第62話

 いったい、何がどうなればアリアがギルマスの頭を踏みつける事になるんだ!?


 ギルマスなんかやらかしたのか?!


 アリアが吐き捨てるように話し出す──


「何で貴方に薬を分けないとダメなんですか? 私は昨日言いましたよね? 『薬を配る為に協力してほしい』──と。しかし、貴方は『薬の量が半分で効果が怪しい。それは違う薬だ。怪しい薬の配布など協力できん』と言って門前払いしましたよね?」


「……それは……半分で効果が出るとは思わなかったんだ……」


「ちゃんと──『今回の石化病は従来の石化病よりも進行が遅く、薬も半分で効果がある』と説明しましたが?」


「信じる根拠がなかった……だが、情報を集めた限り、実際に石化病はその薬で完治している。俺達も配布する」


「買い取る? そんな必要はありませんよ。私達はしているんです。どうせ高値で売り払うつもりでしょう? 一般人に薬が出回ってないのが証拠です。私達の邪魔をしないでくれますか?」


「待ってくれ! それは……薬師ギルドで作られた薬は貴族が圧力をかけて、こっちに出回らないんだ……」


「石化病は街が滅ぶぐらい危険な病です。そんな事ぐらいギルドマスターならわかるでしょう? 今はお金よりも、力の無い者を救う事に尽力せねばなりません。例え貴方に薬を分けても、無料で配布するか怪しい。私達が責任を持って配ります」


 話を聞くに──


 どうやら昨日、薬の配布の件でギルマスと話をつけに行ったみたいだな。


 このギルマスは状況を軽く見たのだろう。


 供給が間に合っていない薬を貴族が買い取っている──つまり、高値で買い取られるという事だ。


 ビジネスチャンスとでも思ったのか?


 こんな状況で恐れ入る。



「ならせめて、少しでも買い取らせてくれッ! どうしても薬が必要なんだ……頼む。金なら言い値で払う……」


 ここまで必死に頼み込むという事は知り合いが石化病なのかもしれないな……。


「はぁ……さっきから断っているでしょう? 営利目的のギルドと違って、こっちは重傷者を優先して薬を配っているんです。さっさと帰って仕事でもしたらどうですか? 冒険者ギルドのギルドマスターさん?」


 アリアはギルマスの頭を地面に踏みつける。


「ア、アリアさん?」


 俺はさすがに気の毒で声をかける。


「──エルク様!? どうしてここに?! あら嫌だわ、倒れてる人を踏んでしまいました!」


 アリアはギルマスの件がなかったかのように振る舞った。その言い訳はキツいだろ……。


「いや、息抜きに散歩してた……というか、ギルマスと少しぐらい交渉してやればどうだ?」


 街の住人に配るならギルドの協力があれば早く供給出来るしな。


「お断りします。私達だけで事足ります」


 アリア……昨日そんなに嫌な思いをしたのか?


 優しいお前はどこに行った!?


「わ、わかった。何か事情がありそうだし、俺が少し話をしてくる。それで薬を分けても問題ないと判断したら問題ないだろ?」


「……エルク様がそう言われるのであれば……」


 アリアは渋々頷く。


「ギルマス──とりあえず、どこか話せる場所に行こうか? 俺を納得させる理由であれば薬は分けてやってもいいぞ?」


 当然俺にも打算はある。


「本当かッ!? お前は確か──ライクと一緒にいた冒険者?!」


 ギルマスはガバッと顔を上げると俺が誰かわかったのか驚いていた。


「頭が高いッ!!!! お前如きが不遜な態度を取って良いお方じゃ無いッ!!!!」


「ゲフッ──……いったいお前ら……何者……なんだ……」


 アリアは再度、ギルマスを地面に踏みつける。


 威力はさっきよりも強い為、ギルマスは鼻血が大量に出ている。



 まぁ、薬を大量に持ってたり、新人冒険者だと思ってた奴が様付けされてたら驚くよな……。


 しかも俺──偉そうだし……。


「アリア、もういいぞ?」


「はい。何かあれば直ぐに殺しに行きますね?」


「いや、そこまでしなくて大丈夫だ……さぁ、ギルマス──案内しろ」


「は、はい──」


 ギルマスは逃げるようにそそくさと移動する。


 後をついて行くと、冒険者ギルドの中にある一室に通された。


「すまん、そこに座ってくれるか」


 俺はソファーに座るように言われて腰をかける。


「薬師ギルドで作った薬は貴族が買い占めているらしいな。薬師ギルドはどうして他に薬を回さない?」


「……国からの圧力で薬師ギルドは逆らえない……当然こちらに薬は回って来ないのが現状だ。買い占めてる貴族は配ると言っていたが──今日聞いた報告によれば、とんでもない高額で他の貴族に売り払っている上に、貴族優先でしか販売していなかった。ポックル草を集めるように言ったのは国王だが、その下の貴族が金儲けに走ったようだ。その為、薬師ギルドと宮廷薬師達に薬を作らせているが、こちらに還元されていないのが現状だ」


