第33話

 「ちょっといいか、井上。」


 1週間もすると、それなりに人間関係もできてくる。

 もともと中学からの付き合いの生徒もいるだろうし、話してすぐに親友、なんて言い出す奴もいるだろう。

 静流は、挨拶されれば返しはするが、誰かと特に仲良くなることもなく、その日も授業が終わり、帰りのHRが終了すると、そそくさと帰宅の途につこうと立ちあがったのだったが・・・


 静流の前を塞いだのは、大柄な人物だった。

 見覚えがあるから、同級生、だとは思う。

 相変わらず人を覚えるのは苦手だ。

 入学式の翌日、昨日話した唯一の相手、井上さんの顔を認識できずに、寂しそうな顔をさせてしまい、同級生たちに、調子に乗っている、などと絡まれたのも記憶に新しい。

 どっちにしても、高校はキオたちに命じられて仕方なく来てるだけ。

 特に誰かと深く関わりたいとも思わない。

 何もしなくてもさっそく絡まれた、変に注目されてしまった、そんな後悔があるぐらい。

 できれば、透明人間になりたい。そんな風に思いながら、できるだけ息を潜めていたのだけれど。



 「ちょっといいか、井上。」


 そんな静流に声をかけてきたのは、大柄な男子だった。

 「何ですか?」

 「いや、その、なんだ。井上はクラブはもう決めているのかと思ってな。」

 「クラブ?」

 「ああ。中学は何をやってたんだ?」

 「あ、僕はクラブに入るつもりはないですよ。中学も帰宅部だし。」


 (ただでさえ家が遠くて大変なのに、おっかない3人組に頭も身体もしごかれまくっているんだ。これでクラブなんて、そんなキャパどこにある?)

 静流は、心の中で、追加でつぶやく。


 「そうなのか。もったいない。」

 「もったいない?」

 「そりゃそうだろ。井上は、なんか武術とかやってるんだろう?」

 「え?」

 「その足運び。それに、分かりづらいがそこそこ立派な筋肉ついてるよな?」

 「・・・別に何にも?」


 確かにこの一月ほどで、うっすらと筋肉がついてきた気はする。

 が人に見えるほどでもないし、どうやら筋肉がつきにくい体質のようだ、と、師匠どもになぜか喜ばれていた。彼ら曰く、術によっては筋肉が術の発動を阻害する、らしい。特に舞財というのは、巫女から出る者だ。女性的でしなやかな動きが要求されるから、とかなんとか、とにかく筋肉だるまになることは許されないらしいのだ。


 「・・・ひょっとして井上は・・・いや、なんでもない。なんか特殊な技でも習っているのか?」

 これは、ひょっとして探りを入れられている?

 学校に行くにあたり、注意されたことがある。

 舞財や鳥居といった血筋に気付かれるな。


 この二つの家に新当主が誕生した、というのは、業界では当然知られているのだという。

 舞財に関しては、おそらく明楽がついに党首の座についたのだ、と予想されていたし、それに対しての彼の否定はなかった、と聞いている。

 鳥居に関しては、驚愕が大きいようだ。

 すでに絶滅した、と思われていたところに新当主誕生の報。

 当主はどこだ。

 どんな性格の者だ、と、各陣営が血眼に探っている、というのが現状らしい。

 穏行に優れた一族の生き残りだ。

 ひょっとして自分たちに刃をむけないか、そんなおびえが充満してる、という報告は、果たしてキオの冗談かどうか。静流に知る術はなかった。


 とにかく、関連をかぎつけられるな、そう口酸っぱく言われては、頷くしかない静流であるが、そもそも静かに暮らせればその方がありがたい、と考える静流にとって、人と関わらなくて良いこの状況はむしろ好ましいと思っていた。

 が、ここにきての、特殊な技を習っているか、という謎かけ。

 思わず態度が硬化するのもやむを得ない、というところだろう。


 黙って睨む静流に、その同級生はちょっと慌てたように言った。


 「いや、そんなに警戒しなくても・・・僕はただ、井上君がもし、武道をやってて、まだ部活動を決めてないなら、一緒に見学行かないかって誘おうと思っただけなんだ。興味ないならいいよ。その、邪魔してごめんね。あ、ちなみに僕は宮原健吾。一応、柔道と少林寺に入ろうかと思ってるんだ。」

 「え?二つも?」

 「うん。別に複数入っても問題ないみたいだよ、この学校。柔道は毎日だけど、少林寺は週1で、しかも幽霊あり、なぐらい、緩いらしいからさ。そのどっちかだけでも、どうかって思って。」

