第40話

 翌朝。


 静流は納得のいかないものの、満の運転する車でドライブ中だ。

 昨日、学校からキオの屋敷へと戻ったのとおなじ並びで、車で運ばれる。

 行き先は、宮原家。

 聞いた話では、健吾の父は、満の上司で、公務員とはいうものの、満達の部署の仕事というのが、呪われている、と噂の骨董品や、仏像、書物なんかを回収、保管するという、怪しげなものだそうだ。

 そうして、そういう特殊な部署には、多くの「裏」と呼ばれる家系や団体に所属する人材が、適材適所配置される、静流はこの2ヶ月近くで、そう学んでいた。


 呪われている物なんて、静流はまだ見たことがない。

 せいぜい自分の血がそうじゃないか、などと、最近は思わなくはないが。

 あまりに怪しい出来事に遭遇しすぎる

 それが鳥居の血のためっていうんなら、それはもう呪い、と言ってもいいんじゃないだろうか。


 ひょっとして、こんな考えを抱くことが、自分の年齢ならでは、というより、ちょっと遅れてきた厨二病、ってやつかもな、と、静流はこっそりとおもう。

 よくよく考えてみれば、自分に反抗期、なんていうものはなかった。

 じいちゃん、ばぁちゃんのことはずっと好きだし、嫌われたくないのが勝って、反抗なんて考えたこともなかったのかも知れない。

 そういう意味では、満やコーには、なんとなく反発心が湧くこともあって、これが反抗期の気持ちか、なんて思ったりもしたが、よくよく考えてみれば、自分に直接手を上げるような人と出会ったことはなくて、そういう意味で、反発心が湧いてるのかも知れない。


 「しかし、キオ探偵って本当にいたんだな。」

 隣に座る健吾がそんなことを言う。

 「え?」

 「正直都市伝説の類いだと思ってたよ。」

 「・・・そうなんだ。」

 「知らなかったのか?」

 「知らないも何も、僕は育ての親が亡くなって、弁護士に世話になる必要があったから、教えられた弁護士のところにいっただけだよ。」

 昨夜、満とコーに呼ばれて、健吾やその家族には嘘を言わないようにしつつ、隠すことはちゃんと隠せ、と、無理難題を言われている。

 どうしようもない質問をされたら、守秘義務とかなんとかごまかせ、だそうだ。

 健吾はを持つ逸材、らしい。

 なんだそれ?


 静流は、嘘じゃない情報を慎重に口にした。


 「弁護士探して、キオ探偵に当たったの?んなわけないよね?」

 「一応、この弁護士に、って言われたけど。」

 「ふうん。嘘じゃないみたいだけど・・・」


 健吾が黙り込んで何かを考え出したので、静流は、流れる窓をボンヤリと見つめることにした。そもそも会話をするのが得意じゃないし、何を言って良いか分からない。

 それよりも、こっちの会話に神経を集中しているような健吾の父が気になって仕方なかった。


 「室長、うちの静流を怯えさせるのはやめてくれませんかね。」

 満が言った。

 「何もやってないだろうが。」

 「いやいや、そんなストーカーみたいな目で見てたら、怖がりますって。こいつ、こんなだから、嫌らしい目にさらされて引きこもりになってたんですからね。」

 「それは、・・・悪かった。」


 「ちょっと待ってください。僕、引きこもってなんか・・・」

 「同じようなもんだろうが。人を避けて隠れてたんだろ?」

 「うっ。否定はしないけど・・・でも、学校だってちゃんと毎日行ってたし、引きこもりじゃないもん。」 

 「学校行かなきゃ、大好きなばぁちゃんたちが心配するから、だろ?」

 「それは・・・」

 「で、その親がわりが死んで一人になったら、せっかく受かってた高校も行かない、なんて、引きこもり以外なんだっていうんだ?」

 「ちょっと・・・そんなこと、ここで言わなくても・・・」


 横からの視線が痛い。

 健吾は、目を見開いて、静流を見ていた。

 その、同情の目が、静流は嫌いだった。


 「しかし、うちの健吾も似たようなもんだな。こいつの場合は、要領が良いから一見分からんが、まともに人付き合いをしたことがないだろうなぁ。はじめてじゃないか?とことん断られても、勝手に家まで押しかけるような執着を見せたのは?」

 今度は、健吾の父が暴露する形になった。

 驚いて健吾を見る静流の目には、自分と同じように、恥ずかしさと怒りが同居した顔をする健吾がいた。


 「父さん!僕は、宮原の直系として恥ずかしくないような人間関係を構築しています。ちゃんと人付き合いはしていますよ。」

 「思い通りに動くようにコントロールするのは、人間関係とは言わんよ。」

 「!」

 「ハハッ。室長が言うと説得力がありますねぇ。」

 「そうだな。優秀すぎる、コントロールできない部下と、いかに人間関係を築くのか、この年になって苦労しているよ。」

 「それは大変ですね。」

 「城之澤君のことだが。」

 「でしょうね。」


 そんな感じで、車内は不思議な空気が漂っていた。

 が。

 やがて、とある家の前につく。

 家、というよりは、静流には、公民館か何かのように見えた。



 「健吾、静流君に家を案内してさしあげなさい。レッスン生用のフロアーはどこへ行っても構わない。図書館もね。もしくは、アスレチックへ遊びに行っても構わないぞ。」 

 「え?いや、僕は満さんと・・・・」

 「悪いね。彼はちょっと私と仕事の話があるんだ。城之澤君はこっちへ。」

 「すみませんが室長。私は静流と離れるつもりはありません。これでも、護衛のつもりでしてね。」

 「ここが、危険だとでも?」

 「宮原の中枢。我が国諜報の要と言っても良いですよね。そこに無防備で世間知らずな子供を放置。そのどこに安全が?」

 「それこそ、我が家で扱うような情報をこんな子供が持っている、と?普通の子供に危険は一切ないと思うが?子供同士、同級生で遊ぶ、そのどこに危険があるのかね?」


 「・・・・キオに喧嘩を売る、ということでいいですか?」

 「まさか。彼の怒りを買わない線を、我々は知る必要がある、というだけだ。」 

 「ほぉ。」

 「我々としても、まったく何も知らない、ではすまないんだよ。分かっているだろう?」

 「なるほど。お話しは聞きましょう。ですが、静流は私と同行させます。よろしいですね。」

 「いいのかい?むしろ息子に世話をさせる方がいいんじゃないかな?一般人、だろ?」

 「そうですよ。だからこそ、私も聞きたくない物騒な話を聞かなくて済む。」

 「ふむ。分かった。健吾。そういうことだ。静流君は、こっちに同行する。お前は、修行に戻りなさい。」

 「ちょっと待ってください。静流が行くなら僕も!」

 「ならん!お前は待機だ。」

 「静流は私の友人です。」

 「その前に、キオ探偵の養い子だ。」

 「・・・分かりました。・・・静流、その・・・」

 「あ、と・・・何を心配してるか分かんないけど、満さんが言うならそれでいいんだ。一応、保護者の一人らしいし。」

 「・・・分かった。じゃあ、後で。」

 「うん。」


 健吾が、唇をかみしめ過ぎて少し切れているのを静流は見ながら、満に促されて、宮原家へと、入って行った。

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