第37話
幸い、健吾の乗ったバスは、無事終点である町に着いた。
同乗の二人は、そそくさと去ろうとしていたが、健吾は強引に男の方を引き留める。
「ちょっとすみません。この辺りで井上さんの家って知りませんか?」
男は、一瞬むっとはしたが、知らないと答えてくれた。
(嘘は言ってないな。)
健吾は、男に礼を言って、解放する。
しかし参ったな。
バスは、町の中心なのだろうか。商店街の端にあるロータリーを終点としていた。
さて、ここからどうしよう。
実は健吾は静流の正確な家を知らない。
部活を誘っても遠いからの一点張りなので、どこだ、と聞いたら、渋々町の名前までは教えてくれたことがあり、その記憶を元に、ここまでやってきたのだ。
実際、電車だけで1時間以上。さらにあのバスなら、遠くて部活は辛いかも知れない。だけど、だったらなんで下宿か寮に入らない。
自分たちの学校は少々変わっていて、私立なのだが、神道ベースの学校なのだ。
キリスト教や仏教の学校はそれなりにあるが、高校で神道は珍しい。
能力者、というのは、神道系の家系も多く、実は健吾も知っている人間が多数在籍しているし、神社の子息も少なくない。単に偏差値の割に安全な学校、ということで選ばれる方が多いのではあるが。
仕方がない電話をして教えて貰おう。いかに静流が迷惑がっても、根は優しいから、わざわざこんな遠方までやってきた自分を、会わずに追い返すようなことはしないだろう、そんな風に思い、学校専用のSNSアプリを立ち上げる。
プライバシーの問題もあるが学校の連絡網も必要、ということで、このアプリは全員が入れている。そして、ダイレクトメッセージを送る機能ももちろんあって、IDは学年-クラス-出席番号。一度でもやりとりしていれば履歴が残るようになっている。
こんな機能を静流が使うことは当然無い。が、静流の出席番号が1番なのは知っていたので、健吾は迷わず、メッセージを送・・・・ろうとして、ため息をつく。
山の中だからだろうか。電波が届かないようだ。
さて、困った。
本格的に困ったが、とにかく何か手がかりを、そう思って動くことにした。
(うちの学校に通っているから神社関係者の可能性はゼロじゃない。それにこんな小さな町だ。神社や寺には住人の情報がかなりあるはず。もしくは交番か。個人情報、教えてもらえれば良いんだけど・・・)
一応、商店街で「井上家」と、神社の場所を聞く。
しかし、それなりの数を聞いても、「井上」という名の情報はなかった。
嘘を言っているようでもなく、まるで狐につままれたような気になる。
さすがに、神社の場所は全員知っていてそちらは知ることが出来たが。
仕方がない、神社に行くか、商店街の端まで来て、井上の情報がないと落胆した健吾だったが、そう自分を鼓舞し、歩き出そうとした。
「ちょっと君、いいかな?」
そのとき、健吾に声をかける者がいた。
商店街の外れにある交番の巡査、だった。
「なんか、色々聞き回っている不審な若者がいる、って商店街から通報があったんだが、君かな?」
30前後と思われる、特徴の少ない男だった。
「え、不審って・・・僕、学校のクラスメートに会いに来ただけなんですけど。」
「クラスメート、ね。悪いけどちょっと交番に来てくれないかな?」
「え?・・・ま、いっか。交番で聞くのも考えていたんで。おまわりさん、僕も話があるんでよろしくです。」
「しかし住所も知らずに、友達に会いに来た、って言われても、ねぇ。」
健吾から、話を聞いた巡査は頭をかいた。
ここに来れたからには、災い持ちじゃないのか?しかし、今日はバスが止まった、という報告も受けていた。生憎、まだ2回目の話は上がっておらず、健吾の強引な乗車について知らなかった巡査は、健吾に対しどうしたものか、と頭を悩ましていたのだ。
巡査はこの地の出身で、余所者の言い伝えも当然知っていた。
それに、何より、このご時世だ。
住所が分からないから教えてくれ、といわれてはいそうですか、とはいかない。
巡査として、井上なる家が最近できたことは知っている。
