第2話 まずはゲームの世界を書き出してみる

 【ほめらぶ】は学園を舞台にしたダークファンタジーな乙女ゲームだ。

 シナリオは、プレイヤーが操作するヒロインが聖女を探す攻略対象たちと絆をはぐくみ、聖女として目覚めたヒロインは国を救い、攻略対象と晴れて結ばれる。


(これだけならよくある乙女ゲームなんだけど、【ほめらぶ】の売りはダークファンタジーなのよ……)


 どれほど【ほめらぶ】がダークなのかというと、ゲームを最初からプレイすると、ヒロインの故郷が魔物の襲来によって燃え上がるという容赦ないシーンから始まる程度だ。


(顔が良い攻略対象との甘々な日々を期待して体験プレイ版を手に取ったプレイヤーが、開始1分後の燃えるヒロインの村の光景でほぼ脱落したから、正直なのは良いけれどこの開発は商売が下手なんじゃないか、なんてネットのレビューではけなされてたなぁ……)


 なお、この評価は、インタビューで明らかになった開発の意図によって逆転する。


「最初から過酷な世界観を明らかにしない方が良かったのではないか、とのご意見も多々ありますが、【ほめらぶ】は重たい展開が続くゲームで、万人受けを狙って作ったタイトルではありません。だから体験版の最初でダークファンタジーだとはっきり示すことがプレイヤーの皆様に対して誠実だと考えました」


(開発さんが堂々と「仕様です!」「自分たちはゲームで『困難を乗り越えた先のハッピーエンド』という楽しみ方をするゲームを作っている。向かない人に無理にやってもらうつもりはない」と明言したいさぎよさで、わたしは【ほめらぶ】をもっと好きになれたんだよね……というか【ほめらぶ】の悪役令嬢に転生しちゃってるから、ゲームのストーリーを考察しないと破滅するんだった!)


 ゲームの本筋に話を戻すと。


 燃え落ちた村でただ一人生き残ったヒロインは、王家によって派遣された救援部隊の隊長の養女になり、男爵令嬢として王立学園に通うことになる。


(この学園編の1学期はひたすらしんどいんだよね……元平民として差別される描写とか、悪役令嬢からの虐めとかのエグい描写がこれでもかってほど続いて……だから虐めてこない攻略対象たちのことを好きになれるんだよね)


 生まれ育った村の全滅、身分を理由にした虐め、聖女を見つけないと国の存亡に関わるという設定などなど、最初のハードな展開を乗り越えられる人以外を振り落とすダークな世界観なのだ。【ほめらぶ】は。


(でも最初がダークな分、悪役令嬢の断罪もシビアに行われるスカッと感とか、元平民のヒロインが聖女になって国を救ったことで公爵家として取り立てられ、攻略対象たちと堂々と恋愛が出来るようになる流れとかの爽快感がクセになる、っていうのでコアなファン……わたしとか……がいたのよね……)


 その代わり、ヒロインを虐める悪役令嬢は1年生の終業式に断罪されていなくなるところから、1学期のうつ展開が嘘だったかのようなスカッと展開と攻略対象との甘い日々が始まる。

 これに対しては、

「重い展開だからこそ後半が輝く!」

 という意見や、

「甘々展開は最高だから、最初から甘々であってほしかった」

 とか、

「分けて考えれば鬱展開の前半も悪役令嬢断罪後の展開も名シナリオだが、展開がきょくたんぎる」

――などなど、ファンのあいだでもさんりょうろんが分かれている。


(わたしは抑えて抑えて抑えて……ドン! みたいな【ほめらぶ】の疾走しっそう感と、これからはハッピーエンドへと向かっていくことが確定する! っていう野球の試合終了間際からの逆転ホームラン! みたいな開放感が好きだったんだけど、自分がヒロインを悲しませる側になると、【ほめらぶ】の世界線は救いがなさ過ぎるのよ……)


 悪役令嬢になってしまった今となっては、婚約破棄後に隣国の王子から求婚されて溺愛できあいとか、実は王太子は悪役令嬢の実家の後ろだてがあったから王太子になっていたとか、実は悪役令嬢にチートスキルとか内政スキルがあって婚約破棄後王家がガタガタに、とかの逆ざまぁ展開が出来る世界線であって欲しかった。


(というか、ゲームの設定上出てくるセイント王国の隣国は、人類滅亡をモットーとしてかかげる魔王国しかないから、隣国の王子から婚約破棄後溺愛できあいルートなんてありえないし)


 【ほめらぶ】の舞台は、魔王国と隣接したセイント王国。約400年前、初めて魔王を退けた勇者が初代国王になったという歴史がある。

 勇者が王になると同時に、勇者のパーティーに所属していた聖女、魔術士、義賊は公爵に任じられ、彼らの子孫はゲーム開始までセイント王国の貴族の頂点として君臨する公爵家になっている。


