第63話

「……エルクか」


「ライクさん……その子は──」


「近付くなッ! 俺達は石化病に感染している。近寄らない方がいい」


「……」


 ライクさんに近寄ろうとすると、静止された。


 ライクさんまで石化病になっていたなんて……今すぐ薬を渡さなければ──


「エルク、すまんが……飯の約束は無理そうだ。メリル──娘は死ぬ。俺もその後、死ぬつもりだ……こんな事を頼めるような仲じゃないが──死んだらここに埋葬してくれないか? ここは俺達家族の思い出の場所なんだ。娘の為に用意した金は全てお前にやる。頼む」


「嫌です。諦めるにはまだ早いッ! 娘さんはまだ生きてるんですよね?」


「なんとかな……だが、薬は手に入らなかった……その内死ぬだろう」


「──薬ならここにあります。これで2人とも助かるはずです。受け取って下さい」


 俺は薬を取り出してライクさんに渡す。


「──これは!? まさか……薬なの、か?」


「はい、今街では無償で配られている薬です。これを飲めば助かりますッ!」


「──すまない。エルク……わざわざ届けてくれてありがとう……でも何故?」


「気にしないで下さい。何故と言われても……まぁ、ライクさんみたいな人は嫌いじゃないからかな? それに飯の約束もありますからね? まぁ、そんな事より早く薬をッ!」


「そ、そうだな────メリルッ! 薬だッ! 頼む、飲んでくれッ! しっかりしろッ!」


 ライクさんはメリルちゃんに必死に声をかけながら薬を飲まそうと瓶を口元に近付けるが、飲もうとしなかった。


 メリルちゃんはライクさんに話出す──


「……お父、さん……私…お母さんと会いたい……さっき、悲しそうな顔してた……きっと……1人で寂しいんだよ……」


 メリルちゃんは母親であろう写真の入ったペンダントを握りしめながらそう言う。


「そんな事はないッ! お母さんだって、お前に生きていて欲しいと思ってるはずだッ!」


 ライクさんは必死に薬を飲まそうとするが、飲み込む事なく口から流れ出る。


 メリルちゃんは薬が飲めないぐらい弱っているのか?


 いや、これは──飲む気がない?


 それにももう死んでいる母親が悲しそうな顔をしていると言っていた。


 体が限界でを見ているのかもしれない。死ぬ間際にそうなる事があると聞いた事がある。


 死んだお母さんと会いたい気持ちが強いのかもしれない。



 なんとかこれを利用して薬を飲ませられないだろうか?



『幻影魔法は魅せる魔法』──



 ふと、その言葉が脳裏を過ぎる。


 出来るかわからないが、俺が『幻影魔法』で母親を再現出来れば──なんとかなるかもしれない。


 写真はあるから顔はなんとなくわかる。


 母親の幻影を俺が纏えば薬の瓶も持てる。説得さえ出来れば飲ませられるかもしれない。


 それに今回は戦闘じゃない。落ち着いてイメージをすればそれなりに完成度の高い幻影が作れるはずだ。


 やる価値はあるか──



 俺は魔力を同調させながら、イメージしていく──


 しかし、写真ではイメージが固まらない……。


 仕方ない──不十分ではあるが、これで行くしかない。



 俺はよりリアルになるように『幻影魔法』を発動しようとする──


「痛ッ──」


 ちッ、頭がガンガンするな。


 何だこれは?


 初めてだぞこんな事は……イメージ不足で脳に負荷がかかっているのか?


 いや、今までイメージはなんとなくでしか発動してなかったが、こんな事にはならなかった。



 だが──


 ここで、諦めるわけにはいかない。


 俺は体に幻影を纏わせていく──


 体を見るとかなりリアルな幻影を纏い始めていた。


 だが、頭痛はどんどん酷くなる。



 ピコンッ


『そのまま続ければ死ぬぞ? イメージ不足で本物に近づけようとするのはやめておけ』


 なるほど……この頭痛はイメージが不完全なのに無理矢理リアルにしようと発動しているのが原因なのか……。


 だが、もう少しで完成しそうだ。ここで止めるわけにはいかない。


 親がいなくて1人で生きて行くのは過酷だが、父親であるライクさんはまだ生きている。


 生き残って独りぼっちになるわけじゃないッ!


 死んだ先に幸せなんかあるわけがねぇッ!


