第28話
「これって?」
静流は、表札の前で首を傾げた。
キオの屋敷から約2時間。
そんなとある田舎町に舞財の(洞窟ではない)表の家は、あった。
そう、舞財の家。
もともとこの辺りの地主的な存在で、ちょっぴり田舎ってこともあり、年寄りが多い地区だ。
小学校はまだしも、中学校の校区は広く、自転車でもないと、同級生の家に遊びに行くのは困難なほど。
それでも、商店街の1つもあるし、小学校だって各学年1クラスある。
はっきり言って山の中なので、自転車との相性は最悪だ。
そういうこともあって、友人の家に行くなんてことは中学時代にはなかったが。
いや、嘘だ。
そもそも人との付き合いが苦手で、わざわざ学校以外での交流を持つ気など、全くなかった静流である。
そんな長閑な田舎町。
あの後1週間ほどキオの屋敷に滞在して、ちょっとした座学や、簡単な体術の基礎を施され、いろんな意味で涙した、そこそこ辛い期間であり、それこそ体感的にはこの町へと無事帰還できたのは、ものすごく久しぶり、と、思ってはいたのだが。
当然、たった1週間やそこらで、静流の知る景色が変わることはない。
ないのだが・・・
これはどうしたことだろう。
自分の家の表札を見て、静流は首を傾げた。
「んなことより、さっさと入って片付けしろよ。」
車を駐車し、荷物を運んで来たその人の言葉に、反射的に「はい。」と言って従ってしまうほどには、いろいろ仕込まれてしまった静流だったのだが・・・
静流は、彼より荷物を受け取り、中へと入る。
とりあえずはお茶、と、ちゃんと机もテレビ、時計もある、懐かしい我が家でくつろぎつつ、目の前でお茶をすする男を見た。
丹川高尚。相変わらず不良然とした男である。
年齢より一回りは若く見える彼は、現在35歳。
ちょうど、静流よりも20歳年上。
彼によると、中高生の頃は、学校のない時はほぼほぼこの家で滞在していたのだという。幼なじみでもある城之澤満。彼と二人、静流の曾祖父母に弟子のように修行をつけてもらっていたらしい。
基本的に舞財家は女系家族。曾祖父は自分にとっては育ての親で、単なる優しい農家の親父だったが、もともとは舞財の傍系出身で、その優秀さから本家の入り婿に迎えられた人だったとか。
特にその武は、超人だらけの業界の中でも屈指のものとされ、カエデに保護された小学生だったコーたちの武術全般の師匠だったそうだ。
「怖かったなぁ、カツじいは。」
コーが、入ってすぐ、仏壇に手を合わせて言った言葉だ。
「じぃちゃんが怖かった?」
「そりゃすごかったぞ。一番最初な、まだ小5の一般人だった俺が初めて修行を付けて貰ったときな、気をつけをさせられて目を離すなって言われたんだ。鬼みたいな形相で、そりゃ怖くてさ。思わず視線がぶれた、そう思った時に良く分からん衝撃が来てさ、気がついたら布団に放り込まれてた。目を離した瞬間ぶっ飛ばされてそのままのされちゃったんだよな。ククク。初めて会って、まずそれだぜ。めちゃくちゃだよな。」
あぁ、それで。
実は静流もコーに初めて訓練を受けた日、「絶対俺から目を離すなよ。」と言われて、睨まれたことがあった。
ただでさえ不良っぽいコーが本気で睨むその様子は、今にも飛びかかられそうで、つい目をそらしてしまった静流だったが、視線がぶれる度に、あちこち叩かれたり蹴られたりとさんざんな目にあった、という経験を先だってしたばかりだ。
なんの訓練だよ、と、こっそりと文句を言っていたが、なるほど、同じ事をコーもされていたというわけか。
「そう考えると、俺って優しいと思うだろ?」
そうコーが言うが、1発で分からないうちに気絶するのと、何度もぶたれるのと、どっちが良いか分かったもんじゃないと、静流はこっそりと思う。
「だがな、俺が気がついたときさ、カツじぃってば、カエデばぁに無茶苦茶怒られてやんの。本気のど素人を指導したのが初めてだったらしくてさ、手加減がわからんかったらしい。結局一番怖いのはカエデばぁってわけだ。ハハハハ。」
静流は不思議な気分だった。
つい先日知り合った人物が、自分の育ての親のじぃちゃんやばぁちゃんのことを、懐かしそうに、楽しそうに話している。自分が育ったこの家に、当然のようにくつろぐ、この男は、初めてこの家で一緒に過ごしているのに、こうやっているのが当然で、ずっとこんな風に語ってきた、そんな気にすらなってくる。
はぁ。
家に帰ってきたんだなぁ。
もうばぁちゃんもいないけど、代わりにコーがいる。
実は、安全面を考えて、静流がキオの家に住むか、この家に住むかで、少々もめた。
静流にとって学ぶことは多いし、安全面ではキオの家がいいだろう、と言う言葉に、ここを放っておけない、と静流は反論した。
ここには、仏壇がある。
自分を育ててくれた曾祖父母に線香を上げたい、そうわがままを言ってしまった。
「だったら、準備に1週間ここに住むこと。その間に簡単な訓練を行うこと。あとは、護衛だなぁ。とりあえずコーショー君とみっちゃんのどちらかが、しぃちゃんと一緒にいること。いい?」
「どっちにしろそうなるわな。」
とコー。満も横で頷いた。
「あ、それともう一つ。しぃちゃん高校受かってたでしょ?こっちで手続きするし、ちゃんと高校生しなさい。」
「いや、もう、入学の手続きとか日付終わってるし・・・」
「そっちは大丈夫。いい?ちゃんと高校生してない、と思ったら、ここに住まわせるからね。」
「う、うん・・・」
キオの一声で、そういうことに決まった。
まったりと、そんなことを思い出していたら、ピンポーンと玄関のインターホンが鳴った。
こんな音がするんだ、新鮮な気持ちで、静流はその音を聞いた。
曾祖母がいるときは、近所の人は勝手に玄関を開けて家に上がり込んできたから、インターホンの音を聞く機会はほとんどなかったのだ。
知らない人が来ても、インターホンなんて鳴らさずに、大声で「すみませーん!」等と声をかけてくるのが普通だったし。
そう思いながら、静流は玄関に行く。
あれ?
