1・どうあがいても破滅する悪役令嬢に転生してしまった

第1話 ただの現実逃避だったのに本当に悪役令嬢に転生してしまった

 はいけい、神様。

 わたしの人生、乙女ゲームとweb小説で出来ていました。


 顔が良いキャラクターたちと、健気なヒロインの繰り広げる恋模様に、時に攻略対象やヒロインの立場で感情移入し、時に姉のような暖かい気持ちで見守って。


 ……そろそろ母の立場にもなれる年になって乙女ゲームとweb小説にハマってるのってどうなの、とちょっとあせることがあったのも否定はしないけど。


 でも、新作ゲームがリリースされれば買えるし、ソシャゲなら推しピックアップに課金するし、web小説が書籍化すれば買えるくらいには、豊かに楽しく暮らしていました。


 勤め先がブラック企業かつ乙女ゲームオタクだから、世間一般からすれば、わたしがモテない側なのは否定できないけど。


 ブラック企業の上司からパワハラを受けるのをやり過ごすため、毎日もうそうするオタクだったけど。


 具体的には。


「全く、女だから泣けば許されると思ってるのか? 社会人としての自覚がない──」


 くどくど続けるパワハラ上司に、はい、とか反省しております、とかのなまへんをしつつ、内心でわたしは乙女ゲームの中だったら、わたしはどんなシチュエーションだろうか、と考えていました。


(この上司は悪役令嬢……悪役令嬢にとうされるわたしはヒロイン……)


 ここまでは、誰だって考えることだと思う。

 でも、ブラック企業で残業続きのわたしの頭は、疲れ切っていたので。


(わたしはヒロイン……なわけないよ! もうこんな会社嫌だ! 転生して悪役令嬢になって、メイドさんにお世話されたい!)


 なーんて、わたしはとんでもないことを考えてしまったのだ。


(……悪役令嬢の権力があればへいしやも爆破できるはず……)


 これが、わたしのOLとしての最後の記憶。


 めつれつすぎるよ、頭おかしくなってるからその会社やめなよ、と今のわたしなら言える。


 もう、そんなアドバイスは手遅れだから、わたしは姿見の前でふるえるしかないのだ。


 鏡に映っているのは、印象が薄い見飽みあきた私の顔ではなくなってしまっていて――物語に出てきそうな美人になってしまっている、というか――。


「目が覚めたら悪役令嬢というそのまんまの運命を用意してくださっているとは思ってませんでしたよ?!」


 げきで干すひまがなく、ぺたんこになってしまった前世の布団が床板に思えるくらい、フワッフワの布団で目覚めて。

 周りを見回すと、てんがい付きベッドに私は寝ていて、部屋のはりや柱が上品な金の草花の彫刻で彩られている、どこの宮殿ですか? みたいな部屋で。

 開いた窓の向こう側には、世界遺産のテレビ番組に出てきそうな噴水と、咲き乱れる春の花々が見えて。


 明らかにおかしい、とわたしがベッドを出て姿見をのぞくと、腰まであるサラリと長い黒髪の美少女が、勝ち気な赤いひとみで私を見つめ返していた。


「この顔……【Holy maiden true love】の悪役令嬢じゃないの……っ! よりにもよって!」


 【Holy maiden true love】、略して【ほめらぶ】。

 必ず悪役令嬢が破滅するシナリオがSNSで話題になった、ダークファンタジー学園乙女ゲームである。


(うーん、顔は出てくるけど名前が出てこない……)


 わたしが鏡の前で立ち尽くしていると、部屋に人がやってきた。服装からして、メイドさんだ。


「オーレヴィア様? お昼寝の時間に失礼します。すこし早いお目覚めですが、何かありましたか?」


 メイドさんに名前を呼ばれ、わたしは思い出した。この悪役令嬢の名前、オーレヴィアだ!


(思い出した……オーレヴィア・ヴィランだ……あの、どうあがいてもゲーム中で破滅する悪役令嬢の……!)