 こんな風に身分を決めた以外にも、勇者は仕事をした。魔王を倒した年を神聖歴元年とする新しい暦を作ったことがまず一つ。


 その次に語り継がれているのが、魔王との最前線という立地上、身分に関係なく有能な人材を教育するために、王立学園を作ったこと。

 【ほめらぶ】の舞台である。


 ……身分に関係なく、という建前だが、セイント王国は魔王との最前線の荒れた土地。その上、村を魔物が襲うこともしばしば。だから、平民は自分の子供を王立学園に入れる資金力があるはずもなく。

 だから平民の優秀な子供は、たいてい貴族の養子になって王立学園に通っている。 そんなわけで、実質貴族だけの学校なのだ。

 王立学園には満15歳の優秀な男女が入学し、三年のカリキュラムの後卒業する。

 日本と同じように、4月に入学して1年生になり、3年生の3月に卒業する。ゲーム制作会社は世界観の作り込みより、わかりやすさを優先したらしく、曜日や月の数え方も日本と同じ。


 なんなら1日は24時間。単位もセンチとメートルで毎日風呂にも入るし、大トロと松茸は高級食材。

 うーん、web小説がイメージする悪役令嬢の世界のテンプレですか?


(まあ、知識ゼロから異世界単位を覚えなくてもいいのは便利でいいんだけどね……。でも隣が魔王国で自国の土地も痩せているという最悪の立地だから、追放されたらスローライフを送る余裕もなく死んじゃう……知識が使えるという利点が……少ない!)


 そんな土地だというのに、悪役令嬢をはじめとする貴族たちは平民と助け合うどころか、身分にあぐらをかいて元平民のヒロインに対する虐めや、平民に対する限度を超えたちょうぜいを行い――破滅する。

 最悪のバッドエンド、【END・REVOLUTION】では、悪役令嬢どころか国とヒロインすらも。


 革命が起き、国が大混乱におちいったタイミングで魔人と魔物の大群がセイント王国を襲うのだ。


 暴徒化した民衆を抑えるため騎士団は魔王国の侵略に対応できない中、ヒロインは目覚めきっていない聖女の力で、精一杯傷ついた人々を癒やそうとする。


 しかし、その治療所を魔人に見つけられ、ヒロインの頭に剣を振り下ろそうとする魔人のスチルが大写しになる。

 直後、画面は暗転。同時にBGMも無音に。

 真っ黒な画面に白く浮き上がる【END・REVOLUTION】の文字は、みんなのトラウマとして有名になった。


(……隣国のことは考えないようにしよう。悪役令嬢の実家が後ろ盾逆ざまぁ展開は……ゲームに出てくるヴィラン家は、隠しキャラのルートで詳しい事情が出てくるんだけど、オーレヴィアと王太子のセオフロストが結婚することに家の運命をけなきゃいけないくらい弱体化してるし……屋敷も、都にあるひとつだけ、って状況だったな、ゲームだと)


 今はまだちゃんと領地の屋敷があるから、まだヴィラン家の本格的な没落ぼつらくは始まっていないのだろう。


没落ぼつらくフラグ、私に折れるのかな? まあ、落ちぶれてもヴィラン家は聖女の子孫というわけで王家の次に偉い公爵家だから婚約を押し通せる格だったのが……貴族社会……って感じ)


 ゲーム中でオーレヴィアは、14歳の時の社交界デビューのパーティーでセオフロスト王太子の銀髪にひとれ。どうしてもと言い張ってセオフロスト王太子と婚約するのだ。


(でもオーレヴィア、ひとれの理由が見事にセオフロストの地雷を踏み抜いてるのよ……!)


 【ほめらぶ】はダークファンタジー。セオフロスト王太子の髪が銀色になったのにも、きちんとダークな理由がある。


(銀髪に空色の瞳で、氷の王太子ってコピーがついたセオフロストのれいなスチルを見て、これは推しちゃうー! って思ったのが【ほめらぶ】をわたしが手に取ったきっかけだから、人のことは言えないけれど、呪いで銀髪になったからセオフロストは自分の姿が嫌い、っていう設定があるとは思わないじゃない!)


 あっ、ちょっと脱線した。でもセオフロストが呪われるのは社交界デビューのパーティーの前日なので、2年後のイベントだ。今考える必要はない。


(10歳の今できることは……何かないかな。チート魔法や内政スキル……ゲームのオーレヴィアは優等生っていう描写はあるけど、世間知らずな15歳の女の子でしかないっていうのもシナリオ中で強調されてるしなぁ……今から勉強すれば間に合うのかなぁ……)


 でも、勉強するための手がかりが今のところない。攻略対象に勉強を教えてもらうにしても、攻略対象がいるのは都で、今オーレヴィアがいる田舎には……そういえば、一人だけ攻略対象がいるかもしれない。


(【ほめらぶ】の攻略対象は5人。王太子と隠しキャラを含めた都出身の4人については、わたしは今、田舎のヴィラン家の領地にいるから考えなくていい。でも、ヒロインの幼馴染みで、確定で登場する攻略対象が田舎出身で、オーレヴィアのパシリとして使われているから、何らかの接点が今でもありそうなんだよね)


 頭をひねるうちに、ふとわたしは思い出した。


(もしかしたらあのスカッと要素のシーン、悪役令嬢の実家がぼつらくした原因の話だったんじゃない?!)

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