第32話

 4月になって、今日は入学式だ。


 行く気は全くなかった高校だが、現状保護者もどき達の説得(という名の脅迫)で、結局、静流はこの場にいた。


 この学校は、亡き曾祖母が勧めてくれた学校だった。

 受験当時、曾祖母はもう長くないことは分かっていた。

 最後の親孝行に合格通知をと思って受けていたのだが、曾祖母が生きている間は望みどおり学校に行くつもりでもあったから、どこでもいいが、同じ中学の生徒がいない方がありがたい、と、それだけを条件にしたものだった。

 正直、男子校か共学かも知らず、曾祖母の推薦した学校に、同じ学校から受験者がいないことも相まって、受験した、そんな学校だった。

 だから、というわけでもないが、家からはちょっとばかり遠い。

 

 「えっと、井上さん?くん?」

 先ほど発表されていたクラス分けに従って出席番号順に座ったら、なんと一番だった。たまたまクラスにア行がいなくて、井上、というのが1番だった、というだけなのだが。

 で、隣に座った女子が声をかけてきた。

 この学校、どうやら男女関係なくあいうえお順で出席番号をつけるらしく、隣に座った彼女も井上なんたらだ、ということは認識していた。

 はじめは、その隣の井上さんに誰かが声をかけているのだろう、と思っていたが、どうやら声を発しているのがその井上さんらしく、しばらくしてようやく自分が呼ばれているのだ、と静流は理解した。

 そういえば、自分の名前は井上静流。井上さんとか井上君とか、呼ばれていい存在だったな、と、静流は思い出す。


 「えっと、僕は井上静流。男、です。」

 たぶんさっきの?は男か女か名前でも容姿でもわかりにくいからだろうな、と、あきらめの気持ちも大きく、そう答えた。

 自分ではそんなに女顔だとは思っていないし、髪だってあえて短め。まぁ、坊主頭にしたときに、ばぁちゃんがものすごく悲しんだので、それなりの短髪、ではあるんだけれど。

 この学校、今日知ったのだが、制服はブレザーで、ズボンでもスカートでも可、というから、ややこしい。ズボンをはいているから男でしょ、とはいえないのだから。かといって、スカートをはいてるのは100パーセント女子だろう。何が悲しくて男がスカートをはかなきゃならないのか。


 そういえば、と、悲しい気持ちで振り返る。


 自分をパシリにしていた中心人物。彼は、一度だけ静流に女装をさせたっけ。

 静流は、変に抵抗したり、恥ずかしがったら、余計に相手を喜ばせるだけだし、だいたい、服なんてなんでもいい、という感じで冷めていたから、彼が着ろ、といった、どこで手に入れたんだか、きわどいセクシーな服を黙って着たのだった。

 一緒に風呂にも入るし、泳ぎにだって行く。

 裸でさえ平気なのに、女物の服を着せて何が楽しいのか?と、戸惑うのは、その複雑な服の着方がわからないことぐらいの静流に対し、いじめた側の子供たちは、なぜか逃げるように走り去った、という悲しい思い出だ。


 あれ?

 そういえばあれも女装、ちゃ、女装か。

 静流はさらに古い記憶を思い出した。


 たぶん3歳頃から小学校へ上がる前まで、だったと思う。

 町の神社の夏祭り。

 毎年、白い着物に赤い袴で、ばぁちゃんに教えられた舞を踊っていたっけ。


 「今年は雨が少ないから、この踊りをおどろうねぇ。」

 「今年は雨ばっかりだ。この踊りを覚えようか。」

 「今年はなんか世間が暗い。ぱぁっとするやつにしよう。」


 ばぁちゃんに教えられるまま、2曲3曲。毎年違う舞を覚えていた。

 静流が本番に踊ると、じいちゃんもばぁちゃんも、それはそれは喜んでくれて、とっても褒めてくれたから、静流にとってはそれも良い思い出。

 (だけど、よく考えればあれは巫女服。女装、だよなぁ。)


 

 「あの、井上君?」

 

