第41話
宮原家は、1階に大小の体育館や、道場のようなスペースがあり、年齢性別問わず、思い思いに修練しているようで、まるで放課後のクラブ活動のようだ。
2階は、会議室のようにものがこれも大小様々にあり、特にその1番広い部屋は、個別指導の塾のように、机1つ分のプライベートスペースが大量に並んでいた。
その各デスクでは、どうやら、書き物をしているようで、特に、和紙に書かれた本や巻物を写しているような人が多かった。
静流達は、さらにその上3階へと上がる。
2階から3階に上がる階段には、どうやら守衛さんのような人が番をしていて、入るのに制限をかけているらしい。
3階に並ぶのは、名札を掲げたドアだ。
名札には、部署名らしきものが、各々書かれていた。
静流達は、その階の最奥の部屋へと連れて行かれた。
どうやら応接室のようで、促されて入るときに、静流は一瞬妙な圧を感じた。
「おや。わかったかな、静流君は?」
「え?」
「入るときに、何か気付かなかったかい?」
「えっと・・・」
「室長、へんな誘導尋問はやめてください。」
「まぁまぁ、そんな怖い顔しないでくれよ。」
「もともとこんな顔です。」
「ははは。とにかくかけたまえ。」
健吾の父は、手ずからコーヒーを入れて、テーブルの上へ置いてくれた。
しばらく、それを飲んで一息ついたところで、口を開く。
「さてと。キオ様にはぐらかされはしたんだがな。大いなる意志の告知があったのは、当然知っているな?某老舗の家の当主の引き継ぎが行われた、それも2件も、というものだ。」
「まぁ、告知があったようですしね。」
「さすがに激震が走ったからな。そしてそのことに関して、わが宮原家には問い合わせの嵐だ。」
「でしょうね。」
「・・・何か言えることはないか?」
「はて?何か、とは?」
「はぁ。あくまで知らぬ、で通すのか?一応、飯家がそれに関わって、処分者を出したこと、舞財明楽氏が手勢を動かしたが、それを警察に確保されたこと、は、こちらでも分かっているんだがね。」
処分者?
そういや、飯家さんから預かった資料、キオさんにそのまま渡したままで、何が書いてあったか聞いてなかった、と、静流は今更ながら思い出した。
それに忍者さんたち。
お巡りさんに連れて行かれた後、どうなったんだろう?
「私から言えることはないですよ。」
満はニヤッと笑って言った。
静流は、それを見て、下を向いたまま、口を開かないことに決めた。
「はぁ。まぁ、そうだろうね。我々とて、あの転移の間を使えなくなるのは困る。情報収集をすれど、機密は機密として丁寧に扱うつもりがあるんだがね。」
「調べるのはご随意に。そもそも、それが宮原の存在意義です。キオもそれに水を差したりしないと思いますよ。」
「それを聞いて安心したよ。実はね、諸々の調査と状況証拠から、父がとんでもない推測をしててね。それが当たったとしたら、裏の世界に騒動が起こって、忙しくなりそうなんだ。」
「宮原の党首殿の推測、ですか。それは大変だ。」
「聞くかい?」
「結構です。」
「いやいや、そこは聞こうよ。」
「子供の前で話す話でもないでしょう。」
「いやいや。当主に子供、大人は関係ないだろう?」
「喧嘩、売ってます?」
「そう見えるかい?」
「・・・そこまで馬鹿じゃないのは知っていますよ。」
「ここに、機密が1つある。」
宮原父は、自分の頭を人差し指でコツコツ、と叩いた。
「鳥居天満。15年前に亡くなった、元とある孤児の名だ。」
え?僕のおじいちゃん?
