第3話 今できることを考えたら攻略対象と出会ってしまった

 わたしが思い出したのは、幼馴染みのルートで、1年生のときに発生するイベントのセリフだ。


『今考えてみれば、あの方が亡くなった2年前の5月に、ヴィラン家からは全ての希望がなくなったのでよう。現状からして、オーレヴィア様のワガママを止めることも、ヴィラン家に仕え、盛り立てていくことももう不可能でしょうから――私にできるのは、これ以上、あの方の妹であるオーレヴィア様があやまちを重ねないようにすることだけ、なのでしょうね』


 オーレヴィアの実家に仕えるヒロインの幼馴染みさえも、悪役令嬢オーレヴィアの断罪を決意したこのシーンは、学期末の悪役令嬢の断罪パーティーまでつらい展開が続く1年生の時期で、プレイヤーがスカッとする数少ない場面である。


(ゲーム中の隠しキャラルートで、悪役令嬢の実家がぼつらく寸前としつこく描かれていたから、転生してしまった時点でんでるかもしれないと思ったけど、このセリフから考えるに、「あの方」を救うことができれば、破滅回避が出来るかもしれない?!)


 今は神聖歴398年の3月だ。まだ、取り返しのつかない事態は起きていない。


(あの方が誰だか分からないけど、あの方と呼ばれている人の命を救うために色々調べなきゃ……でもどうやって?)


 考えるうちにのどがかわいたので、わたしはノートから手を放し、ハーブティーを飲んだ。

 次の瞬間。

 バサバサ、と大きな音を立てて風が吹き込み、ノートが窓の外へと飛ばされた。


「うわ――――!!!」


 ノートが窓の外に飛ばされ、わたしは精一杯手を伸ばしたが、ノートはひらひらと飛んでいき――噴水へと向かっていく。


(追いかけよう!)


 わたしは窓枠から身を乗り出し、外に出ようとした。

 けれど、この部屋は2階にあるらしく、窓の下には、つるりとした足場のない壁が、4~5メートルほどそそり立っていた。


(飛び降りたら絶対怪我する!)


「誰かお願い! わたしのノートをつかまえて!」


 私の大声に、噴水のふちに座っていた2人の人影が立ち上がり、そのうちの一人が、水面につく直前のノートをぱしん、とキャッチした。


「ありがとー! 受け取りに行くから絶対中を見ないでね!」


 わたしはそう言って、庭園へと向かった。


(中を見られませんように! この世界、魔女裁判があるから、この世界はゲームの世界で異世界と同じ暦や習慣がある、って書いた事がばれたら最悪火あぶりにされて破滅しちゃう!)


 と、祈りながら全力疾走して、わたしは噴水の前にたどり着いた。

 息を切らせたわたしに、噴水の前にいた二人の男の子は驚いた顔をしていたが、わたしの息が落ち着いたとき、金髪で青い瞳の男の子が、わたしにノートを差し出した。


「これ、君のノート?」


(あれ、この声、聞いたことがあるような……?)


 金髪の男の子の声に、わたしは既視感きしかんがあった。


(初対面のはずなのに……。でもまずはノートを受け取らないと!)


「うん。あなたが拾ってくれたの?」


 ノートを受け取ったわたしが聞くと、金髪の男の子は首を横に振った。


「ううん。レインだよ」


 金髪の男の子は、自分の後ろに控える紺色の髪と瞳を持つ男の子を振り返る。

 紺色の彼の姿は、私の記憶と完全に一致していた。


(この色合いと顔立ちに、「レイン」という愛称……間違いない、この子、攻略対象だ!)


「もしかしてあなた、レインナイツ・シュバリエ?」


 紺色の男の子は、大きく首を縦に振った。


「はい。気軽にレインとお呼びください!」


「いいの?」


「オーレヴィア様が私のような者の名前を覚えてくださっているだけで光栄です! これからも、騎士見習いとしてヴィラン家に誠心誠意仕えていきます!」


「ありがとうね。ところで、あなたの出身は?」


「イェーガー村です!」


 目を輝かせるレインナイツとは裏腹に、わたしはどんどん気分が重くなっていた。


(はい攻略対象と完全一致しました、ここ完璧に【ほめらぶ】の世界です、ありがとうございました!)


