第42話

 「で、どこに行くの?」


 昨夜は、舞財の表の屋敷に満と泊まった静流だったが、早朝からたたき起こされて、空港へ。

 あのあと、宮原室長に手配させたという、朝一便の飛行機で戻ったコーをピックアップして、ひたすら高速を走っていた。


 運転をコーに代わり、助手席でなにやらタブレットをいじっていた満は、1枚のメモを静流につきだした。

 「何、これ?」

 「地図アプリに入れて、それを座標に打ち込んでみろ。」

 これって、あのとき健吾のお父さんが書いたやつだ。地図の座標だったんだ。静流はそんなことを思いながら、言われたとおり、スマホに座標を入力する。


 「うわっ、遠っ。」

 北陸か東北か、だいたいその合わいさ辺りか。

 山の中を、座標は指している。


 「だろ?てか、飛行機なら、もっと近い空港あるよな。なんで現地集合しないかな?」

 コーが文句を言った。

 静流でも思う。

 わざわざ羽田でピックアップする意味があったんだろうか?


 「あのな、静流は免許持ってないんだよ。」

 ?

 静流は、首を傾げた。そりゃそうだ。免許を取れる年齢じゃないんだから。

 「はぁ。お前、そういうとこあるよなぁ。」

 「どういうこと?」

 「このバカは、運転手としてわざわざ東京まで俺を呼び出しやがったんだよ。現地集合なら、自分が運転しなきゃならないからな。」

 「え?」

 「当たり前だろ?頭脳労働が俺の仕事だ。」 

 「ったく。こっちより体力あるくせに何言ってるんだかぁね、この俺様は・・・」

 「・・・満さん、本当?」

 「ああ。」

 うわぁ。よくコーさん怒らないなぁ。静流はヘラヘラしているコーを見て思った。当然だろ、と言わんばかりの満と、やれやれと笑っているコー。

 どっちも静流には理解出来ないな、と、車窓を眺めるのだった。



 そんなこんなで、やってきた目的地。


 「えっと・・・きゅーじゅーきゅう郷土博物館?」

 静流は、古民家の門に書かれた看板に首を傾げた。

 「きゅーじゅーきゅうと書いてつくもと読む。中学で習わなかったか?」

 「知らないよ、そんなの。」

 「はぁ。まぁいい。入るぞ。」

 「でも、休館って書いてるよ。」

 「だから入るんだよ。」

 「え?」


 満は「休館」の札を吊してあるロープをまたぐと、中へ入っていく。

 どうしよう、と、ためらう静流だが、「早く入れって。」と言って背中を押すコーにせっつかれながら、ロープをまたいだ。


 門を入ると前庭があり、2メートルほどで玄関がある。

 門の外では見えなかったが、玄関前に夫婦らしい初老の男女が待っていた。


 「文科省から参りました城之澤と申します。」

 いつもと違い、きちんとネクタイも締めて背筋を伸ばし名刺を差し出す満は、まるで別人だ。これが仕事モードなら、安心感抜群なのに、などと心の中で思っていたら、前の二人に分からないように、キッと睨まれ、静流は首をすくめた。


