第30話
再びの洞窟前。
朝早く出発した満と静流は、先日入った洞窟の入り口前で立っていた。
満が懐から鳥の形をしたものを取り出す。
「それって、この前女の人から預かってた物だよね。なんなの?」
返す返さないのやりとりをしていた、と、思い出した静流が尋ねた。
「こいつは、一番近いのは犬笛か?吹くとある周波数の音がするんだ人の耳には聞こえないがな。その周波数をキャッチできる道具があって、それを持つ奴との連絡に使うもんだ。」
「どういうこと?」
「もともとは、中からここに戻ったときに鍵を開けてもらうために預かるんだ。あの日は、襲撃事件もあって、ここは開いていたから使わなかったが、本来は、ここまで戻ってきたらこいつを吹いて、人を呼ぶ予定だった。」
「それで、用が終わったから返すつもりだったんだ?」
「ああ。だが、もう一度ここに来てくれ、ってつもりで、蘭香はこれを預けたんだろうな。あそこに通じる道はここだけじゃない。敢えてここから入る必要はないが、チャンスをくれ、ということだ。」
「チャンス?」
「前にも言ったが、お前がここに入ったと明楽に密告した奴がいる。そしてその犯人は飯家の関係者の可能性が高い。」
「ああ、そういうこと。」
満が笛を吹く。
と、しばらくして、前回と同じ女性が現れた。
現れると同時に、静流達の前に正座をして、深々と頭を下げたから、静流は驚いてあたふたした。
「なんの真似だ。」
満が冷たく言う。
「舞財のご当主様に。ご迷惑をおかけしたお詫びを。」
「だそうだ。どうする静流?」
「え?そんな。えっと、あなたが告げ口した人、じゃないですよね。」
「それはもちろん。申し遅れましたが、私は飯蘭香と申します。飯家当主の孫にあたります。」
「蘭香は飯家の次期当主に内定しているやつだ。親が凡才だからな。」
「ちょっと、満さん。」
「いえ、ご当主。父も母も当主としては見込みなく、私が次期、と目されております故。」
ハハハ、と、静流は頬をかいた。
なんていうか、袴姿も相まって、タイムスリップしたのかと思うけど、これが業界の人、ってことなのかな。飯家っていうのがカタカムナっていう宗派を守る家の一つだから、舞財の指輪と縁が深い、そう、勉強はしたのだけれど・・・
静流は、急遽教えられた知識を反芻した。
カタカムナは神話の時代からある神だそうだ。
独特の神代文字があって、それが指輪に使われている丸と線でできた記号だ、という。
そんな、オカルト、というよりは、民俗学みたいなおとぎ話を教わったが、この人は、飯家の人達は、いまだにそのカタカムナの教えとともに生きているらしい。
「こちらを。」
そんなことを考えていた静流に封筒が差し出された。
白い和紙でできた封筒だ。
満に目で合図されて、静流はそれを受け取った。
「前回の不祥事について、調査結果でございます。ご沙汰は何なりと賜る所存。」
静流は何を言っているのか分からずに、小首をかしげた。
代わりに、満が前に出る。
「相分かった。いずれ連絡する。帰りはここを通らない予定だ。こいつは返しておこう。」
笛を蘭香は受け取って立ちあがると、鉄格子の南京錠を解錠する。
静流は満と二人、洞窟へと足を踏み入れた。
「ねぇ、レンタカーとタクシーで来たけど、帰りが別の出口だからだったの?」
静流は手持ち無沙汰にそんな質問をした。
洞窟はやはりちょっと不気味で、照らす道具もそれを助長していた。
何か会話をしていないと、恐怖で叫びだしてしまいそうだ。
「それもある。だが一番は、我々が来たことを極力知られたくなかったからだな。車を飯家の近くに駐車すれば、それだけ来ていることがバレるだろ。」
「その・・・告げ口した人がまだいるってこと?」
「さあな。念のためだ。舞財ってのはそんなに甘くない。明楽が当主を狙っているなら、用心にこしたことはないからな。」
そんなことを言いながら二人はすすむ。
