第25話

 「しぃちゃんは、オカルトは苦手かも知れない、そう聞いたけど、違う?」

 「え?」

 「言い方を変えよう。呪いとか呪術とか、祓いとか、そう言ったものは信じない?」

 「それは・・・」

 正直言うと眉唾だと思う。

 だって、我が家には怪しげなが時折訪れて、曾祖父母に追い返されていたから。

 静流は、そんな風に思いだした。

 ああ、本当に、妙な人が良く来てたよ。

 神託を受けたという人とか、呪術勝負を受けろ、と家の前で叫ぶ人。

 話を聞くまでは動かん、と言って、ずっと玄関前で座り込み、なにやらお祈りをし続けてた人。


 「何、あれ?」

と聞くと、じぃちゃんもばぁちゃんも言ったもんだ。

 「家族が大量に事故死した人に取り入って金をせしめようとする連中さ。」

 テレビでも新興宗教で壺やお札をバカみたいなお金で買わせる霊感商法とかいうのがある、って見たこともあったし、静流はその言葉に納得した。


 一度など、家庭訪問に来た小学校の先生がそういうのと鉢合わせして、追い返してくれたこともあったっけ。

 確かそのとき、先生の親戚でお年頃のお姉さんがマンションを持ってたんだけど、それを売って実家に帰ったということがあって、その売った数日後には宗教の勧誘がいくつもやってきたのだ、と、教えられた。

 「あれは持ち家を売って実家に帰るような人には何か不幸があったに違いない、と、ハイエナのようにやってきたんだ。」

 なんて、先生は言っていた。

 家を売ったというのは誰でも登記所で調べられるんだとか。

 わざわざ登記所に張り付いて不動産を売った人を調べる部署があるんだ、と、本当か嘘か分からないことを言っていて、その時は、この人は何が言いたいんだろう、って不思議だったけど、今なら、ああいう人に纏わり付かれている不幸な家族、に見えていたんだろうなって思う。


 そんな経験が積み重なって、霊能者なんて胡散臭い、と思っていたし、その人達が言うような奇蹟とか、救いとか、呪いとか、そんなこと全般に、興味すら湧かなかった。むしろ、半分憎んでいたかもしれない。

 事故で死んだのは偶然で、僕らや先祖が悪いことしたせいでもなければ、祟られたからとかじゃない。それをダシに事故を思い出させるな。曾祖父母に悲しい思いをさせるな。

 静流にとって、オカルトっていうのは、そういうふざけた人が口先で言う戯れ言だった。



 「えっとね、科学は錬金術から生まれた。多くの技術も、今では多くの人に共有されるけど、昔は一族の秘伝として隠し継がれた。それは分かるかな?」

 そういう話は、最近ちょこちょこ聞かされている。

 静流は曖昧に頷いた。


 「鍛冶師、って分かる?鋼を打っていろいろ造る人だね。」

 なんだか優しい顔でキオは言う。

 何が言いたいのか、ちょっと戸惑いながら、また、静流は頷いた。

 「鍛冶師ってのはね、火を使って鉄を打ち、鉄を延ばし、鍋や刃物に変えていく。真っ赤に変色した鉄は、あれだけ固かったはずなのに、水のようにどろりと変形し、鍛冶師によってあるときは鋭く、あるときは丈夫に、様々な製品へと変化するんだ。その様子を理屈も知らずに初めて見れば、それは魔法のようなものだろう。鍛冶師は火で鉄を操る魔法使いだ。」


 確かに・・・

 静流は直で見たことはないが、確かにテレビやなんかで見た鍛冶仕事は、まるで手品だ。

 そういう手品みたいな技はたくさんある。

 たとえばガラス。

 棒の先につけられ、熱せられたガラスに息を吹き込むと、瞬く間に膨れあがり、コップなんかができるその様子なんかも手品か魔法か。


 「秘伝の技術は、どんなものでもなにがしかの不思議があり、それができない者にとっては、摩訶不思議な出来事に見えるだろう。だけど、それがよく目につく技術なら、すごいけど未知ではないから、ただすごいで済むし、この時代なら自分もそれにトライできるのでは、と、思えるだろうね。だけど、それが知られてない技術なら?それこそ隠しに隠し、存在することさえ一般人から隠された技術なら?たまたまそれを見てしまった者は、霊術とかそんな風に思うこともあるだろうね。いや、そう思わせるように仕向けることによって、本質から外す、そういうことが、実際は多々ある、と言った方がいいかもしれないね。舞財や鳥居の秘術は、そういった類いの技術だ、と今は理解して欲しい。」


 静流は、キオの言葉を咀嚼しようとして、ため息をついた。

 いろいろ言ってるけど、怪しい霊能力みたいな技術だって言いたいんじゃないだろうか。それならものすごく眉唾物だけど・・・

 そう逡巡する気持ちをキオは分かっているのか、フフフ、と笑う。


 「あらゆる技術の才能は、遺伝と教育に依存するんだ。これは分かるかな?」

 「遺伝と教育?」

 「そう。遺伝だけで教育がなければ結局育たない。教育である程度上は目指せても、生まれつきの才能がある者には叶わない。遺伝っていうのはちょっと違うかも知れないけどね。親など関係なく、才能がある者もいる。ただ、才能ある親からは才能ある子が産まれやすいってことだ。親から引き継いだにしろ違うにしろ、生まれ持った才能、っていうのはあって、同じ環境、同じ努力をしたとしても才能のありなしで残酷なまでに差が出てしまう。」

