第27話
コンコン。
ノックの音。
「静流?いるんだろ。入るぞ。」
返事も聞かず、ガチャっというドアの音。
静流はいつの間にか眠っていたのか。
それともぼうっと、ただ意識を飛ばしていたのか。
「満さん?」
ベッドの上で布団にくるまれて壁に背を預けていた静流が、弱々しげな目を、その侵入者に向けた。
「なんつー顔してるんだか。これ、外したのか?」
満はテーブルの上を見て、そんな風に言う。
自然、静流もテーブルを見てしまい、ブルッと身体を震わせた。
「なんだ。後悔してる、ってところか?それともキオに脅された?こいつを2つとも受け入れたら、死んじまう、ってな。」
「え?」
「なんだ、聞いてないのか?」
「あ、ううん。死ぬとかまで言われなかったけど、終わった後で反発しなくて良かったとかなんとか・・・」
「なんだ。知らずに契約したのか?相変わらずキオも無茶苦茶だな。」
「・・・僕、死ぬかもしれなかったってこと?」
「まぁ、可能性はゼロじゃないだろうが、キオがそんなことはさせないだろ。」
「あのさ、・・・これってドッキリかなんかかな?ばぁちゃんが頼んでたお芝居?とか?」
「はぁ。クックックッ。なるほどなぁ。そうだよな。急に証だの玉爾だの言われても、そりゃ信じられないか。だが襲われた時のあれ、お前の常識で、ありか?コーのやつ、結構な戦闘見せたよな。」
・・・・
そうなのだ。
レーザーポインターは、最悪無理矢理納得できる。
けど、コーと忍者もどきのあれは、殺陣にしては、凄すぎた。
いや、本当に凄いスタントマン同士ならできるのか?あんな人間離れした殺陣が?
それこそ常識的にありえない、静流はそう思う。
「ま、諦めろ。お前が、静流が受け入れたんだろう?舞財の時も本当にいいのか聞いたよな?鳥居だって、ちゃんとお前が認めたんじゃないのか?元々、静流の意志を優先する、ってのは、既定事項だったぞ。」
確かに、静流自身が受け入れたのだ。
が、なんか、そこに、騙された感がなくはない。
そもそも、受け入れるということの意味なんて教えられていなかったし、今でもほとんど分からない。
うなだれる静流の横に満は腰をかけた。
そして、その頭をクシャクシャッと撫でると、静流と同じように壁に背を預けて前を向く。
二人で同じ方向を向いて、しばらく黙っていたが、やがて満は口を開いた。
「なぁ、静流。静流は知らないで育ったけど、舞財も鳥居もこの業界じゃビッグネームだ。この世界は、一般人が考える何倍も複雑で、怪奇に出来ている。静流はそういったことを追々経験していくだろうが、普通の人間にとっちゃ、妄想甚だしい、なんて思う世界だというのは間違いない。特に民主主義なんていうまやかしを、後生大事に抱くやつらにとっちゃな。」
「民主主義がまやかし?」
「まぁ、思想としちゃいいだろうがな。本当に物事が多数決だけで決まるわけじゃない。少数派の意見だって斟酌しなきゃならないだろうし、そもそも全員が集まって意見を言い合うわけじゃない。選挙で意見を言う代表を決めて、その人の発言が大多数の発言とイコールと見なされることで、辛うじて民主主義の体をなしている。だがな、自分が選挙で投票した人間が本当に自分の意見をまるまる言ってくれる、なんて、誰も思っていないだろ?実際は諸々を考慮して舵取りをする人間が社会を動かす。舞財や鳥居、っていうのはその舵取りにそれなりの指針を出していく立場にあった一族だ。俺の言う業界、てのがそういう者達で構成されたプロフェッショナルだと思ったらいい。別にオカルトな集団、というわけじゃない。まぁ、オカルトっていうのの意味にもよるがな。」
よくわかんないや、そう、静流はつぶやいた。
そんな静流を見て、満はそうだな、とつぶやく。
「世の中の真理、なんて本当によく分からんよな。なぁ、静流。静流はこんな業界は知らずに育った。むしろ隠されて育ったんだろう。俺はな、逆にそういう世界で歩め、世界の守護者となれ、と、ずぶずぶに浸からされて育った口なんだよ。だからな、多分、お前の気持ちを完全には分からんと思う。だが、お前と違ってこんな世界に本来なら縁が無いのに、俺に食らい付くように強引にこっちの世界へと踏み入れたバカがいる。そんなバカを近くで見ていたから、こんな業界の人間にしては、そっち寄りの考えが理解できる。いいや違うか。どういう理屈でそういう行動に出るか、気持ちとは別に理解がしやすい、と言える、と思う。」