そう思い、その人に頭を下げた。
それは近所に住むおばさんで、ここに入り浸っていた人の一人だった。
なんでインターホンなんて鳴らしたんだろう?
「あれま、やっぱりしずちゃんかいね。車で誰か来たってきいたからのぞきにきたんよ。ほれ表札が変わってるし。」
静流の顔を見て、おばさんは嬉しそうにそう言いながら表札を指した。
そうだ。
何も変わらないこの景色。
ただ一つ、表札が変わっていた。
今までは「舞財」と当然書かれていたのだが・・・・
「そういや、しずちゃんの本名は井上さんだったっけねぇ。てことは戻ってきたんだねぇ。でも一人じゃ寂しくないかい?」
「ども、内藤さん、こんにちは。」
「ん?あらま、ひょっとしてコーちゃんかい?」
「はい。ご無沙汰してます。」
「ご無沙汰ってもんじゃないじゃないかい。しずちゃんが産まれるずっと前かね、最後に会ったのって。いやぁ、変わらないねぇ。変わらなくてビックリだよ。」
「あ、こいつの世話、俺と満ですることになったんで、またお世話になります。」
「あ、そうなんねー。満君もいるのね。みんな喜ぶわぁ。」
「ハハハ。あいつ共々よろしくっす。」
「でも、やっぱり親戚だったのねぇ。どんな間柄の子かしら、ってみんな気になってたけど、そう、そうねぇ。でもほんと、良かったわ、しずちゃんにあんたたちみたいな親戚のお兄ちゃんがいて。今、何をしてるの?」
「あっと、俺も満も公務員です。省は違うけど。」
「まぁ、偉いのねぇ。しずちゃんもお兄ちゃん達に勉強教えて貰って、立派な大人にならなきゃね。じゃあ、私はこれで失礼するわ。またね。」
嵐のように、おばさんは去って行った。
今頃、この話題を広めていることだろう。
二人は顔を見合わせて、肩をすくめた。
キオに相続関係のことを頼んで、分かったことがあった。
静流の父は井上一という、まぁ、普通の人だったが、母は、その普通が気に入り、井上の籍に入っていた。そして産まれた静流も井上静流、という名を与えられたのだ。
両親達が亡くなって、曾祖父母は静流を養子として迎えていたようだ。相続に関してのみ静流へと諸々が渡るように親子としていたのだが、その名前は井上静流のままになっていた。
もっとも、この地区では舞財の子として知られていたため、通名として舞財静流を名乗り、小学校中学校ともそう名乗っていたのだが。
というよりも、静流自身、自分の戸籍上の名が井上静流だとは知らなかったというわけだ。
だが、さっきの様子では、どうやら、近所の大人たちは知っていたようで、表札が井上に変わっていたことに納得をしたようだった。
もっとも、表札が井上に変わっていたし、静流も戻らないことから、この家がどうなるのか、気にはなっていたのだろう。そこで代表してさっきのおばさんが偵察に来た、というところか。
ま、田舎あるあるだよなぁ、と、静流はこっそりと、ため息をつきつつ、真新しい「井上」の表札を見た。
キオによると、どうやら舞財の技もあり、ここの住所は認知されにくいようになっている、とのことだった。本来ここで育った明楽がここにたどり着けないのはおかしなことなのだが、実際、彼は未だにここにたどり着けていなかった。
ここら一帯はもともと舞財の所有であり、当主に近い者達が未だに多く住むのだという。静流も誰が舞財の関係者か分からないが、静流が顔を知っている者の中にも多数いるのだ、とキオがいった。
そしてこの土地そのものに技を使い、また、人的にも目くらましをした、業界用語で言う「結界」なるもののおかげで、正確な舞財の土地は分からないものなのだとか。
だが、この辺りに来て、「舞財」という表札を見れば、なんとかたどり着いた、と思えるのだろう。そうやってたどり着いた一握りの者が、静流も見たという怪しげな霊能者たちということになるのだろうが・・・
静流は知らずとも、表札が井上となることで、この土地の秘技も相まって、舞財という名の認識がより強く阻害された。それこそ今の静流には知るよしもないことではあるが、舞財と鳥居の血が合わさり、より強力な認識阻害の結界が施される結果となっていた。
すなわち、静流という当主が許可しない者は、この家にたどり着けない、と。
そのことはキオが知っていた。
そして、また。
この結界は未だ静流本人が意図しているものでない以上、それなりの技量を持つ者ならば、容易に、とは言えずとも、解除する術を持つであろうことも。
キオは望む。
静流が、さらなる何かを引きつけることを。
キオは願う。
静流が、さらなる力を得ることを。
そうして新たな時代が紡がれることを。
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