第38話

 俺はBランク冒険者のプリッツだ。


 エルクが旅立って10日以上過ぎた。


 あいつから貰った金はもう無くなりそうだな。


 なんせ毎日酒場に来て高い酒を飲んでいるからな。


 ぼちぼち俺もちゃんと仕事をせねばなるまい。


 仕事と言っても冒険者の仕事ではない。


 実は俺はとある国の諜報員だ。


 ここ一年程は冒険者に成りすまして『慈愛の誓い』の動向を探っていた。その中に本国のお偉いさんがいるらしいからな。誰かは全くわからんが……。


 元々ここに派遣されたのは『鉄の処女アイアンメイデン』から『慈愛の誓い』にパーティ名が変わった事が発端だ。



 ──まさかエルクが原因でパーティ名が変更されたとは思いもしなかったが……。


 これを知った時は頭を悩ませた記憶がある。


 『慈愛の誓い』の情報を得る為にエルクに近付いたはずなのに、直ぐに意気投合し気が付けばよく遊ぶ仲になっていた。


 そして、気が付けば親友になっていた。


 そんな親友が国の要人のを奪ったとか頭が痛すぎる事案だった。


 当然俺は報告していない。このトップシークレットは墓場まで持っていくつもりだ。


 保身もあるがな……仮にこの事を報告したとしよう。


 『慈愛の誓い』のメンバーからすればエルクとの関係はバラされたくないのではないだろうか。


 俺が本国に報告すれば──殺されてもおかしくないからな……。



 だが、既にエルク──いや、任務の対象である『慈愛の誓い』はこの街にいない。なんせ死んだ事になっているエルクを探しに行ったっきりだからな。


 もう俺の任務は終わりで良いだろう。


 報告書には女性パーティに男性が入ったからと書けば誤魔化せるはずだ。


 本国に戻れば──訓練でまたつまらない日々を送る事になるが、それも構わないだろう。



 ちなみに、この街には俺みたいな諜報員は多い。俺が調べた感じだと、どうやら『慈愛の誓い』は色々な国の要人が関係しているみたいだ。


 俺みたいな下っ端には詳しい事は知らされてないが、トップシークレットなのだろう。



 世の中には知らなくて良い事もある。それが長生きの秘訣だな。



 さて、これ飲んだら国に戻って指示を仰ごう──



「「「ずるいッ!!!!」」」


「ぶふぉッ──」


 俺はに酒を噴き出す。


 エルクを探しに行ったはずの『慈愛の誓い』のメンバーが何故かいた。


 全員はいない。


 何やら揉めているようだ。


 俺の加護は『音魔術』だ。離れていても話を聞く事が出来る。この力があるから諜報員として俺が選ばれた。


 なぜなら──


 現在、『慈愛の誓い』のメンバーの激しいで周囲は失神する者が続出しているからだ。俺は離れているから辛うじて大丈夫だ。


 他の諜報員では、会話が聞き取れる距離まで近寄ることも出来ない。ちなみに光魔術で読唇術も通用しないように対策されている。


 そうでなければ、他の諜報員がパーティ名変更の理由を報告していただろう。



 俺は『音魔術』を使って聞く事に集中すると──



 一度はエルクを捕まえたと言っているのが聞こえてきた。



 あいつ──もう捕まったの!?


 早すぎね?!


 と思ったが、今までの事を考えたら頑張った方か……最長逃亡期間は5日ぐらいだったはずだからな……。



「仕方ないじゃない。私とエレナも、まさかエルクが自分そっくりの分身を作るなんて思ってもいなかったわ」


 ん? 分身? 魔術か何かか?


 まさか──この人達相手に切り抜けたのか!?


 さすが『先見』のエルクだぜ。間違いなく実力はSランクなのだろうと予想出来る。そうじゃなきゃ逃げられんからな。



「そうですね。まさか本番まで可能な分身を作るなんて聞いた事ないですけど。少し欲求不満が解消されました♡」


 どういう事だ? 結局捕まって喰われたのか?


 いや、ここにエルクがいない以上は喰われた後になんとか逃げ出したのか?


 あー、酒のせいで頭が回らねぇ。



「「「私もしたいッ!」」」


「不完全燃焼だけど、久しぶりでかなり良かったわ♪」


「ですね。分身は、その時のエルクの状態をコピーしているのかもしれません。ミゼリーの魔契約のお陰で浮気が出来ないから、硬くてとても良い感じでしたし♡」


 ……とりあえず、エルクが喰われたのは確定みたいだな……分身ってのがよくわからんが……。


「「「ヤりたい……」」」


「なら探すしかないわね──捜索範囲を広げるわよッ! 今のエルクは────」


 リーシェさんはエルクの情報を皆に伝えている。


「「「応ッ!!!!」」」


 リーダーのリーシェさんと、回復術師のエレナさん以外は捜索する為に酒場から飛び出して行った。



 エルク……頑張れよ?