「・・・それって、コーさん?」
「聞いたのか?」
「ううん。さっき自分は凡才で天才にはかなわないんだって。あんなに強いのに、どれだけ頑張って修練しても、満さんには勝てないって、言ってた。だから・・・」
「フッ。やつは強いさ。誰よりも心が強い。こっちこそ勝てる気がしないよ。」
「いいな、そういうのって。」
「そんないいもんじゃないさ。」
「・・・あのさ。僕がこんなもの2つも持っちゃって、ずっとこの業界でいた満さんとしては、嫌じゃない?」
「それは嫉妬、と言う意味でか?」
「・・・そうかも。」
「俺は全然うらやましくないし、むしろ気の毒だと思うがな。力があれば義務が生じる。お前が言うように妬みにもさらされるかも知れないし、力尽くでそれを奪おうとするやつもいるかもな。」
「あの明楽って人みたいに。」
「ああ、一番は奴だろうな。なんせ力を手に入れる前提がある。」
「今思ったんだけど・・・」
「ん?」
「別に僕がこれを継ぐ必要ってなかったんだよね。むしろ明楽って人は、これが欲しくて、人殺しまでしちゃう人、なんでしょ。」
「そうだな。」
「だったら・・・だったら、あの人が持つ方がいいのかも。」
「それはないな。」
「どうして?血でいうなら、鳥居も舞財も僕より血が濃いじゃん。」
「まず、カエデも馨も、指輪を明楽に、とは一切考えてなかった。逆に、彼に渡らないよう、いろいろ画策はしていたらしいがな。だからキオが噛んでる。」
「それはその人より僕の母親が優秀だったから、でしょ?母がいなくなったんなら、その人が継ぐ、そう考えるのが普通だと思うんだけどな。」
「そうだな。実際そう思って、舞財は奴を中心に一応はまとまっている。だが、実力不足とその性格が相まって、舞財も自然消滅の危機にある。」
「自然消滅の危機?」
「あくまで正規の当主の下でしか働かない、そう言って、舞財としての働きを拒否する者もいるってことだ。そういう人達は、カエデが鍵を渡さないことに理由を置いて、明楽の当主適格を疑っているしな。」
「じゃあ鳥居だけでも・・・」
「鳥居の生き残りがいることを知る者は少ないだろうし、そもそも明楽は今のところ自分が鳥居の血を引くなんて知らないとは思う。が、むしろ舞財の秘技より鳥居の秘技の方が、やつに渡すのはヤバイだろうな。」
「なんで。」
「やつは野望に溢れている。姉と比較されて、実際才能の差をつきつけられて、劣等感の塊だ。そして、その劣等感の裏返しとして、プライドが高い。高貴な血を有する自分に、誰もが跪くべきだ、なんて、本気で思っていそうな奴だ。だからな、索敵や情報収集に優れた鳥居の能力ってのは、奴にとっちゃやばすぎる技なんだ。その能力で無駄に蹴落としたい相手の秘密を握ってみろ、何をやらかすかわからん。」
「だからキオさんは、彼に渡す気はないと言ってたのか。でも、それなら僕だって危険だよ。」
「ばぁか。お前にそんな度胸はないだろ。人の秘密をネタに揺するなんざ、絶対ムリな性格してるだろうが。それにな・・・」
「それに?」
「お前がそんなバカなことをするなら、俺とコー、それにキオが、お前をボコボコにするからな。どっちにしろ、なんも知らないお前を3人で育てるって決めてんだ。この3人に勝てる気になったらやってもいいぜ。ちなみに、コーは俺に勝てないって言ってたかもしれんが、キオに俺は絶対勝てないからな。コーは俺に10回に1,2回は勝てるだろうが、俺はキオと100回勝負しても1回も勝てる気はしない。悪さするなら、そのことは頭に入れておけ。」
そう言うと、乱暴に頭をなで回して、立ち上がり、部屋を出ていった。
いつの間にか、静流は、テーブルの上にある二つの証が、そんなに不気味だとき思わなくなっていた。
ただちょっとだけ、おっかない教師役達に、不安を抱いたのだった。
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