静流は、顔を上げてしまった。
にこり、と、宮原父は静流に笑いかける。
「鳥居天満の存在は、宮原でもほんの数名しか知らないし、いまのところ記録には残していない。舞財のご当主、前のということだがね、前当主のカエデ様はそのことを知っておられたよ。娘の結婚相手の調査を私どもに依頼されてね。こちらの持つ情報は、すべてお渡ししたようだ。鳥居の生き残りだとカエデ様に伝えたのは、宮原家なんだ。」
「そういうことですか。なんで孤児院育ちの子がそうだ、と知られているのか疑問でしたが・・・まぁ、鍵を持っていたから、と、聞いていたんですけどね。」
「鍵、やはり持ってましたか。」
「それは知らなかった、と?」
「それこそ父が推測はしていたようですよ。カエデ様がそれで納得した、とおっしゃってたそうですから。鍵を持っていたからこそ、彼の情報を求めたんだろう、ということだったね。」
「なるほど。」
「・・・城之澤君?」
「はい。」
「こっちは、結構な手札をきったつもりなんだが?」
「でしょうね。」
「・・・はぁ。これを。」
宮原父が、メモ用紙を取りだし、サラサラ、と、数字を書いて、満に渡した。
「なんです?」
「明日の城之澤君の仕事場所だよ。できれば、君が育ててる子に職場見学をさせてやったらどうだい?」
「日曜なんですが。」
「そこは明日は休みなんだ。」
「この子をここに連れて行け、と。」
「もちろんキオ様に許可が得られれば、だけどね。」
「応援、は?」
「君の判断でかまわない。」
「何かあったら?」
「当然、室長たる私の責任だろうね。できれば、穏便に願いたい物だ。」
「・・・分かりました。」
その後、部屋を辞した満と静流だったが、守衛さんのいるところに、健吾を見つけ、立ち止まった。
「何の話だった、とは、聞かないよ。だけど、もし父が静流に無茶を言ったんなら、僕が文句を言ってやる。」
「あー、健吾君だっけ?別にたいした話じゃないよ。明日の仕事の話をしただけだ。一応、私は君のお父さんの部下でね、仕事の打ち合わせってやつ。」
「だったら静流は別にいらないですよね。」
「君のお父さんはそう言ってただろ?」
「そうだけど・・・」
「この子は人との付き合い方が下手でね、俺が目を離すのが心配だったから、連れて行っただけだよ。」
「でも・・・護衛って・・・」
「キオが可愛がってる子だからね。君もキオについては知ってるんだろ?怒らせちゃだめだって。」
「それは、知ってますけど。」
「なんかさ、結構な人がさ、この子放っておけない感じになるみたいでさ。君だってそうじゃないかな?宮原を疑うわけじゃないけど、知らずにちょっかいかけられやすいんだよね。」
「それは・・・まぁ。そうかもですが・・・」
「納得いかない?ていうか、一緒に遊ぶために来たんだもんね。いいよ。静流、ちょっとぐらい遊んできな。」
「え、でも・・・」
「コーを捕まえる必要があるからな。あいつ、確か今は九州にいたはずだ。こっちに呼び戻すにしても手配しなきゃならん。その間、友達と遊んでこい。俺は、ちょっと室長と話がある。」
「てか、友達じゃないし。」
ハハハ、と笑いながら、先ほどの部屋に満は戻っていった。
なんで出てきたんだ?