といっても、住んでいるのはここで育った子で、その子が事故死した両親に変わって、曾祖父母に育てられていた、ということも、知っていた。
(それにあの子の保護者の一人はあの人だしな)
どう見ても年下に見える、とある先輩の顔を思い出す。
昔、あの家に出入りしていた2人の少年が、青年になって、最近くだんの少年と共に住んでいることは、町の多くの人が知っていることだ。
といっても、その表札が変わった事は知っていても、その名まで記憶している者は少ないけれど。
あの子はこの町の人にとって、未だに「舞財静流」。元地主様のところの坊ちゃん、だ。
巡査は、目の前で一生懸命、言いつのる少年にどう対応すべきか考えながら、そんなことを思っていた。
「ウィッス。不審人物を確保したってか?」
そんな中、茶髪の不良然とした少年、いや、青年が入ってきた。
「あ、高尚さん!」
巡査が、ホッとしたように闖入者に声をかける。
「ったく、なんて面してるんだよ。お前だってもう立派にベテランだろうが。」
「いや、その、ね?」
めんどうな客がいるんですよ、そう視線で、健吾を巡査は示した。
同時に、健吾も振り返って、入ってきた人物を見た。
と、同時に、能力者か、と、目を細める。
結界について、知っていそうな奴が現れた?そう思い、身体を戦闘態勢にこわばらせた。
「あー、やめとけやめとけ。お前じゃ勝負になんないよ。ひょっとして、お前、宮原健吾か?」
飄々とした感じで、顔の前で手をヒラヒラさせながら、男が言う。
自分とそんなに年は変わらないだろうが、彼の言うとおり、相当な手練れと見た。それにしても、自分の名前を知っているなんて・・・
「あなたは何者ですか?なんで僕のことを?」
「何者、って大げさだなぁ。じゃあん、こういう者です。」
ハハッと笑いながら、胸ポケットから手帳を取りだして、写真を見せてきた。
「警察?」
「はい、おまわりさんです。言っとくけど、そっちのおまわりさんより偉い人だからね。」
「・・・警察がなんで僕を?」
「あ、それは、その体格と、どう見ても高校生ってことかな?」
「え?」
「君、うちの子に絡んでるって子でしょ?毎日毎日うざい奴が絡んでくる、って言ってたよ。無駄にでかくて威圧感あるし、そのせいで人にいっぱい囲まれて、泣きそうだってさ。悪いねえ、うちの子、コミュ障なんだわぁ。」
「へ?うちの子って・・・ひょっとして、静流、
「まぁ、そんな感じ。ちなみに血は繋がってないけどな。」
「それって・・・・」
「あーあーあー、聞こえない聞こえない。」
突然、巡査が耳を塞ぎつつ、騒ぎ出した。
ある程度分別のつく人間は、舞財の家の話は「見ざる言わざる聞かざる」。この町の常識だ。
そのことを思い出したコーは苦笑し、巡査に、「留守番してるから、見回りに行ってろ」と、外に送り出した。
慌てて外に出た巡査を見送ったコーは、苦笑しつつ、あらためて健吾と向かい合う。
健吾の問いたそうな目を無視し、あらためて「何しに来た?」と聞く。
「いや、本当に静流君のことを驚かせようと思ったんですよ。でも、そんな風に思われていたとは、ちょっとショックだな。」
「まぁ、あいつがフルネームで名前を覚えてるんだ。それだけでもこっちはビックリだよ。」
「え?」
「で、あらためて聞く。宮原のお坊ちゃんがこんなとこまで、何しに来た?」
「・・・宮原は関係ないです。本当に静流君と友達になりたいと思って。あの、彼と会いたいんですけど・・・」
「あー、あいつは今、この町にはいないぞ。」
嘘じゃない。実際裏の家で、今頃満にしごかれてひぃひぃ言ってるはずだ。
「嘘、じゃないんですね。あー、せっかく来たのになぁ。」
「宮原の目、ってやつか。まぁ、探られて困ることを言うつもりもないが。」
「あ、すみません。嘘かホントかは、なんていうか、勝手に分かっちゃうんで・・・」
「いいよ、別に。うちの連中も似たようにもんだ。」
「えっと・・・静流、君も?」
「静流で良いよ。そう呼んでるんだろ?あいつは、別だ。安心して騙せる唯一の身内だな、ハハハ。」