 レインナイツ・シュバリエ。

 【ほめらぶ】において、確定で登場する攻略対象。そして、ヒロインのおさなみである。


(一宿一飯の恩を忘れない忠犬系騎士、と公式サイトでは紹介されるけど、そこからひと捻りされた性格なのよ)


 レインナイツは恩も忘れないが、仇も忘れない。労働に対する対価が支払われないと延々根に持ち、報復の機会を逃さない送り狼としても発揮される。


 具体的にいうと、レインナイツはゲーム中でオーレヴィアにこき使われたのに、報酬どころか、ありがとうのひとことも無かったという怒りによって、オーレヴィアがヒロインを虐めている決定的な証拠を掴む。

 その証拠によって、セオフロスト王太子はオーレヴィアとの婚約破棄を決意するのだ。


(レインの情報提供は、ゲームにおけるオーレヴィア破滅の決定打になるから、1年生の時期は最優先でレインの好感度を上げろ、ってどの攻略サイトにも書いてあるのよね)


 幸いにも、レインナイツは確定で登場する。

 その上、レインナイツのみヒロインに対する好感度が高い状態でゲームが始まる


 好感度が高い順に「恋人」「ドキドキする」「気になる人」「知り合い」「ただのクラスメイト」「無関心」の好感度のうち、彼以外の攻略対象者はヒロインと顔を合わせるのが学園が最初であるため「無関心」から好感度を上げていく。


 その一方で、レインナイツのみ好感度が「知り合い」からスタートする。これは開発によるプレイヤー救済措置用の仕様だといわれている。


(ただ、最初の好感度が高めでも、レインナイツがヒロインを手助けしてくれるイベントが発生した場合、一ヶ月以内にレインナイツが気に入るお礼を渡さないと好感度が下がる特性があるから、逆ハーレムエンドを目指すときの好感度調整がシビアになるという特性があるから「ハーレムエンドのラスボス」ってあだ名がついてるんだよね、レインナイツ)


 と、わたしがゲーム情報を思い出すのに夢中になっていると。


「レイン、お嬢様がぼんやりしてるよ」


 わたしははっとした。


(あっ、金髪の男の子もこの場にいたんだった! 正直、ゲームの攻略対象の見た目と一致してないから、レインナイツが攻略対象ご本人だった衝撃で存在を忘れてた!)


 ゲームに金髪の攻略対象が出てくるには出てくるものの。


『魔術士の血統をきわめにきわめた結果、漆黒しっこくに染まった吾輩わがはいの瞳が怖くないのか……?』


 とか言う性格かつ瞳が黒と紫の、【ほめらぶ】のちゅうびょう担当キャラなので、目の前の男の子とは印象が全く違う。このちゅうびょう攻略対象、生まれつきオッドアイなので、この子の瞳は青いので違う人なのは間違いない。


(攻略対象で青い瞳といえばセオフロストなんだけど、色合いもちょっと違うんだよね。セオフロストの瞳が冬空みたいな水色なら、この子は夏の海みたいな濃い色なんだよね)


「デンカ、お嬢様を楽しませる会話なんて、デンカならいざ知らず私には無茶振りですよ!」


(金髪の子、デンカって名前なのか。ゲームには登場しない人にも名前、あるんだなあ……って人間なんだから当たり前か)


 と、わたしが自分の見落としに気付いてしみじみしていると。


「レイン、そんなよそよそしい呼び方やめてよ。愛称で良いって」

「そんな恐れ多いことは……」


 と、デンカの勢いにレインが困っていたので。


「あの、噴水に落ちてしまいそうだった大切なノートが無事で、レインと話している間にほっとして気が抜けちゃって……デンカも、レインも、二人とも、ありがとう」


 私が頭を下げると、二人とも目を丸くした。


「僕、ほぼ何もしてないけど……いいの?」

「デンカだけでなく、私にも?」

「二人とも私のために頑張ってくれたのは同じだよね? だから、二人両方にお礼を言った方が良いかな。って」


(ゲーム中のレインナイツ、助けてもらった直後にお礼を言って、その上でプレゼントを渡さないと好感度が下がるのよ……! 他の攻略対象だとお礼を言うだけかプレゼントを渡すだけで好感度を維持いじできるから、両方やらないと好感度が下がるレインナイツは、うっかり片方を忘れたせいで好感度が下がって、ハーレムエンドの条件を満たさなくなるのが【ほめらぶ】攻略あるあるだったのよ……!)


 今考えるとこのギミックは、レインナイツに全く感謝しなかったから、悪役令嬢は破滅した事を示すものだったのだろう。


(というか、ゲームの攻略情報を活用するしない以前に、自分に親切にしてくれた人に何もお礼しないの、人間としてちょっと後ろめたいから、プレゼントも用意しよう)


 デンカの存在で、この世界はゲームという作り物ではなく、名前と喜怒哀楽がある人間が生きている世界だと気づかされたし。


「ノートを拾ってくれて本当にありがとう。言葉だけじゃ足りない気がするから、プレゼントを贈ってもいい?」

「ありがとうございます」


 レインナイツはわたしに即答した。


(うーん、ゲームでも思ってたけど丁寧ていねいなちゃっかり者だ、レインナイツ)


「……うれしいです」


 デンカは笑顔だったが、本心からの笑顔を浮かべていたレインナイツに比べると、その顔はなんだかぎこちない。

 不自然なデンカの表情も気になったが、私はデンカの声に妙な既視感があった。


(やっぱりデンカの声、どこかで聞いたことがあるような気がする……初対面のはずなのに)


 この声をどこで聞いたのか思い出せなかったことを後悔することになるなど、このときの私は全く思いもしなかった。

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