクッキーを渡したい人がいるの」

「承知しました。今なら調理場が空いていますから、すぐ作りましょう」


(よし、うまくいった)


 マリカについて調理場に向かいつつ、わたしは内心でガッツポーズしていた。

 ゲームの情報からレインナイツに渡すプレゼントには、必勝法がある。


(手作りのブルーベリー入りクッキーが、レインナイツの好感度上げには最適ってこと、嫌ってほど思い知ってるのよね……だいたい、ハーレムルート攻略のために何度も【ほめらぶ】をプレイすることになったから!)


 好きな果物と好きなを正確に組み合わせないと好感度が上がるどころか下がることもある、ハードなシステムだった。

 ブルーベリーが収穫できるのは初夏なので、3月の今はブルーベリージャムクッキーを作るのがいいだろう。


(ジャムクッキーなら、中学校のとき家庭科の授業でやったことがあるから、わたしでも作れそう。家庭科と言えば、【ほめらぶ】のプレゼントは手作りの食べ物一択で、好感度が上がる料理を作れるかどうかは、「家庭科」のステータスで左右されてたから、この世界は貴族でも料理スキルが高いことはモテ要素なのでは? って考察したなぁ)


 【ほめらぶ】の「家庭科」ステータスによって攻略対象の好感度が上がるシステムに対して、家事スキルは貴族ではなく、平民のモテ要素では? とSNSがプチ炎上していたのもいい思い出だ。


(近世海外の貴族だと、働かなくていい高貴な生まれだと示すために白手袋を身につける、とか日焼けしていない肌から血管が青く透けるのを「ブルーブラッド」と呼んでるみたいな、高貴ゆえのニートを自慢する文化があるって、そういう書き込みから知ったなぁ……あと、中世ヨーロッパにジャガイモがなかったことも)


 キュウリとハム入りのポテトサラダを「完全栄養食」として大演説で褒め称える攻略対象の存在によって、何回目か分からない中世風ファンタジーにジャガイモを登場させるべきか否かという論争がSNSで巻き起こったのをきっかけに、わたしは【ほめらぶ】というタイトルを知ったのだった。


(彼の話は長いから、彼が話し始めるときは話をスキップできる選択肢が出てたのよね、基本、話をスキップしてもあいづちの選択肢を間違わなければ好感度が上がるけど、ポテトサラダの話をスキップすると、その時点で彼のイベントが終了するという処理が判明したときは盛り上がったなぁ……SNSで【ほめらぶ】と「ジャガイモ警察」が日本のトレンド入りしてたなぁ)


 西洋貴族社会の作り込みという点では甘いゲームだったけれど、お菓子作りスキルを持っていると攻略対象からの好感度が上がりやすいという【ほめらぶ】の設定は、日常生活に近くてわかりやすく、わたしは気にならなかった。


 と、ゲームの情報を考えているうちに調理場につき、マリカが調理場の使い方について色々教えてくれた。


(水道はなくて、くみ置きの飲み水と皿を洗う用の水があるから区別しなきゃいけないとか、異世界だなぁ……)


 と、わたしはマリカの説明を聞きながら異世界キッチンっておもしろいなぁ、と思っていたら。


「最後に、このオーブンでクッキーを焼きます」


 マリカが指さしたモノを見て、わたしは目を疑った。


 そこにあったのは。

 前面にガラス扉がついた、明らかに前世で見た形状の家電だった。


「これ……電子レンジ?」


「いえ、魔導オーブンです」


 マリカによると、以前はまきオーブンだったが、先輩が大火傷を負う怪我をしてから、まきオーブンを魔導オーブンに取り替えたのだそうだ。


(電気の代わりに魔法が使われる世界なのね)


「断熱加工された魔水晶の窓越しに焼き具合も確認できるし、温度を指定して自動で予熱をしてくれるのが本当に便利で! 最高なんですよ! さすがは魔導卿の跡継ぎ様! ってみんな盛り上がってて――」


 魔導オーブンを推すマリカの話は、しばらく続きそうだった。


(分かるよマリカ、わたしも新しく買った便利家電の便利なところを後輩に熱弁してた……って、魔導卿の跡継ぎ? そういえば、ゲームで魔導卿の跡継ぎ、って肩書きを聞いたことがあるな?)


