Ⅳ.星降る夜の約束(1)
馬車の揺れが心地よく、つい目を瞑りそうになる。
ジェラルドとチェーザレは、ガブリエッラ礼拝堂に向かっていた。チェーザレ所有の馬車は相変わらず簡素だが、乗り心地は良い。
「本当に手加減しないんだもんなー」
ぼやくチェーザレは、時折あくびをかみ殺している。
夜中から開始したゲームは、明け方まで続けられた。終わるたびに、「もう1度」とチェーザレが言うので、そのような時間になってしまったのだ。
結果は、全勝。1度くらい負けてやっても良かったが、手を抜いたら抜いたで拗ねられるので仕方がない。
結局は別に準備されていた客室に向かうことなく、『作戦会議室』のジェラルド用の寝台で仮眠を取った。
「手加減したら、おもしろくないだろう」
「確かにな」
何の気なしに窓の外を見る。人々は、既に動きだしていた。
チェーザレの屋敷から礼拝堂までは北西に向かって走るため、進行方向を向いていれば朝日もさほど眩しくはない。向かいに座るチェーザレは眩しいのか、たまに目を細めている。
「良い天気だな。隣国の空も、こうであると良いが」
「そうだな。そろそろ大祭も始まる頃だろう」
礼拝堂までの距離は、馬車であれば遠くはない。大祭での思い出話の花が咲ききる前に、目的地に着いてしまった。
ガブリエッラ礼拝堂では、今日も清掃が細やかに行われていた。アマデオも、この日は清掃に参加している。声を掛けると、「こちらへどうぞ」と司教達の控えの間へと案内された。一般の人間は、まず立ち入ることのない部屋だ。
大司教ともなると、さすがに1人部屋を使用するらしい。中に案内されると、ミケーレは立ち上がり、帽子を取って頭を下げた。
「ジェラルド様。チェーザレ様。ようこそ、お越しくださいました。話は、アマデオから伺っております。まじないの品というのは、そちらの袋の中に?」
「ああ、そうだ」
チェーザレは抱えていた袋の高さを、少しだけ高くした。
「では、そちらの机の上に、並べて置いていただいても、よろしいでしょうか?」
「わかった」
ジェラルドとチェーザレとアマデオの3人で、証拠品を並べていく。全部で22点もある。これをすべて盗んだのかと呆れるのは、何度目だろう。ジェラルドは、ため息を吐いた。
ミケーレは、並べられた証拠品一つ一つに、手をかざしていった。
「これら全てに、まじないを掛けられた気配があります。しかし、ほとんどは、既に役目を終えています。今もまじないの効果が働いている物は、2点。そのうち、夢見のものといいますと、こちらの小箱になりますね」
ミケーレが指し示したのは、白い小箱だった。蓋に、透かし彫りが施されている。装飾品などの小物を入れるための箱だ。
「この中に、夢に見たいと願う人物と関わりのある品を入れておくと、その人物との思い出が夢で蘇るという、とてもかわいらしいまじないです」
ミケーレは、慈しむようにほほ笑んだ。対してチェーザレは、顔をしかめる。
「俺には、最悪な呪いだったんだがな」
「袋に入れて縛っておけば、夢は見ないはずですよ」
「そんなことで良かったのか? わざわざ、廊下に出していたというのに」
チェーザレは、目を丸くした。
「ええ。箱でも戸棚でも、仕切りさえあれば防ぐことができますよ。ですから、そこも含めて『かわいらしいまじない』なのです」
「もっと早く知りたかったな」
チェーザレは眉を寄せて、ぼやいた。
隣りに立つジェラルドは、別のことが気になって首を傾げる。
「この箱には、いったい何が? 中は見たのか? チェーザレ」
「いいや。こいつは、まだ手つかずだ。見てみるか」
チェーザレは
「ん? 空か?」
「いいえ。更に、下があるようです」
ミケーレが白い中蓋を外すと、白いリボンが現れた。
リボンを取り出して伸ばしてみると、手首から肘までの長さがある。花の刺繍が施されているところまで、水色のリボンと酷似していた。
「出所がわかるな」
チェーザレが、苦笑いを浮かべる。
士官祝いにとアントーニが用意した3本のリボンには、イリスの花の刺繍が施されていたが。
「しかし、花が違うようだが」
「これは、マルゲリータだな」
「わかるのか?」
「わが妻が、育てているからな。魔女の姉妹の家の前にも、咲いていただろう?」
「そうだったか?」
家の中の後継は鮮明に覚えているものの、外観はさっぱりだった。
「よく見ているものだな」
「護衛をするには、常に周囲には気を配らねばならんからな」
感心するジェラルドに、チェーザレは笑った。しかし、すぐに首を捻る。
「マルゲリータか。花言葉は、なんだったかな?」
「さあ。私達の中で1番詳しいのは、アントーニだからな。イリスと同じく、様々な意味があるのだろうが」
「心に秘めた愛、でしょうか」
「知っているのか?」
チェーザレとジェラルドは目を丸くして、ミケーレを見た。彼は、ほほ笑みを浮かべている。
「少しばかり。他に、貞節。信頼。希望などでしょうか」
「やはり、色々とあるのですね」
渋面を作るジェラルドを宥めるように、チェーザレが軽く肩を叩いた。
「今回に限っては、『秘めた愛』ってことで間違いないんじゃないか?」
「まあ、そうだろうな」
ジェラルドはチェーザレからリボンを受け取ると、マルゲリータの刺繍をまじまじと見た。白地のリボンに、白い刺繍糸が使われている。同じ白でも、糸によって光沢や色味に差があることが見て取れる。
リボンを折り畳むと、小箱に戻した。中蓋も元に戻し、蓋を閉めてひっくり返す。箱の底には、紋が描かれていた。思わず、「ん?」と声が漏れる。
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