第26話
「ああ、もぅ。何やってんだよ、僕は!!」
静流は与えられた部屋のベッドで寝っ転がりながら頭を抱えて、そう叫んだ。
部屋にある小さなテーブルの上には、小さな銅鏡みたいなペンダントと、丸と線で何かが描かれた指輪が鎮座していた。
チラッと、それらを見て、頭を抱えて唸る、を一体何度繰り返しただろう。
継ぐ人がいない秘術の後継者の証。
そんな眉唾な話に、何故か頷いてしまった。
それもこれも、あのキオの妖しい雰囲気のせいだ。
まるで、そんなマンガみたいな話が真実であるかのように錯覚してしまった。
そう。
非現実的でマンガとか物語でしかあり得ない。
歴史の影で暗躍して、本当に歴史を作ってきた人達、だって?
そんな一族がいくつもあって、その中でも老舗中の老舗である二つの一族。レア中のレアである、その両者の血を引くという自分?
キオの怪しさと、コーの当然っていう態度で、錯覚させられたけど、これって、大がかりなドッキリじゃないのか?静流はそう自問する。
普通の中学生、いや卒業したから肩書きはナシか?そんな、どこにでもいる普通のガキ相手に、こんな大がかりなドッキリを仕掛ける無駄なんて、するはずはない、と思うけど。
それとも何か?
自分は、そもそも赤ちゃんで親を亡くし、祖父母を飛ばしてその上、曾祖父母たちに育てられた、まぁ、かわいそうな子ってやつだ。そのうえ、先日、最後の家族である曾祖母まで亡くしてしまった。
天涯孤独の15歳。
本当に、天涯孤独になってしまった。
そんなかわいそうな僕、である少年に、友人知人が総出で、ドッキリを仕組んで、気を紛らわせてやろうとした、フラッシュモブみたいに役者を頼んで。
ばぁちゃんから預かった住所と指輪だし、生前ばぁちゃんがドッキリを頼んでいた、とか?
そんな風に考えて、はぁ、と大きくため息をつく。
ドッキリを仕込んでいた、なんていうのは、ばぁちゃんの人柄から考えて、あり得ない話でもない。
今の状況が、マジだっていうよりは、随分現実的だ、と思う。
だけどなぁ・・・・
静流の目は、また、テーブルの上の指輪とペンダントへと吸い寄せられる。
指輪に血を垂らすと、満が持っていた明かりの道具から光を反射するようにレーザービームが出た。いや、本当は途中で気付いてたけど、光は、指輪自体が発していたんだ。
その光に導かれるように、家と瓜二つの家。
これが、ドラマの大道具製って言うなら、どれだけお金かけてるんだろう、って思う。
それにペンダント。
静流が、鳥居も預かる、と言ったら、ではさっそく、と、目にもとまらぬ早業で、キオが静流の手をとり、チクッと針か何かで指を刺したんだ。
指輪のときと同じように、指先に血が滲んできて、それをニヤッと見たキオが、優しく丁寧に、ペンダントにこすりつけた。まるで模様をたどるように、時間をかけて丁寧に丁寧に、ペンダントに僕の指を這わせていったんだ。
静流は、そのときのことを思い出してぞくりとする。
されるがまま、だった。
手を握られて、血を出さされているのに、唖然として、思考はまったく起きなかった。
あっという間かも知れないし、そうでないかもしれない。
気がつくと模様が描かれていて、血をこすりつけていたのと逆の面、磨かれて鏡のようになっているその面から淡い光が溢れだし、大正ロマニズムとでも言うべき重厚なその部屋をボーっと光で満たしていた。
ヒューッ。
短く吹かれた口笛。
その賞賛を表す口笛に、静流は意識を取り戻したのだろう。
だが、まだボーっとした頭のままで、その音に振り返る。
本当に子供のような笑顔で、短く口笛を吹いたコーが、そのペンダントの光をキラキラとした目をしながら、見つめていた。
「はい。これで、しぃちゃんが鳥居の玉爾にも認証されました。」
ニコッと、キオが言う。
「へ?」
静流は、驚いた顔をキオに向ける。
そんな話をしていたはずなのに、静流にはなんのことだか、その時はさっぱり分からなかった。
「所有者の生体認証、って思えばいいでしょうね。現代においては、そういう技術も多々あるでしょう?ただ、これらが造られたのが、千二、三百年ほど前で、代々受け継がれている、ということだけが不思議でしょうが、まぁ、技術なんてものは、そもそもが、誰もが知り得るものでないですからね。当時秘技としてこういうものを開発できる者達がいた。汎用性の技術として生体認証が認められる現在の技術がやっとその秘技に近づいた、そういうことです。まぁ、その技術の底をなす理論は違いますけどね。」
そう言いながら、身動きの出来ない静流の首に、キオはペンダントをかけ、指に指輪をはめた。
「ん。やはり君が正当な持ち主だ。ちゃんと二つの力が同居できてる。実をいうと反発して、最悪な事態が起きる可能性も危惧はしていたのですが、ホッとしました。」
「え?」
「それだけ強い力を、異なる強力な力を受け入れるのですから、間違いが起こる可能性は否定できないでしょう?」
「え?」
「最悪、肉体または精神が耐えられない可能性も考慮に入れてましたが、無事で何よりです。」
今日のご飯はカレーです、そういうレベルのお知らせ口調で、キオが言うのを信じられないという顔で静流は見た。最悪はどうなっていたっていうの?
「何はともあれ、おめでとう。産まれたばかりとはいえ、偉大なる担い手を人は手に入れたのです。コーショー君、良かったですね。これから、大変ですよ。」
「ああ、分かってるさ。こんなシーンに立ち会わせてもらったんだ。何が何でも人の世は守る。」
そのあと、裏の歴史やら、人類の導き手たる氏族がどうとか、そんな怪しげな話をひとしきり聞かされたあと、静流は退席を命じられ、与えられている部屋に戻った。
しばらく、呆然としていたけど、正気になればなるほど、なんだこれ?という気持ちは溢れてくる。
目の前にキオのニヤーッと笑う、独特の笑顔がちらつき、知らず震えが走る。
慌てて、ペンダントと指輪を外し、テーブルへ。
少しでも離れたくて、ベッドに飛び込み、布団にくるまって振るえていたけど・・・・
怖い物見たさか、それとも呼ばれているのか。
気がつくと、布団の中から、目線はテーブルの上へ。
そして、また怖くなり、布団を頭から被り・・・
幾度か繰り返し、そして・・・・
「ああ、もぅ。何やってんだよ、僕は!!」
いらいらと叫び、唸るのも何回目か。
これは仕組まれたドッキリで、どこかで、この無様な姿を見て、みんなで笑っているんじゃないか、そうだったらむしろいいのに。
怒りは覚えてもそれだけだ。
だけど・・・
本当にそんな世界に引き込まれたのだとしたら?
そんなわけあるか!
いや、ドッキリで仕掛けられる程度を越えているだろ?
何が本当の歴史だ?厨二病って言うんだよ、それは。
心の中で繰り返されるそんな自分と自分の会話、反発。
だけど・・・
自分の心の表層で、いかに否定しようとも、これはドッキリで、非現実的な話だ、と納得させようとも、静流は、心の奥で、キオの言うのは本当の話だ、と、まったく疑っていないことを承知していた。
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