 「これはご丁寧に。私は現当主の九十九信治、これは家内の麻紀と言います。」

 名刺を受け取りながら、男は言った。

 「後ろのは、私の助手と、社会見学の学生です。上司からも説明があったと思いますが、中高生の職場見学を受け入れております。」

 「はい、聞いています。ですが、大丈夫でしょうか。その、物騒なこととか・・・」

 「ご安心ください。こういう案件は珍しくありません。ですから、学生の見学を認めているというのもあります。呪物らしき物に関してですが・・・」

 「持ってってください!一刻も早く、お願いします!」

 「おい、麻紀!・・・妻がすみません。彼女だけじゃなく、この1月、みんなノイローゼ気味なんですよ。すみませんが、処分、お願いできますか。」

 「かしこまりました。これが書類です。所有権をこちらに移すことの許可ですね。こちらの見学をなさるなら、後でも良いですが。」

 「いえ。家で記入していますので、終わったら連絡お願いできますか。」

 「分かりました。では、こちらで勝手に処分させていただきます。」

 「お願いします。」

 そういうと、九十九夫妻は、鍵を渡してそそくさと去って行った。

 その鍵を使って、満は堂々と建物の中に入って行き、その後ろを背中を押された静流と、背を押すコーが続いた。



 「ねぇ。なんで僕が社会見学なのさ。」

 「違うか?」

 「いや、違わないけど、さ・・・なんか納得いかない。別にそんなお願いしてないし。」

 「ガキ連れで仕事って、昨今は面倒なんだよ。」

 「だから、僕が来る必要って・・・」

 「室長が言ったからだろ。お前もいたじゃないか。」

 「それは、そうだけど・・・」

 「なぁ、しぃ。あのおっさんな、一見昼行灯っぽいが、相当な切れもんだからな。」

 「え?」

 「伊達に満の上司やってないって。」

 「てか、満さんの仕事ってよくわかんないんだけど?」

 「呪いの品の回収。」

 「はぁ?」

 「だから呪いの品の回収だって。」

 「いや、意味わかんないんだけど。公務員って言ってたよね。」

 「立派な国の仕事だよ。」

 「まぁ、気持ち悪い古いもんってのは、譲られた人間にとって、価値がないどころかマイナスなんだよ。本当に呪われているかどうかなんて関係ない。汚っない土器が、立て付け悪い建物で飾ってたら動いてた。親が大事にしてたかどうかなんて関係ない。気持ち悪いからどうにかしてくれ、まぁ、ほとんどがそれだな。」

 「それで公務員が動くの?」

 「こっそり廃棄されるより、ひょっとしたら歴史的価値があるかも知れないものなら保護するのが国に利する、ということになってる。」

 「・・・はぁ、分かったよ。そんなのの中でも、時折本物があるっていうんだろ?」

 「ほぅ。やっと静流もお勉強が身についてきたか?」

 「そういうんじゃないけどさ・・・昨日の応接室に入ったときの変な感じ、あれってば結界、とかそれ系だろ?さすがに実感したし・・・」

 「お、ますます良いねぇ。」

 「ちゃかさないでよ。」

 「しぃ、ちょっと賢くなったところで、水を差すようだが、呪いの主成分って、人の心だからな。」

 「どういう意味?」

 「呪いの大半は、自分が呪われているっていうことをことで、完成するんだ。」

 「えっと・・・?」

 「人間の心と身体は連動する。多くの呪いは、自分が呪われているかもしれない。いやきっと呪われているんだ、そう確信し、それに怯えることで、呪いの症状が脳によって引き起こされるんだ。呪術師の才能は、いかに呪っていることを、その当人に知らせるかってことさ。自分が呪われていることを知った人が、たとえば、たまたま鳩の糞を頭に落とされたとする。それは呪いのせいだって信じる。ストレスで胃に穴が開く。自分は呪い殺されるって確信する。これが一番簡単な呪いのメカニズムだ。」

 「そんなばかな。」

 「静流は知らないか?小麦粉丸めたやつを、これはよく効く酔い止めだって医者が渡したら、ほとんど酔わないって話。あれと同じさ。病は気からって言うだろ?」

 「・・・呪いも科学って?」

 「錬金術と同じだ。既存の知識と違っても、それなりに別の理屈があって、それを使っている世界がある。訳知り顔で裏の世界、なんて言ってるが、学問体系の違いと、知識の独占が、それを生み出してるのさ。」

 「はぁ。ま、いいや。で、ここに、そんな、みんなの気持ちを誘導するような物があるっての?」

 「そう焦るなって。室長がそんなしょうもないもんのために、あんなことをするとは思っていない。わざわざ静流をここにこさせたわけがあるはずだ。」


 そう言いながら、満は2階に上がる。

 古民家ならではの、急でつるつるした階段に、静流はおっかなびっくりだ。


 この九十九郷土博物館だが、これは先ほどの九十九信治の父が集めた骨董品が納められた私的博物館だそうだ。

 好事家の父だったが、その子供たちにはその価値はよく分からない。相続対策もあって、市に寄贈したが、その管理人として九十九氏が委託を受けている、そんな先代の住居であり、現展示館。その収集は多岐に及ぶ。

