第38話

 ゴールデンウィーク、といっても、ずっと休みではなく、中日なかびの平日。今年の暦では、普通に登校日だ。


 教室では、前半戦のできごとを報告しあって騒いでいる者や、今日の登校日に文句を言っている者なんかで、いつにもまして騒がしい。

 静流の場合は、机に突っ伏して絶賛仮眠中だった。

 学校があるっていうのは、素晴らしい。

 頭も身体もゆっくりしてても、だぁれも文句を言わない。なんて素晴らしいんだ。

 静流は、心底、そう思っていた。


 「やぁ、静流。朝っぱらから、怠惰だねぇ。どうだ、クラブに入ってシャキッとしないか?」

 ああ、うっとうしい奴がまさか朝からやってくるなんて。

 静流はそう思いつつ、寝たふりをする。


 「おいおい狸寝入りはいただけないな。なぁ、静流!」


 「あー、うるさい!どっか行ってよ!僕は疲れてるんだ!」

 「あ、やっと起きた。やぁ、おはよう。なんでそんなにお疲れなんだ?そんなに遊んでたのか?羨ましい。」

 「誰が遊んでるっての!」

 「違った?だったら全然遊んでないのか?ゴールデンウィークなのに?」

 「ああ、そうだよ。遊ぶ時間なんてなかったよ!!」

 「そりゃいけないな。だったら後半は遊ぶべきだ。そうだ、我が家に招待するよ。近くにアスレチックがあるんだ。そうだ。是非遊ぼう!」

 「・・・そんな暇ないし、なんで高校生にもなってなんでアスレチックなんだよ。」

 「いや、大学生にも人気だぞ。てか、友達んちに遊びに行く時間ぐらい、本当にないのか?」

 「ない。」

 「なんでだよ?なんだったら親に言ってやろうか?」

 「親なんて、いないさ。ああ、もう鬱陶しいなぁ。いいか、俺は天涯孤独、家族はいない。だからいろいろやることがある。ok?だからもう僕に構わないで!!」


 シーン・・・


 思わず怒鳴ってしまった静流の言葉に、騒がしかった教室が静まりかえった。

 やっちまった・・・

 思わず、静流は頭をかかえてしまう。

 こんなことを言うつもりはなかったんだ。


 「あ・・・なんか、ごめん。その、知らなくて・・・」

 「いいよ、別に。でも分かったんなら、もう放っておいてくれないか。」

 「・・・それはできない。」 

 「はぁ?」

 「それはできないって言ってる。天涯孤独ってんなら、余計に友達は作るべきだ。ほら、みんなだって友達になってくれるさ。友達がいれば天涯孤独なんてならない。」

 「・・・ばっかじゃないの?いらないんだよ。そんなのいらない。気を使って欲しくないし、同情なんてもっといらない。ただ、放っておいて欲しい。いないものとして無視してくれる方がありがたいよ。」


 パチン!

 「そんなこと言うなよ!本気でそんなこと思ってんじゃねぇぞ、馬鹿野郎!!」

 思いっきり静流をビンタした健吾が、大泣きしていた。

 え?なんで?なんでこいつこんなに泣いてるんだ?

 静流は焦ってオロオロする。


 「お前ら、何やってるんだ?」

 丁度その時、担任が朝礼のためにクラスに入ってきた。


 「いや、その・・・」

 言われても、静流はよく分からずオロオロする。

 一方、健吾は泣きじゃくっていて、話しにならない。

 「おい、井上!」

 担任が責めるように静流に言う。


 「違うんです。喧嘩とかじゃなくて、宮原君が静流君を叩いて、それで宮原君が泣いちゃったんです。」

 静流が名前を知らない女子が言うが、かえって担任を混乱させる。

 「宮原が殴って宮原が泣いた、のか?」

 クラスメートが全員で大きく首を何度も縦に振った。

 「よく分からんが、分かった。井上、宮原、これが終わったら職員室に来い。あと、宮原、さっさと泣き止め。」

 担任は、とりあえず、先送りを決めた。



 時間がない、とのことで、結局呼び出しは放課後まで延期された。

 職員室の隣、通称説教部屋こと談話室が呼び出しの場所だった。

 指定された時間に、静流は宮原と二人、説教部屋へと訪れた。


 コンコン。

 軽くノックをする。

 「入れ。」

 担任の声。

 「失礼します。」

 二人で、ハモりながらドアを開ける。

 先に入室した宮原が、一瞬立ち止まって、中をふさがれる形になった。

 巨体があきらかに、ビクンとなったのを見て、静流は立ちすくむ。

 なんだ?


 が、それも一瞬の出来事。

 健吾が深呼吸して、入って行く。

 やだなぁ、と思いながらも、静流はそれに続いた。


 と、静流もソファに座ってこっちを見ている人物にどきりとした。

 知らないおじさんと並んで座るのは、まさかの満?

 なんで?


 「二人とも、そこに座れ。」

 担任vs満とおじさん、で向かい合ったソファとは別に、丸いすが2客、ソファとは90度の角度で置かれてあり、そこを指定された。

 静流と健吾はお互い牽制しつつ、丸いすに腰をかけた。


 「驚いたと思うが、二人とも保護者に来ていただいた。さすがに暴力沙汰で保護者に知らせんわけにはいかんからな。」 

 担任が、目を剥いてる静流達に対して、そう説明する。


 ということは、満の横に座っているのは健吾の父か。

 だが、どうして満が?