 やばいやばい。

 いつの間にか自分の世界に入り込んでいたようで、となりの席の女の子が、不安そうに小さく呼びかけていた。

 だいたい、井上、なんて、聞き覚えのない名前が悪い、んだよな。

 など、見当違いの怒りを覚えつつ、もう一人の井上さんに、「ごめん。」と小さく謝る。


 「大丈夫?」

 「うん。ちょっとぼうっとしてたみたい。ハハ緊張してるのかな?」

 「フフ。私もちょっと緊張してるかな?えっと、井上静流君?私は井上留美です。同じ井上どうし、同じクラスになったのも何かの縁、これからよろしくおねがいします。」

 「あ、うん。」



 「・・・て、感じで、一人だけ話した。」


 入学式の報告、兼、入学祝いパーティを開催するから、耽偵奇憶の館に来るように、そう言われ、途中で満にピックアップされた静流は、要求されるままに、その日の出来事を話していた。

 ぼうっとしてしまったことのほうを根掘り葉掘り聞かれたのは、女装、ってのが、からかいネタにいいと思ったからだろう、なんて静流は思っていたのだけれど・・・


 「だな。」 

 「ですよねー。」

 「間違いない。」

 コー、キオ、満、の順で、顔を見合わせて、そう頷く。

 

 3人が訳知り顔で頷く様子に、これは面倒くさいネタをどこかで与えたんだな、と、静流はいやな警戒をした。まだ1月も満たない付き合いとはいえ、この反応は、だいたいが静流に不幸を持ってくる。


 さぁ、聞け、何が間違いないのか気になるだろう、そんな圧が3人からのしかかる。が、静流は気にせず、目の前のケーキを平らげることにした。触らぬ神に祟りなし、だ。我ながら図太くなったな、と静流は思う。

 そう思いながら、またケーキにフォークを運んでいたら、パッとケーキ皿が目の前から消滅した。

 はぁ、とため息をつきつつ、コーを見る。

 無駄に洗練されたすご技を、そんなことに使わないで欲しい、そんな思いを込めて、コーをジト目で睨んだ。


 「はぁ、はこっちだろが。さっきの話。補足は?」

 「補足?」

 「あるだろが!」

 静流は首を傾げる。

 何かあったか?単なる女装だろ?


 「あー、しぃちゃんは女装についてしか意識してない、かな?まぁ、性別の違う扱いをするのは、魔除けの一種として、古くからあるものだし、しぃちゃんが気にしなかったのも、さりげなくカエデちゃんがそういう教育をしていたのかもしれないね。」

 「あー、なんか、ばぁさんの教育を受けたしぃがかわいそうになってくるな。ちゃんとした常識教えてやれよ。」

 「でも、いろいろと規格外の仕込みがあるぞ。人によっちゃよだれが止まらんだろうな。なんせあの舞財カエデの直々の仕込みが物心つく前からってんだからな。」

 「そうだね。本人が気付いてないってのは、本当に興味深いよ。でもしぃちゃん。そのことじゃないんだ。舞財はその本質が巫女だって覚えてる?」


 最初の最初に聞いた気がする、そう静流は思い出した。

 ばぁちゃんと巫女ってのが結びつかずに、すっかり忘れていた話だ。


 「本質が巫女である家の当主から仕込まれた巫女舞。見たいな。」

 ニコッとキオが笑う。

 他の二人も同じようにキラキラした目で見てくるけど、一番最後がもう7年近く前の話だ。そんなの覚えているわけ・・・・そう思考して、静流はハタ、と気付いた。


 覚えてる。


 なぜか3歳のときにおどったものから、最後6歳の時のまで、全部覚えている。


 自分で自分に衝撃を覚える、そんな静流の様子に、

 「踊れるみたいだな。」

 と、満が追い打ちをかけてきた。


 彼らに嘘は通じない。

 なぜか、ちょっとした言い訳ですらバレてしまう。

 バレたときが怖いよな、と、はじめは横に振ろうと思った頭を縦に1つ頷いた。


 そして・・・


 神楽がないから口拍子で、自分で唄いながら静流は舞う。

 請われて、2曲。

 しっかりと身体が覚えていることに、重ねて自分でも驚きつつ。

 ずっと踊ってなかったけど、舞うのは好きかも、そんな感想を抱きながら。


 「巫女舞だな。」 

 「本物、ですね。」

 「うわぁ、男でもできるんだなぁ。」


 そんな風に騒いでいる3人を横目に、静流はたおやかに舞い続けた。 

 

 

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