 でもそれはそれとして、黒いロングスカートに白いフリフリ付きで、フリフリの帽子? みたいなのもかぶっている本物のメイドさんが目の前にいる。ちょっと感動。


「……少し、悪夢を」


 と、わたしの口から有名声優そっくりの声が出るのが信じられない。


「心をしずめるハーブティーをお持ちしましょうか?」

「お願い。あと――ここはどこ? 今は、神聖歴何年の何月かしら?」

「ここはヴィラン家の領地のお城で、今年は神聖歴398年の3月でございます」

「ハーブティーだけじゃなく、ノートとペンもお願いしていいかしら」

「承知しました」


 一礼して部屋から出て行くメイドさんを見送り、わたしは改めて姿見を眺める。


(うーん、この黒髪ロングにキツい赤い瞳、何度見ても悪役令嬢の顔……)


 乙女ゲーム、【Holy maiden true love】、略して【ほめらぶ】は、悪役令嬢に虐められるパートの過激さと、必ず悪役令嬢が破滅するスカッと展開でさんりょうろんが激しいが、美しいスチルや豪華声優陣を起用したことでコアなファンがついている乙女ゲームだ。


 ある意味、攻略対象やプレイヤーが操作するヒロインよりもゲームの顔をになっている悪役令嬢、それがオーレヴィア・ヴィランである。


 姓がそのまんまヴィラン悪役なのに気づいて、初めてゲームをプレイした時は「分かりやすすぎるw」と笑ったのはいい思い出だ。


 そしてこの悪役令嬢、どうあがいても破滅する。


 ノーマルやハッピー、友情、トゥルーなどのエンドで、ヒロインを平民出身として馬鹿にし、いじめていることを告発され、婚約破棄と学園追放を言い渡され、王太子と婚約した娘という後ろ盾を失った実家さえも潰れ、とうに迷って餓え死にしたことが暗示されるのは、まだわかる。


 ヒロインが全ての攻略対象に嫌われ、学園を追放される最悪のバッドエンド、【END・REVOLUTION】、つうしょう革命ルートにおいても、オーレヴィアは破滅するのだ。

 このルートでは婚約破棄が発生せず、オーレヴィアは王太子と結ばれる。

 しかし、王太子は内心ではヒロインを好きになっていたため、全くオーレヴィアを愛さず、オーレヴィアを廃墟はいきょ同然どうぜんの宮殿に押し込めてしまう。

 そして王太子は、ヒロインの面影を求め、ヒロインに似た貴族の娘を片っ端から愛人として囲い、オーレヴィアに見せつけるかのように彼女たちに贅沢をさせるのだ。

 このように王太子は無計画にお金を使ってこっを空にし、あげくの果てには、民に重税を課した結果、民衆の不満が高まって革命が発生、オーレヴィアは王太子と共に処刑されるのだ。


(確かにオーレヴィアのいじめは、仲間はずれや悪口なんて甘い方で、暗殺者をヒロインにけしかける描写すらあって、明らかに度を超していたから、どのルートでもスカッと感をプレイヤーが味わえるようにって事なんだろうけど……)


 その結果、どうあがいても死亡する悪役令嬢が誕生してしまったというわけだ。


 プレイしている時は何も考えず「ざまぁ展開最高ー!」と思っていてなんだかごめんなさい。でもいくらヒロインが嫌いでも暗殺者を差し向けるような人には罰が下って欲しいとは今のわたしでも思うけど。


「オーレヴィア様、お茶とノートをお持ちしました」


 姿見に気を取られていて気づかなかったけれど、わたしの後ろでメイドさんがローテーブルにハーブティーとおゃうけ、そしてノートとペンを一式用意してくれていた。


「ありがとう」


 わたしがそう言うと、メイドはびっくりした表情を浮かべた。


「自分によくしてくれる部下に感謝するのがそんなにおかしいの?」


 ブラック企業で、上司にねぎらわれることもなかったわたし。

 だからせめて部下には優しく接することを心がけていて――って今のわたし悪役令嬢だった!


 キャラ崩壊しちゃったんじゃないかな、とハラハラしながらわたしがメイドさんを見つめていると、メイドさんは感動した様子で顔を覆った。


「もったいないお言葉でございます! ううっ……わがままばかりだったオーレヴィア様がいつの間にかご立派に……このマリカ、今まで以上に誠心誠意、オーレヴィア様にお仕えさせていただきます!」

「……それなら、夕食の準備が出来るまで人払いをお願いしていいかしら。ひとりになりたいの」

「承知しました!」


 なんだか感動させてしまった。しかもなんだかスキップしながら部屋から出て行ったよメイド……いやマリカさん。


(さて……誰もいなくなったことだし、作っちゃいましょうか、ゲーム展開とゲーム知識まとめノートを!)


 正直、自分を癒してくれた物語を変えてしまう罪悪感は、ある。


(でもさぁ! ブラック企業のパワハラ中に多分死んで、それから転生した異世界でもバッドエンドなんて嫌! 絶対、生き残ってみせる!)


 そう決意し、私はペンを握った。

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