 そんなもの──ただの自己満足だッ!


 いつか──愛してくれる親がいるってだけでも幸せな事だとわかる日が必ず来るッ!


 だから俺は『あの時死ななくて良かった』───そう思えるように死なせねぇッ!


 絶対に俺の目の前で子供を死なせたりはしねぇッ!


 それに俺はしぶといのが取り柄だからなッ!


 こんなとこで死ねるかッ!



 ピコンッ


『確かに……お前の死因は腹上死しかないだろ。やれやれ……本来こんな事がバレたら左遷されるが──仕方ない。サポートしてやる』


『鑑定』がそう文字を表示してきた瞬間──


 俺の頭痛は和らぐ。


 悪態つきながらでも、なんやかんやで助けてくれるお前に感謝するよ。



 これなら行ける────




 ◆




 お父さんが思い出のお花畑に連れてきてくれた。


 お父さんはずっと、ずぅーっと──抱きしめてくれている。


 最近お家にいなくて寂しかったからとても嬉しい。


 暖かいなぁ……。


 でも、笑いながら私に色々と話をしてくれるけど──涙がずっと流れている。


 お父さんが泣いてるのを見るのはお母さんが死んだ時が最後だった気がする……。


 頭を撫でてあげたいけど、体は動かない……。


 お父さんはAランク冒険者でこの国で勝てる人はいないぐらい──とても強いってお母さんから聞いてる。


 でも、お母さんが死んでからは私を1人家に残すのが不安で遠くに行く仕事はしなくなった。



 ふと、視線をお父さんさんからお花畑に移すと──


 がいた。


 その顔はとてと悲しそうだった。


 やっぱり、お母さんも1人は寂しいよね?


 今までお父さんと一緒にいたから次はお母さんと一緒にいてあげたい。


 きっとお母さんも喜ぶはず──



 どれだけ時間が経ったのかわからない。


 気が付けばお父さんの知り合いっぽい人が現れた。話に聞いていたエルクという人だった。


 その人は薬を持ってきてくれたようだった。


 お父さんが必死に声をかけて、飲むように言ってくるけど、私はもうお母さんと会う事を決めた。


 もうすぐお母さんに会える……お父さんにお別れしないと──


 私は最後の力を振り絞って話す。


「……お父、さん……私…お母さんと会いたい……さっき、悲しそうな顔してた……きっと……1人で寂しいんだよ……」


 本当はお父さんとお母さんの3人が良い。でも、それは無理。


 大好きなお父さんには生きていてほしい。


「そんな事はないッ! お母さんだって、お前に生きていて欲しいと思ってるはずだッ!」


 私にはもう声が出せない。


 精一杯の笑顔で応えた。


 いつかまた3人で暮らしたいなぁ……。


 死ぬのは怖い……。


 だけど──


 お母さんともう一度会いたい。


 お父さん……ごめんね……。



 もう起きてられない──



 そう思った時、頬に痛みが走る。


 微かに目を開けると──


 目の前に



『起きなさいッ! そしてこれを飲みなさいッ! 私はメリルが死ぬ事なんか望んでないわッ!!!!』


 お母さん?


 私……お母さんとずっと一緒にいたいよぉ……側にいたいよぉ……。


『私も会いたいわ……でも、ちゃんと生き抜いてからじゃないと会わないわよ? 見えなくても私はいつもメリルの側で見守っているわ。それに──メリルが私に会えるわよ?』


 本当に?


『本当よ。メリルは私にとても似ているの。だから絶対に会えるわ。私も昔母さん──いえ、メリルのお婆ちゃんから、そう言われたわ。だからこれを飲んで──生きてね? そしてお父さんと仲良くね?』


 うんッ!


 大きくなってお母さんに会うッ!


 お母さんは優しく私を抱き抱えて、お薬の入った瓶を口に近づける。



 私はなんとかお薬を飲み込む──



 すると──お母さんが笑ってくれた。


 お母さんは死のうとした私に対して悲しそうな顔をしてたのかな?


 やっぱりお母さんの笑顔が1番好きだ……。



『必ず──また会いましょうね?』



 うんッ、また絶対に会おうね?


 絶対だよ!


 ちゃんと私、精一杯生きてからお母さんの所へ行くからね?



 お母さん大好き──



「お母…さん……またね……──」



 気が遠くなる中──



「良い夢を──」



 優しい声が聞こえた────

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