 「ああ、井上には保証人の方に来ていただいた。その、なんだ、保護者は・・・」 

 「気を使わなくっていいですよ。両親が死んだのはもう15年も前で顔も知りませんし。」

 「ああ、そうだったな。」

 「ていうか、なんで満さん?」

 「静流の保証人である丹手弁護士の代理だ。」

 「え?キオさんが?」

 「静流は未成年だからな。一応書類上、保証人として丹手弁護士が後見人になってる。」

 「ちょっとあんた、なんだよそれ!」


 知らなかった、そんな感想を持っていた静流の横で、なぜか健吾が怒りをぶつけてきた。満に対して、立ちあがって怒鳴りつける。

 静流は目を丸くして見ていたが、そのとき、さらにそれを上回る音量で、健吾の父が怒鳴った。


 「いい加減にしろ健吾!何もできない他人が口を挟むんじゃない!」

 「ですが、父さん。静流は友達も作らず、他人と関わろうとしない。しないんじゃなくて、仕方をしらないんだ。それなのになんだよ。まるで迷惑だとでも思ってるのか?言っとくが、静流は暴力なんか振るっていない。やったのは僕だ。僕だけだ。喧嘩じゃない。僕が一方的に静流を叩いた。それだけだ!保証人とか、その代理人とか、出る幕はない。静流に対して偉そうな口をきくんじゃねぇよ!」

 「健吾!!」


 激高する健吾に、対応しきれずオロオロする静流に対し、満はフッと、鼻で笑った。だが、健吾のさらに上から怒鳴りつける健吾の父に、静流は健吾以上にビクッとなった。


 「ああ、すまん。静流君、というのかい?どうやらうちの息子が迷惑かけたようで、すまんな。」 

 「あ、いえ。」

 「そうそう。まさか君があの丹手弁護士の庇護下にあるとはね。城之澤君も人が悪い。そうならそうと言ってくれれば。」 

 「いえいえ。公私は分ける主義でして。」

 「で、どっちの立場で彼を紹介してくれる?」

 「はて。私の権限ではなんとも。彼の庇護者にでも聞いてください。」

 「それはさすがに、荷が重いな。ハッハッハッ。」

 「だったらそれは諦めていただくしか。ハッハッハッ。」


 なんだか保護者どうしの様子が寒い、そう静流は思った。

 それは担任も同じようで、

 「あのー、」

 と、おそるおそる声をかける。


 「あ、失礼しました。室長、説明を。」

 「ったく、こういう時だけ上司扱いはやめたまえ。ああ、田中先生、驚かせてすみません。彼の保護者らしい丹手弁護士には私どももお世話になっております。愚息は知らないようですが、あの方が簡単に保護者になど立候補しませんよ。静流君は随分大切にされているようです。静流君、丹手先生にはよろしく言ってくれると嬉しいねぇ。先生に代理人に指名されるほど先生と親しいくせに、我が部下はいっこうによしみをつうじさせてくれなくてねぇ。」

 「え?部下?」

 「残念ながら、この人は私の直属の上司です。」

 「キオ様に直接指示を受ける人が何を言ってるんだか。私は何かあったときに責任をとるだけの立場だよ。」

 「そのときはよろしくお願いしますよ、室長。」

 

 「あ、そのですね、今回の暴力事件なんですが・・・」

 なんだか狐と狸が化かし合っている様相と化してきた二人の話に、おそるおそる口を挟んだ担任は勇気があると思う。そう静流はそうこっそり思った。


 健吾の父親が満の上司ってこととは、やっぱり裏の人、ってことで、健吾もきっとそうなんだろうな、と、健吾を伺うと、自分以上にオロオロする巨漢がいて、静流は逆に冷静になった。


 「ああ、いいですよ。どうせ静流がごねたんでしょう。健吾君だったかな。殴らせるようなことさせて済まなかったね。静流。健吾君に謝りなさい。」

 「え?なんで僕が?」

 「静流。」

 「う・・・・ごめんなさい。」

 「へ?」

 「いや、なんか謝れって言われたし・・・」

 「いや、ビンタしたのは僕だし、静流はなにもしてないだろ。」

 「そうだけど・・・」

  静流も健吾も困った顔をして、首を傾げた。


 「あの。それでは暴力沙汰は問題にしない、そういうことでいいでしょうか。」

 担任が、声を上げる。

 「はい。」

 「そのようですね。」

 「では、そのように。その。二人とも親御さん、じゃない、保護者の方に、ちゃんと報告するように。今後、学校で暴力沙汰なんて起こさないでね?」

 明らかにホッとした様子の担任に詫びを言い、4人は説教部屋を後にした。



 外に出ると、いつも満が使っている車があった。

 普段二人の時は静流は助手席に座る。

 が、今日は後ろに座れ、そう言われて、後部シートに座ると、続いて健吾が入ってきた。

 どうやら助手席には健吾の父が座るらしい。


 「キオの屋敷に行くから。」

 そう満が言う。


 そして、車はゆっくりと4人を乗せて走り出した。

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