「オーレヴィア様? 難しい顔をして……ごめんなさい、退屈な話をして」


 最初はマリカを便利家電好きの仲間として微笑ましく見守っていたのだが、【ほめらぶ】に出てきた単語に気づいた瞬間、無意識にわたしの表情は固くなっていたらしい。


「いいえ、マリカの話を聞いてふと思ったのだけど……もしかして、跡継ぎ様の名前って、マギクラウド?」


「そうですよ! 跡継ぎ様の名前から、このオーブンの正式名称はマギクラウド式魔導オーブンっていうんです!」


(こ、攻略対象がこんなところにも関わっているなんて……)


 金髪オッドアイ厨二病枠の【ほめらぶ】の攻略対象、マギクラウド・ウィズ。

 ファンからついたあだ名は、ポテトサラダガチ勢。

 SNSのトレンドに【ほめらぶ】と「ジャガイモ警察」をランクインさせた攻略対象である。


「マギクラウド様って、料理が好きなの?」


(正直言って、マギクラウドは睡眠時間も食事時間も削るほど魔法の研究に打ち込んでいて、ポテトサラダをほめたたえている理由は「食べやすくて栄養がある」というだけだから、料理好きとはとても思えないのよね……)


「それが……マギクラウド様が錬金術に熱中しすぎて食事すら取らないのを心配した魔導卿様に研究室から追い出されてたから、調理場を使って研究をした副産物だそうです。詳しく説明いたしますと――」


 マリカの話をざっくりまとめると。


 マギクラウドは調理場でずっと研究をしたかったが、料理を作る時間は追い出されてしまう。そこでマギクラウドは、


「料理などキュウリとハム入りポテトサラダがあればよい! 炭水化物とタンパク質とビタミンを最も効率よく取れる料理だ!」


 と主張して、料理人たちに料理時間を短縮させようとしたが。


「料理は肉体に必要な栄養を取るだけでなく、心を楽しませる物でもあります。ポテトサラダだけでよいとお坊ちゃまが申されるなら、自分は二度とお坊ちゃまのバースデーケーキを作りません!」


 と料理長にやりかえされ、マギクラウドは作戦変更。料理を効率化すれば、料理人の休憩時間も増えるし、自分は調理場で錬金術をできる時間が増えるのでは? と考え、マギクラウドは料理長と相談しながら料理を効率化する道具として魔導オーブンを作ったんだそうな。


まきオーブンだと、焼き加減を失敗して作り直しすることが多かったんですが、魔導オーブンになってからは作り直しが本当に減ったんですよ!」


「へ、へぇー。ところでマリカが教えてくれた食材棚から、クッキーの材料を準備していたんだけど、小麦粉の袋が空になってるの。どうしよう」


 マリカの話を聞きながら、わたしはクッキーの材料を用意していた。準備していた。


「あっ! お客様がいるから小麦粉の減りが早いのを忘れておりました! オーレヴィア様、水車小屋から粉を取ってまいります。少々お待ちを」

「それなら、わたしは食材置き場のジャムを取りに行くね!」


 と、意気揚々と食材置き場に向かったはいいものの。


(ま、迷った……)


 公爵家の食材の充実ぶりをなめていた。

 ワイン樽がワイナリーのようにずらりと並んでいる場所もあれば、採れたての野菜が八百屋さながらに山になっている場所も。


(もうこの充実ぶり、店だよ!)