 1階は主に古い道具類。

 2階には、書籍や装飾品等が並んでいた。



 あらかじめ資料として展示場所を確認していた満は、迷うことなく、2階の1室へと歩を進める。

 畳の上に、2列に並べられたガラスの展示台がある。

 奥側の展示台。その右奥3分の1ぐらいのところ。

 そこには金属製の香炉が複数並べられていた。


 3人が満に誘導されるようにそちらへ近づく。

 静流は、興味深げに、ガラスの中を覗いていた。

 こういう骨董品、というか、博物館に並ぶような壺やアクセサリーは嫌いじゃない。

 満の背を追いかけつつではあるが、1つ1つ丁寧に眺めていく。

 そんな静流に、二人の視線は柔らかかった。


 そして、件の香炉の場所に静流が近づき、身を乗り出すようにそれをのぞき込んだとき・・・・


 カタカタカタ

 1つの香炉がカタカタと、震え出す。

 と、同時に、静流は胸に熱さを感じて、ギュッとシャツを、シャツ越しのそれを握りしめた。

 握った拳から、後光のように四方八方、光が漏れる。

 ドクン。

 静流の心臓が跳ねる。

 カタカタカタ・・・

 さらに大きく香炉が動く。

 シャツごと、静流は握った物を強く引っ張って、投げ捨てた。

 投げ捨てたのは鍵。

 指輪とペンダントを、紐に通した、あの鍵2つ。

 鏡、が光っていた。

 熱を帯びて光る。

 パリン

 展示台のガラスが粉々にはじける。

 放り出した鍵、そのペンダントの方が、香炉に近づき、

 カラン

 という音と共に、香炉の中に入り込む。

 カタカタカタ・・・いまだ揺れている香炉の蓋が開いて、ペンダントだけが香炉に入り、すぐさま蓋は閉じられた。


 ペンダントはその身体から外れたのに、静流の胸は焼けるように熱かった。

 ドクンドクンという心臓音が、全身を支配していた。

 そのドクンドクンが頭の中をズキンズキンと打ち付ける。

 静流は声のない悲鳴を上げた。


 「静流、静流!」

 「しぃ!」

 そんな静流へ二人が手を差し伸べようとするが、静流とペンダントを中心に産まれた光が、それを阻む。


 「静流!唄だ!子守歌。いや、違う。癒やし歌だ!痛いの痛いの飛んで行けの強力バージョンって言ってただろ?カエデばぁに習った歌だ!」

 満がそのとき、そう叫んだ。


 静流が曾祖父母に習ったもの、というのを、いろいろと満達は聞き出すようにしていた。

 静流がなんでもないもの、と思っていたものが、実はとんでもない秘技だ、ということが多々あったからだ。カタカムナの歌しかり、巫女舞しかり、神経衰弱という名の魔法陣しかり・・・

 その中で、歌、について、癒やし歌、として知られるカタカムナの歌を、どうやら痛いの痛いの飛んでいけの強力なやつ、として教えられていたのだった。

 これも定番の祝詞ではあるが、正規の節回しは秘伝とされ、また媒体があれば、瞬く間に傷を治す、とまで伝承されているものだ。

 なぜか、満はそれが頭に浮かび、必死に静流にその詠唱を求めた。


 ひどい頭痛の中、静流は満の声を聞く。

 癒やし歌。

 ばぁちゃんに教わった歌。

 朦朧とする頭で、メロディーが自然と思い浮かぶ。


   「カムナガラ トウツノネヤミ

    イヤシフセ アマノタナムケ

    ヤチマタニ タケシタシミチ

    ハグミナリ          」 

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