第36話
ゴールデンウィーク初日。
雲1つない、良い天気だった。
(今頃は、しぃは、また泣いてるかなぁ。)
のんびりと散歩をしつつ、コーはそんなことを思っていた。
散歩?
いやいや、見回りだ。れっきとしたお仕事です、と、誰にとはなくそんな言い訳をしつつ、コーはゆったりと歩く。
静流は「山の中」、と表現するが、この町は、普通に整地され舗装もしっかりとしたちゃんとした町だ。もともとが山であったのを切り拓いた場所らしいが、そもそもが切り開かれたのは、100年以上も前の話。
もっとも、この町を最初に作ったのは、この国に古くから根付く巫女の一族で、その隠れ里を作るつもりで切り開いたということもあり、直接この町に来る方法は少ない。
最寄りの電車の駅までは、バスで20分以上。いわゆる幹線道路は直接は通っていなくて、車なら側道を蛇行してくることになる。さらには、側道から生える脇道を使うがその脇道だって複雑だ。といっても、なぜか、本当に用事のある者は簡単に町にたどり着くのだが・・・
この脇道が、しょっちゅう数も場所も変わっているのだ、ということを、知る者は少ない。
「うわぁ、また元に戻ってる!って、どうなってるんだよ、ここ。」
そんな脇道に紛れ込んだ少年が一人。
180センチ120キロを超える巨漢で、だが、顔を見るとどうもあどけなさが残る。
汗をふきふき、山道をさまよっているのは、静流の同級生、宮原健吾であった。
本来、最寄りの駅からは、バスで町まで行くことが出来る。
だが、なぜかこのバスは、しょっちゅう同じような場所、正確には道程のほぼ真ん中で、エンジントラブルが起きる。
しょっちゅうあることだから、町の住人は、当然のようにその場で待つ。なぜなら、数分後にはその場所に代理のバスがやってくるから。
そして、なぜかはわからないが、そういうエンジントラブルが起こるバスには、必ず余所者が乗っている。
ここのバスは2時間に1本程度。
乗車時間が20分、残りが10分程度なら、歩いた方が早い。
代理のバスが来ることを知らないなら、当然、そういう判断になる。
そうやって歩き始める人に、町の人間が声をかけることはない。
なぜなら、「災いを運ぶ者は町に入れない」と物心ついたときには教えられていて、バスが止まるのは災いを運ぶ者が乗ったからだ、と、信じているから。
実際、そういう者を親切にも道案内しようとしてしまったときは、なぜか町の人間にも正しい道が分からなくなるし、バスが来ると教えようものなら、いつまでたっても、次のバスすら来ない、なんていうことが起きてしまう。
そんな体験も相まって、余所者が立ち去るのをそおっと待つのが、町に住む者の暗黙の了解となっていたのだった。
そして、今日。
たまたまバスの乗車は少年1人。
そもそも、すぐ来るということを教えてくれる者はなく、2時間もこんな何にもないところでは待てない、と、スマホ片手に山を登り始めたのだが・・・
「また、同じところだ。」
これはおかしい、さすがに1時間もさまよえば、健吾もそう思わざるを得ない。
第一、健吾は「能力者」なんて呼ばれる人種だ。
まぁ、この力が、単なる視力の良さとその記憶力・判断力の総合力だ、なんて種明かしはされているのだとしても、優れた能力を持っている人間だということは間違いない。
そんな健吾が、同じ道をグルグル回る、なんてことは、そもそもあり得ないのだ。
何らかの術にはまっている、そう考えるのが当たり前だ、少なくとも健吾はそう信じていた。
(にしても、強力な結界、だよな・・・)
上下左右、360度、健吾は能力を解放して、周りを見回す。
(認識阻害に視線誘導、ってところか?他にもある?僕じゃ破るのは無理、か)
ただ1つ。下に降りる道だけは、確実に分かる、というおまけつき。
むしろ能力者には唯一の道、と思わなくもない。
そうか。能力者除けってか?
(駅に戻るか)
健吾は、そう判断して、駅に戻った。
健吾は駅に戻る。
しばらくすると、バスがやってきた。
乗客は2名。
もう一度、健吾はそのバスに乗った。前回と違い、能力全開で。
案の定、バスは同じ場所でエンジントラブルを起こした。
乗客2名も素直に降車する。
健吾はその目で、一緒に降りた乗客をずっと見ていた。
若い男と中年の女。
一応は知り合いなのか、軽く挨拶していたが、チラッとこちらを見て、二人とも面倒くさいなぁ、と思ったようだ。そう健吾の敏感な目は感じ取った。
そしてエンジントラブルの知らせ。
二人共に「やっぱりな。」という感情。その原因は健吾だと、二人は確信しているようだ。
降りた二人は特に会話をすることなく、チラチラとこちらを気にしていた。
どうやら健吾にいなくなって欲しい、と、思っているようだ。そう勘付いた健吾は、わざと「仕方ない、歩くか!」と聞かせると、明らかにホッとして喜ぶ様子。
迷子にならないよう、こっそりと男の荷物に、印をつけ、足早に二人の視界から消える。
この印は特別な波動を発するもので、目を凝らすと、健吾にはその波動が見えるものだ。
モスキートーン、という若者にだけ聞こえるという周波数は有名だが、じつは波を感じる器官、すなわち目や耳なんていうのは、人によっても多少の範囲の差があるのは知られている。そして、一般人と裏の世界で仕事をする者とでは、平均値で、この範囲に違いがあることは、裏の世界では常識だ。逆にいえば、大人になっても普通にモスキートーンが聞こえるような個体が裏の世界の住人たり得る。まぁ、あくまでほとんどの人が、というだけで、そこは能力差があるのだが。
少なくとも宮原の人間は、目という器官で捕らえられる周波数の幅が、遺伝的に通常人より広い、といえる。
健吾もそうで、この印が放つ波動は、普通の人では見えないが、健吾には見える、というものだ。
一種の赤外線領域の波ではあるが、その波の形が独特で、赤外線カメラにも映りにくいらしい。あくまで映りにくいだけで、映るには映るのだが。
なんでも、赤外線カメラの映像は、とある波を可視化しているのであって、すべての波を可視化してるわけじゃないから、使われている波形は、映像化に際してノイズとして省かれるらしい。まぁ、そういう波を意図して利用している、ともいう。
ともかく、乗客の視界から逃れ、こっちはこっそりと二人を注視する。
と、どうやら、代車が来たようだ。
こんなにすぐなら、教えてくれれば良いのに、彼らもグルなのか?こっちの世界の人間にはまったく見えなかったが、そう思いつつ、二人が乗り込み終わったのを見た健吾は一か八か、バスに走り込んだ。
「あっ。」
誰のつぶやきだったのか。
バスの中で小さく声が漏れた。
やはり自分は招かれざる客だったのか、と健吾は思ったが、知らぬ存ぜぬで、しれっと、座席に座る。
やがて、バスは普通に動き出した。
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