 さて──



 ぼちぼち、俺はおいとましよう。



 ここにいたら、周りにいる奴らみたいに殺気で失神する恐れがあるからな。


 エルクがいないのに関わり合いになりたくない。


 以前、エルクを娼館に連れて行った時は死んだと思ったからな……。


 あの時はエルクが「何でもするから、こいつだけは助けてやってくれ」と言ってくれたお陰で俺は助かった。


 俺のせいで次の日のエルクは頬が痩けていた。


 命の恩人でもある親友エルクには頑張って逃げてほしい。



 俺は震える足を押さえながら外に出る──



 ちッ、尾行されているな。他の諜報員か?



 俺は裏路地に入り、戦闘態勢を取る──



「──なッ!? グッ────」


 気が付けば、床に寝転ばされ、俺の首元に剣が当てられていた。


 冷や汗が流れる──


 誰だ?! これでも修羅場はそれなりに潜り抜けているのに全く反応出来なかった……。



 俺は──



 ここで死ぬのか?



 ゆっくりと顔を上げると──



 剣を当てていたのは『慈愛の誓い』のリーダーであるリーシェさんだった。その後ろには回復術師のエレナさんもいる。


 その目は路肩の石を見るかのようだった。


「武器を離しなさい」


「……はい」


 俺は震えながら武器を手放す。


 この威圧の絶妙な加減の仕方──



 俺に何か用があるのか?



 何故、俺は襲われたんだ?



「やっと──見つけました。確かプリッツでしたよね?」


 次に声をかけて来たのはエレナさんだった。


 俺の名前がバレているのは仕方がない。娼館の件で覚えられているからな……。


「はい……そうです……」


 俺は這いつくばりながら返事をする。



「エルクはどこ?」


「あいつは死んだん──?!」


 死んだんじゃないですか、と言おうとすると首筋をリーシェさんに軽く斬られる。


 エレナさんは口元を歪ませながら続けて話す──


「嘘は良くないわよ? 既にネタは上がっているわ。貴方がエルクの遺品をギルドに渡したんでしょう? エルクが生きている事が確定した今、貴方がこの事を知ってるのは当然。さぁ答えなさい」


 ここで嘘をつけば間違いなく殺されるな……それにバレている以上はゲロっても問題ないだろう。


 どうせエルクがどこにいるのかも知らんからな。


 裏切りにはならないはずだ。


 そもそも、生きてるのがバレたのって──あいつの自業自得だからなッ!


「……俺はエルクの場所は知りません。頼まれたのは遺品をギルドに持っていく事だけですから……」


「リーシェ」


「嘘は──ついていないわ」


「そう……残念。聞いての通り──手が足りないの。貴方はどこの諜報員? もし、私達2人の関係者なら──生かしてあげるわよ?」


 それもバレていたのか……。


 こりゃー黙秘したら確実に殺されるな……せめて、俺の本国と関わりのある要人が2人の内どっちかだと願おう……。


「俺は──」




 ◆




 昼になって目が覚めると爽快だった。


 最近は起きると股間が破裂しそうに痛かったのだが、何故か今日は静まっている。


 俺は欲求不満を乗り越える事に成功したのかもしれない。


 いや、待てよ……不能とかになってないよな?


「エルク様♡ 起きたんですね♪」


 その時、マイがウインクしながら俺を挑発するようにおっぱいを押し付けてきた。


 気持ち良い……おっぱい最高だぜ……。



 ピコンッ


『エルクが勃った、エルクが勃ったッ!』


 確かに勃ったけど、タイミングと言い方よ!?



 とりあえず不能ではない事はわかったな……。



 分身1号からなんの報告もないから、マイとティナはあの後しばらく話をして寝たのだろう。



 まぁ、良く寝れたし今日も1日頑張るか──



 ピコンッ


『状況が変わった。早く他の国に逃げた方がいいぞ? 賽は投げられた──』


 ……え? 状況変わったの?!



「マイ、ティナ──さっさと準備して行くぞッ! とりあえず行くぞッ! どこでも良いから国出るぞッ!」


 直ぐに準備してその場を後にした。

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