静流は首を傾げるも、ふくれっ面で腕組みをして、こちらを見ている健吾に視線を向けた。
「何?」
「友達じゃないって言った。」
「?」
「さっき、城之澤さんに、僕のこと友達じゃないって言っただろう。」
「だって、友達じゃないじゃん。」
「・・・・だったらなんだよ?」
「単なるクラスメート?」
「だったら友達だろ。」
「いやいや。たまたま同じ学校の同じ部屋で学ぶことになただけの赤の他人じゃん。」
「・・・静流・・・お前、そんな考えで学校来てるのかよ。」
「もともと、高校なんて行く気はなかったんだ。色々手伝ってもらうためのキオさんの条件?」
「・・・んとに、よくわかんねぇな。なんでキオ探偵がそこまでお前のことを気にかけるんだ?」
「そんなの僕が知りたいよ。だいたいあの人とあって、まだ2ヶ月だし。」
「え?」
「だから相続の相談に行っただけ、って言わなかった?ばあちゃんが2月に死んで、いろいろ手続きとか面倒なことが終わって、中学を卒業して、それで、弁護士のところに行ったんだよ。それがたまたまキオさんだったってだけ。・・・嘘は言ってないぞ。あんた、そういうの分かるんだろ?」
「ああ、まぁ。ってか、どういうことだ。なぁ、お前のファミリーネームって、井上だけど、どこの井上だ?」
「どこの?父さんは東京の郊外出身だったって聞いたけど、よく知らないよ。」
「いや、場所じゃなくって・・・どこの一族の・・・て、知らない、のか?一般人?」
「?父さんがどういう人か知らないよ。一般人て何基準?有名人だったかどうか、知らない。けど、一度だけばぁちゃんたちに隠れてエゴサしたけど、父さんらしき記事は事故のしか見つからなかったよ。同姓同名はあったけど、ね。」
「・・・・」
静流の目の前で健吾が考え込む。
健吾は、裏の世界ではナンバーワンに有名と言っても良いキオ探偵にあこがれを持っていた。
多くの、霊的事件を解決に導き、技を提供し、誰も知らない情報を操る怪人。いつの時代から生きているのか、果たしてそれは1人なのか、集団なのか、代々引き継がれる名なのか。
裏の世界ですら謎であり、神世の昔から存在する人外である、または、常闇に巣くった悪霊である、そんな伝説までまことしやかに囁かれる。
ただ1つ。
アンタッチャブル。
キオを探ってはならない。
少なくとも、情報を操る妖怪、とまで言われた宮原ですら、探ってはいけないモノの代名詞として「キオ様が言ってる」という語がまかり通る。
その直嗣として育った健吾にとって、その名を口にすることすら恐ろしい。
なのに・・・
目の前の、何も知らない子供が、軽く口にする「キオさん」。
城之澤満と丹川高尚。
この二人が、ここ10年ほど、キオの手足となって動いていることは、裏の世界では有名だ。
城之澤満。城之澤当主の甥に当たる人物。
城之澤は、宮原とは近しい家系で、文書に特化しているのが宮原としたら、遺物に関しては、城之澤が専門だ。多くが考古学者や歴史学者として表の世界では活躍する家系であるが、満は、キオ探偵肝いりの下、父と同じ文科省内の遺物調査・管理・収集の仕事につく。
父が室長をする部署は、いわくつきの遺物を担当する、裏の世界の人間を集めた部署だという。いわゆる呪いの○○的なやつだ。
特に満は、本物が出たときの対処要員、と聞いている。
丹川高尚。もともとは一般人。丹川家傍流に養子にと引き取られた身体強化術の使い手。
現在警視庁特殊犯罪課に所属する刑事。とくに、裏の世界に関わりがあるのではないかと思われる、逮捕拘留が難しい案件を扱う不能犯係に所属する、これもまた、裏の世界の人間がほとんどの部署だ。
そして新たに登場したのが、井上静流。
本人曰く2ヶ月前に出会っただけの、弁護士と依頼者の関係。
それとなく探っても、裏の世界との付き合いは、このキオ一派以外ではない。
そもそもが、戸籍がおかしいのだ。
親も養親も、データ不可視になっていた。
これは、入力ミスやデータのバグ、を装った、何らかの作為の跡だ。宮原として教育を受けたからこそ分かる、その痕跡に戸惑った。
自分の持つ、それなりに強力な、限定解除のIDですら入れないデータになっていたのだから。
健吾は、目の前で首を傾げる、美しい生き物を見る。
彼は、謎だ。
彼は、危険だ。
だが・・・・
健吾はすでに、その小生意気な同級生に、どうしようもなく囚われていた。
「あのな。僕らは毎日楽しく話をしているマブダチなんだよ。つまんないこと言ってないで、ほら、遊ぶぞ。来いよ。自慢のアスレチック、行こうぜ!」
健吾は静流の手首を強引に掴んでかけ出した。
毎日話をしてるのはあんただけだろ、などと、口の中で言うのはスルーして・・・
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