 「あ、そうなんだ。えと、聞いても良いかな?」

 「何?」

 「なんで僕なんかを誘ってくれたのかなと・・・だって今でしゃべったことないし、僕なんて運動部っぽくないし。」

 「でも絶対なんか武道やってるだろ?僕も小さいときから鍛えてるから分かるんだ。」

 「・・・何が分かるか知らないけど、僕はそんなお稽古とか、縁がないよ。宮原君の勘違い、です。」

静流はそう言って、宮原の横を通り過ぎた。



 次の日も、またその次の日も、帰ろうとする静流の前に宮原は立ち塞がった。

 別に嫌がらせをするわけでもないし、無理を通すわけでもない。

 ただ、前に立ち、部活を勧める、ただそれだけ。

 いつの間にか、どちらが根負けするか、なんて、賭けだすクラスメートまででるほどだ。目立つことが嫌いな静流は、好奇心いっぱいに見られることに、そろそろいらいらしてきたのだった。


 「ねぇ、どういうつもり?僕は何回言われても部活なんてする気はないし、さすがに迷惑なんだよね。」

 「まぁ、そうカリカリするなよ。だいたいなぁ、入学して半月も経って、静流はいったい何人としゃべった?友達つくるの苦手なのか?」

 いつの間にか宮原は、静流を勝手に名前呼びするようになっていた。口調も日に日に砕けてきている。

 クラスにもう一人井上がいる、というのもあるが、勝手に友達のつもりになっているようだった。


 「余計なお世話だ。僕は誰かと連むつもりはないし、はぶられたって、気にもならないんだよ。」

 「の割には、人懐っこい目をしてるよな。」

 「はぁ?どこがだよ。」

 こそこそと、クラスメートが肯定する声が静流の耳にも入った。

 特にクラスメートと話をすることはないのに、いつの間にか、自分が井上でなく静流呼びされていることに気付いてはいた。

 そのことがさらに静流をいらいらさせる。

 向こうはみんなフルネームで自分を知っているのに、こっちは一応話したことのある2人しか知らない。いやもともと自分が悪いのだが、と、静流は舌打ちした。


 「ハハ、静流ってさ、下手な女子よりかわいいのに、態度、悪いよな。」

 「はぁ?誰が女子だ!態度が悪いのが気に入らないなら、寄ってこないでくれ!」

 「ああ、悪い悪い。だけどな、知ってたか?そのちょっと悪い態度が、むしろかわいさを盛り立ててるぞ。ギャップ萌えってやつだ。」


 プチプチ、と、血管が切れる音がするようだった。

 もともと、物静か、というよりは、おどおどした感じがする静流だったが、連日の口の悪い兄貴分との会話で、少々影響されているということもあって、日常生活でも影響が出てしまっているようだ。

 こんな、喧嘩を売るような言い方をして絡まれるのは、静流の本来の姿ではないはず、だったんだけど、と、静流は小さくため息をついた。


 「まぁ、そんなふくれっ面もかわいいけどな。だけど、そんなかわいいとか言われるのが嫌な、実は硬派タイプだろ、静流は。とこでだ、僕と一緒に柔道か少林寺やろうぜ。その華奢な身体が、ムキムキになったら、可愛い要素なんてすぐに消えるさ。とりあえず仮入部でだな。な?ちなみに、僕は両方本入部したよ。」


 結局、それが言いたかったのだろう。

 かわいいを連発して、挑発からの、だからクラブだ、というのは、少しは頭を使い始めたか、とは思うが、いかんせん、クラス中の注目の的。

 中には、「静流君がムキムキなんて、いやぁ!」と叫ぶ女子もいたりして、カオス状態になっている。


 そんな教室を見回して、はぁ、と、静流はこれみよがしな大きいため息をついた。


 「はぁ。悪いが宮原君、僕はどこの部にも所属する気はないんだ。ま、家庭の事情ってやつもある。だいたい、この貧相な身体は体質で、ちょっとぐらい鍛えても君みたいに良い体になりそうもないしね。分かったら、もう誘うのはやめて、一人でクラブを楽しんでよ。じゃあね、そこどいてくれる?」

 「・・・いや、俺だって、そこそこ家庭の事情で忙しいんだけどな?しかし、体質か、それは悪かった。いや、むしろそれ羨ましいぞ。小さいがスラッとしてるしな。本来なら俺だって・・・いや、悪い。だけどな、鍛えてもそれってことは、存外どこかの家系、いや、詮ないことだ。忘れてくれ。いや、だけど・・・なぁ、静流、その家庭の事情ってのは、親友の俺、じゃない、僕に教えてくれたりとかは?」

 「はぁ、あのね、いつ宮原君と僕が親友になった?はっきり言わないと分かんないなら言っておくよ。僕と宮原君は、同じクラスで知っている人、つまりは知人レベル。友人ですらないのに親友なんてあり得ないよね?」

 「え?そうなのか。」

 「そうだよ。」

 「ガーン!」

 そう言いながらへなへなと倒れ込む宮原に、本当にガーンなんて言う人をはじめて見た、と、静流は驚きつつ、教室を後にするのだった。

 こんなことに体力を使って、あとの鍛錬がきついな、などと思いながら・・・

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