「・・・それはそれで・・・ハハ。」
「で、あいつがいないというのは嘘じゃないが、君はどうする?」
「待ったり、は?」
「正直、勧めんね。今日戻るか分かんないしな。」
キオのところにいく確率は高いだろう。
というより、キオは今の状況を把握しているみたいだ。きっと、呼びつけるだろうな。そう、手のひらの中の物体を見つめる。
健吾と同乗した少年に付けられた印を回収するよう命じたのはキオだ。
「あ、それ・・・」
手の中の物に気付いたのか、顔を上げると気まずそうにしている健吾がいた。
「あぁ、こんなもんまで使ったの、お前だろ?」
「すみません。その、すごい結界があって、簡単にここに来れないと思ったから、大事を取ったというか・・・」
「これをたどるつもりだったのか?」
「はい。僕の目に特化したマーカーです。」
「コレもらっていい?」
「え?あ、できれば返してほしいかな?」
「秘伝、ってか?」
「はい、一応。」
「こんなもんまで使って、サプライズ訪問、ねぇ。」
「・・・すみません。」
「ま、いいけど。てか、なんでそこまで?」
「その・・・静流が気になって。」
「何?惚れたってか?あいつああみえて男だぞ。てか、そっちの気が?」
「ち、違います。違いますよ。そんなんじゃなくって、なんていうか、あんなにわけ分かんない人、はじめてだったんです。だから・・・」
「プッ。なんかそれじゃあ、益々告白だぞ。ハハハ・・・しぃに言ったら学校行かん、ってごねるレベルだなっ。ハハハ。」
「だから違いますって!なんなんですか、あいつは!ちぐはぐなんです。僕は、この目のお陰で、その人の人となりっていうか、どんな境遇でどんな考え方をしてそうかってざっくり分かるんです。なのにあいつは違った。はじめてどんな人か分からない、そんな気がして、だから、ついつい見てしまって・・・」
「ふうん。」
「だから違うって。そんな目でみないでくださいって!」
「何にも言ってないだろ?」
「言ってなくったって分かります。あなたがからかってるってこともね!」
「ほぼほぼ読心術だな。」
「・・・そうですね。」
「だけど、あいつ、わかりやすくないか?」
「そう、なんですけどね。なんていうか表面しか分からなくて、それがどんどん変わる、っていうか。」
「ある意味、貴重な存在、なんだろうな、あんたにとっちゃ。そんな力がなかったら、人って、誰でもそんな風に見えるもんだ。人付き合いが難しいってのは、そんな感情を人に対して持つからだ。良い経験が出来たようで何よりだ。」
「・・・知りたい、です。」
「ん?」
「静流がどうやって生きてきて、何を考えているのか、知りたいです。彼の本質がなんなのか、すごく知りたい。」
「嫌がるだろうな、あいつは。」
「でしょうね。」
「それでも、か?」
「それでも、です。」
「何がそこまで駆り立てるんだか。」
「分からなかったのがはじめてだったからでしょうね。だから惹きつけられた。いや、引きつけられた。」
「ほぅ。」
「ダメですか?」
「さあな。それを決めるのは静流本人であって、俺じゃない。」
「じゃあ、トライします。」
「まぁ、頑張れ。」
「はい、頑張ります。」
「静流に伝言あるか?」
「いえ。できればここに来たことは内密にお願いできませんか?」
「なんで?」
「なんていうか、嫌われたくありませんから。その・・・話す時は僕から話します。」
「分かった。静流には、黙っていよう。」
「他には黙ってない、そう言ってるようですが?」
「生憎、諸バレ連中には黙ってても意味がないんだよ。」
「・・・の、ようですね。ハハ。今日はこれで退散します。ありがとうございました。」
「送ろうか?」
「いえ、バスで帰ります。」
「そっか。まぁ、帰りは故障しないだろう。」
「でしょうね。では。」
「おい、これ。」
健吾は投げられた物を反射的に受け取った。
少年の鞄から回収された「印」だった。
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