あっという間に広間までやってきた静流は、ちょっと眉をしかめて、首に吊した指輪を引っ張り出そうとした。
「出さなくていい。」
そんな静流を満は制する。
「鍵は極力さらすな。いいか。落ち着いて、深呼吸をするんだ。周りをよく見てみろ。吸って。吐いて。吸って。そうだ、ゆっくりと。落ち着いたら鍵をイメージして。頭いっぱいに鍵を描く感じだ。・・・どうだ何か分かるか?」
静流は満に従って、呼吸をし、指輪のイメージを、特にあの模様のイメージを行った。
昔よく家族でやった遊びの複雑な模様に比べれば、あのマークみたいなのは簡単で、容易に思い浮かべられる。
なんか、懐かしいことを思い出した、そう思い、ちょっと静流に笑みが浮かんだ。
「なんだ、静流?おかしなことでもあるのか?ちゃんと集中しろよ。」
「あ、ううん。違うんだ。昔神経衰弱やったときのこと、思い出しただけ。」
「神経衰弱?」
「うん。なんかうちのは独特でね、トランプじゃなくて、参加者が描いた自作の絵を使うんだ。最初は四角とか三角とか丸とか星っていう、単純な模様だったんだけどさ、勝ちたいからってばあちゃんたち、どんどん複雑な絵になっていて、小学校に上がる頃は曼荼羅アートか、ってレベルになってた。細かい絵の中にちょっとずつ違う模様がある、みたいな奴でさ、同じだと思って開けたら、こっちは葉っぱの数が99枚で、こっちは100枚だから違う絵だ、なんてさ。ほんと大人げないよね。」
「・・・それをゲームでやってたのか?」
「うん。うちの定番ゲームだった。大きくなってからトランプでやるもんだって知ったけどね。」
「静流もそんな複雑な絵とか描いてたのか?」
「うん。ばぁちゃんが勝ちたけりゃ、せめて自分の絵を真似して見ずにかけるようになれっていうから、最初は真似で、小学生の半ばになったら、ばあちゃんのと被りだしたから、オリジナルで作ってたなあ。」
「ハハ。それは凄いな。なぁ、静流。お前にとってそれは遊びだったのか?」
「え?そりゃそうでしょ。」
「なるほどな。カエデばぁは、やっぱ凄いな。フフフ、ハハ、ハハハハハ。」
何故か腹を抱えて笑い出した満に、静流は唖然とした。
「えっと・・・満さん?」
「ああ、悪い悪い。で、鍵のイメージ、できたか?何か感じたことは?」
「あ、うん。できた。えっと・・・感じたっていうか、気になる方向があるような・・・」
静流は、イメージが出来た後、いくつかの穴の1つから、呼ばれるような気がして、気が気ではなかったのだ。
そこは前回入った穴とは違う場所で、前回入ったのはこっちのはず、という穴もなんとなくわかっている。
(だけど、行かなきゃ、って思うのはこっちなんだよな。)
理屈を超えた感情で、自分でも不思議だった。
「どの穴だ?」
「えっと気になるのはあっち、なんだけど。」
「そうか。」
そういうと、なんのためらいもなく、満は静流の指した穴に向かって歩き始める。
「ちょっと、満さん。この前入ったのって、こっちだよね。」
確信はないが、少なくとも方向的にはこの辺りの穴だったはず。少なくとも満が進む穴は違う。
「こっちが正しいと感じるんだろ。それが正解だ。ここはそういう道なんだよ。いいから来い。」
そう言うと、ズンズンとその穴の奥へ行く。
「ちょっと待って。」
静流も慌てて、それに続く。
「あった・・・」
数分後。
確かに静流の前に、前回訪れた裏の舞財家、とでも言える家が現れて、静流は唖然とする。
「だから言っただろ。あの空間は、立体駐車場の出入り口みたいなもんだ。穴は常に別の出口へ続くんだ。正確には鍵の持ち主をその鍵と符合する場所へと導く。」
だから、そんな空間を繋げる技術が、普通にあってたまるか、そう思いつつも、静流は、目の前の現実に頷かざるを得なかった。
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