 わたしはスーパーのようにぎっしりと並ぶ棚の中から、瓶詰めが並んでいる列を見つけたものの、ピクルスのようなものが並んでいるばかりでジャムは見当たらず。


(ジャムを探して奥に進み続けたら、今どこにいるのか分からなくなっちゃった……)


 わたしが心細く思っていると、わたしの後ろから足音がした。


「オーレヴィア嬢、何かお困りですかな?」


 わたしが振り返ると、上品なシルバーグレーの髪の執事が立っていた。


「ブルーベリージャムはどこにあるの? 探したけど、見つからないし、迷っちゃったし……」

「ブルーベリージャムでしたら……これですな。使い切りサイズですので、ちょうど良いかと」


 執事は、棚の上から手のひらの上になるほどの瓶を渡してくれた。


(執事さんがしている白手袋、明らかにマリカの服より質がいい……わたしが着ている肌着と同じ素材かな? やっぱり執事さんってメイドさんよりえらいんだなぁ……)


 と、手袋の感触でわたしが謎に感動していると。


「デンカへのお礼の品物ですかな?」

「どちらかというと……レインナイツかな。レインナイツはブルーベリーが好きだから」


(必勝法、それはレインナイツに贈るプレゼントは絶対にブルーベリークッキーにすることなのよ……!)


 レインナイツは、サクサクした食感の物が好きである。

 だから、家庭科スキルが初期値でも必ず成功する「サクサククッキー」を贈ることでレインナイツの好感度を確実に上げられる。


(ブルーベリー味のサクサククッキー以上にレインナイツの好感度を上げられるプレゼント、ブルーベリーパイのレシピは失敗率が高くて、炭をレインナイツに贈っちゃって好感度が下がったこともあったなぁ……というか、今のわたしだと、マリカがいなかったらクッキーを作れるかどうかも怪しいし)


 そして、ブルーベリーは。

 レインナイツにとって、騎士見習いになる前の小さい頃、ヒロインとブルーベリー摘みをした、楽しい思い出の味なのだ。


(都に行っても故郷のことを忘れてないよ、って意味だったんだろうなぁ……今考えると。とにかく、ブルーベリージャムが手に入ってよかった)


「ほう、デンカの好きなものは知らないと?」


 執事の言葉に、わたしははっとした。


「……うん。でも、ブレーンクッキーなら喜んでもらえるかなって」


(しまった! オーレヴィアに転生してしまった以上、わたしが今いるのはゲームじゃなくて現実だ! レインナイツが出てきたからゲーム知識でどうにかしようって発想になっちゃったけど、レインナイツには好きな味が用意されてるのに、デンカの好きな味がないって、普通にデンカに対して失礼だ……)


 と、内心冷や汗をかくわたしに、執事はもう一つジャム瓶を手渡した。


「デンカはリンゴがお好きですよ。このジャムなどいかがです? リンゴの皮で色づけされているので、赤くて綺麗ですよ」


「ありがとう! それにする!」


(執事さん有能! これでデンカの好きな味も用意できたし、レインナイツに嫌われて破滅するフラグも折れる!)


 目を輝かせるわたしに、ほっほっほっ、と執事は笑う。


「このお嬢様なら……デンカも、久しぶりに安心しておしゃべりが出来そうですな」


「なにか言いましたか?」


 執事さんが何か言っていたけれど、わたしには身長差があるせいか、よく聞き取れなかった。


「いいえ何も。調理場までご案内しますぞ。ところでオーレヴィア嬢、いつ二人にクッキーを渡すかは決めていらしゃいますかな?」


「決まってないわ。マリカ……メイドさんに頼んで、レインナイツとデンカに差し入れてもらおうかな、って感じに思ってたけど、具体的には考えてない……」


「私はデンカにお仕えしているので、二人の都合があうときを知っております。明日の昼3時なら二人の時間が空いておりますので、噴水の近くのあずまで待ち合わせなどいかがですか。私もデンカに同行いたしますぞ」


「ありがとう。それでお願い」


「では、オーレヴィア嬢お一人で東屋あずまやにいらしてくださいますか?」


「ええ、大丈夫よ」


 このときわたしは、無事にクッキーを渡す予定が決まったこと以外のことを、聞き流してしまっていた。

 後から考えれば、デンカに仕える、という発言と、執事さんの服の素材が悪役令嬢と同等であることが、デンカの正体を明らかにしていたようなものだった。


 けれど、セイント王国の衣装事情などゲームでは設定されていなかったし、公爵令嬢こうしゃくれいじょうとはいえ12歳のオーレヴィアが知っているはずもなかったので、この時わたしは、全くデンカの正体に気付けなかった。

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