 ギルマスの説明わかりずらいな……。


 つまり、国王の命令でポックル草の依頼を冒険者ギルドが受けた。


 薬は薬師ギルドの動ける者と宮廷薬師が作る事になっていたが、指揮を取っていた貴族が私腹を肥やそうと薬を独り占めにした。


 その結果、薬は街に出回らなくなった。


 こういう事だろう。


 とりあえず、言えるのは──国王が無能という事ぐらいだな。部下の管理ぐらいしっかりしろよな……。


「そうか……俺達が用意した薬は街の人を救える分を用意する予定だ」


「──?! そんなにあるのか!? 是非──」


「ギルマスを踏みつけていた奴が言っていた通り──俺達は無償で提供する予定だ。ギルドに卸した場合、お前達は売り払うだろう? そうなると貧しい人達に薬は行き渡らない。命に優劣はない」


 冒険者ギルドに薬を卸せば、売り払うのは確定だろう。慈善事業ではないからな。


 確か、そんな事を聞いた事があるしな……。


「……」


 沈黙するギルマスが俺を肯定してくれている。


「だが──それはギルドの規則に従っているからだろう? たかが一介のギルマスの一存で無償で配るのは不可能のはずだ。グランドマスターの許可がいるはずだ。違うか?」


「……その通りだ……何故そんな事を知っている……」


 当然会った事があるからだな。


「そんな事はどうでも良い。グランドマスターに連絡はしたのか?」


「……していない──というか


「出来ない?」


「あぁ、石化病が流行る前に何者かによって通信魔道具を破壊されてしまった……早馬で隣国に許可を貰いに行っているが──」


「──早馬が戻る前には手遅れになる可能性が高いか……」


「──そうだ。だから買い取って少しでも安く提供しようとした……」


 なるほどな……カインの奴、面倒臭い事してくれたな……。


 だが、ギルマスがそんなに悪くない奴なのはわかった。



「わかった。なら俺から


「依頼?」


「あぁ、依頼だ。──な? 冒険者に支払う報酬は適当にそっちで決めてくれ。俺が払う。その代わり、ポックル草以外の材料や薬を入れる瓶はそっちが提供しろ。それなら規則通りに配れるだろ? あー、それと今後俺が協力を頼んだら出来る限り手伝えよ?」


 これなら配る人材も確保出来るし、規則にも引っかからない。


 このギルマスが街の為に動いていなければ無視したが、ちゃんと動いていたからな。


 まぁ、偉そうな態度がアリアの琴線に触れたんだろうな……。


「た、確かに……それなら問題ない……協力か……出来る事ならしよう……」


「そんな無理な要求なんかしないさ。ギルマスも貴族に鬱憤が溜まってるだろうし、ここらで仕返ししてやろうぜ。良い思いをしてる貴族は高値で薬を売り払ってるんだろ? その内、薬に価値はなくなるから──悔しい思いをさせてやろうぜ?」


「……お前は──いったい何者なんだ?」


「偉そうな態度を取る、新人冒険者だが?」


「……まぁ、誰でも構わん──すまないが、早急に薬を何個か譲ってほしい」


「ん? 構わんぞ。ほれ、足りるか?」


 俺はギルマスに薬をとりあえず5つ渡す。


「助かる。これで約束が果たせる……」


「約束?」


「ライクだ。お前はあれ以降ライクと会ってないのか?」


「会ってないな……まさかまだ薬を手に入れてなかったとは……てっきりギルマスが既に渡していると思ってたな」


「これで約束は果たせそうだ……毎日ポックル草を納品してくれたからな。今日はまだギルドに来ていないから来たら渡そうと思う……ありがとう」


「あぁ……悪いが依頼の件はアリア──ギルマスを踏んでた奴に知らせるから、そいつに手続きしてもらってくれ。絶対に怒らせるなよ?」


「……わ、わかった……あの姉ちゃんの言う通りに動く……」


 ギルマスの顔は引き攣っていた。



 だが、これで薬の配布は滞りなく行えるはずだ。



 俺はアリアに事情を話すと、嫌そうな顔をしながら渋々頷いてくれた。



 少し心配ではあるが、後は任せればなんとかなるだろう。


 薬の在庫も今日、明日配るぐらいなら大丈夫なはず。



 それより──


 ライクさんだ。


 今日はまだギルドに来ていないと言っていた。既に日が暮れて夜だ。


 毎日来ていたのにまだ来ていないというのはおかしい……。


 採取に手こずっているのか?



 俺は『マップ』を起動する──


 ライクさんは街の外れにいた。


 やはり採取をしているのか?


 いや、その割には動きが無い。



 なんか胸騒ぎがする──



 気付けば俺はライクさんの元へ駆け出していた──




 花畑に到着するとライクさんを発見する。


「ライクさんッ! やっと見つけたましたよッ!」


 俺は直ぐに声をかける。


 よく見れば、ライクさんは少女を抱き抱えて涙を流していた──


 おそらく話に聞いていた娘さんだろう。


 まさか……娘さん──間に合わなかったのか?



 そんな不安が過ぎる──

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