 ね、とキオはコーを見て笑った。

 チッと舌打ちして、人差し指でこめかみを掻くコーに、静流は首を傾げる。


 「しぃは、俺のこと強い、と思うか?」

 「え、そりゃ、まぁ。」

 目の前で、どう考えても強いだろう忍者のコスプレ集団を瞬殺したのを見たんだ。あれを見せられて弱い、だなんて思えるはずがない。


 「はは、そりゃ嬉しいね。だがね、俺は弱い。へへ。才能が無いんだ。」

 「そんなわけ・・・」

 「ある。だいたい俺に才能が無いって言ったのってカエデばぁだぜ。頭脳的にも肉体的にも俺は才能のかけらもないんだとよ。」

 「だけどあんだけ強いじゃない。」

 「俺には才能が無い。そこは諦めた。だがな、カエデばあはそんな俺でも受け入れてくれた。貧相なガキだった俺に技術を教えてくれた。といっても凡才の俺は、本気の天才には、得意の体術ですらかなわないんだけどな。」

 「え?」

 「満は、頭脳派だ。それは分かるだろ?」

 「うん。」

 「だけどな、あいつは天才だ。俺より鍛錬の量は全然少ないのになぁ。マジでやりあったら勝てる気はしねぇ。」

 「そんな・・・」

 「ま、とはいっても、奴とは師匠が一緒だから勝てないんであって、他の有象無象に負けるつもりはないけどな。」

 ニカッと笑うコーには、悔しいという気持ちがひとかけらほどはあるにせよ、わだかまりがあるようには見えなかった。


 「それが技術の伝達、というものです。コーショー君は、努力の天才なんですよ。だから天才と同じ努力をしていたら負けるのだとしても、コーショー君と同じ努力ができる人なんてほぼ皆無ですからね。なかなかにコーショー君の努力の才能に勝る人は現れません。みっちゃんは、やる気が偏ってますからね。フフフ。今なら肉弾戦、勝てるかも知れないですよ。」

 「いや、無理だって。それでいいんだよ俺は。俺は普通の人間の中ではちょーつえーやつで上等なんだって。無理に化け物になりたくないね。」

 「フフフ。ま、いいでしょう。」

 「ま、そのうちしぃも化け物になるんだろ?なんせ舞財と鳥居、二つの秘技を受け継ぐ器だ。」 

 「そんなこと・・・」

 「しぃちゃん、そんな不安な顔しなくても大丈夫。みっちゃんも別に本当に化け物、人間じゃない、なんてことじゃないんですから。しぃちゃんは、100メートルを10秒で走れますか?」

 「え?そんなの無理。」

 「10秒で走れる人は化け物だと思いますか?」

 「そんなわけないじゃん。だったらオリンピック選手は化け物になっちゃう。」

 「だったら100メートルを5秒で走る人はどうですか?」

 「そんな人はいないよ。」

 「いたとしたら?その人は化け物ですか?」

 「そんな人がいたら、化け物じみてるって言えるかも知れない。けど、努力すれば、人間がそうなれる、のかな?いや、無理だよね?ね?」

 「フフフ。一般の、それこそ100メートル15秒なんて遅い人でも、とりあえずは10秒を切れるようにする技術があれば、どうでしょう。」

 「どうでしょう、って言われても。・・・って、さっきから言ってる秘伝とか秘技とかって、そういうことができる技術ってこと?」

 「走る、ってことに置き換えれば、そうです。」

 「なんかものすごくやばいことのような気がしてきた。」

 「気、じゃなくて、やべえんだよ。」

 「今から断っても?」

 「舞財に関しては無理ですね。すでに多方面で新当主誕生が認識されているでしょうから。」

 「え?どうやって?」

 「そういうシステムがある、と、今は認識してください。それこそ霊界において新しい舞財の当主を受け入れたと広報された、とね。」

 「霊界って。」

 「もちろん、あくまでもたとえですよ。フッ。」

 「胡散臭い。っていうか、プライバシーとかないの?」

 「安心してください。あくまで分かるのは新当主になった、ということだけ。確実に舞財明楽やその側近は君だと知っているでしょうけど、わざわざ公表はしないでしょうね。今のところ、自分が当主のように振る舞っていますし。」

 「えっと・・・」

 「奴は当分、自分が正式に当主に認められた、と誤解させておくだろうさ。」

 「でしょうね。」

 「あの・・・」

 「しぃは、舞財の権力が欲しいか?」

 「いらないよ、そんなの。」

 「だったら黙っていても問題ないぜ。」

 「そうなの?」

 「カエデばぁが15年も、そうしてきたしな。舞財の党首の座を明楽に譲った、そう思っている者も多いだろうし、少なくとも、党首代理として正式に継いでる、と思っているのがほとんどだろう。」

 「なんで?」

 「さぁな。でも、しぃを隠したかったんじゃないか?やっぱり面倒な世界だしな。」

 「面倒?」

 「だって、表立っては存在しない者達の争いが主だからな。」

 「はぁ。やっぱり断りたくなってきた。」

 「鳥居だけでも断るか?」

 「・・・」

 「どうした?」

 「僕が断ったら、それだけ鳥居っていう秘技がなくなるんだよね。」

 「そうだな。」

 「舞財は能動、鳥居は受動って言ってたけど、もっと詳しく聞いて良いですか?」

 「そうだね。舞財は戦う術に優れている。鳥居は察知に優れている。それと、こう言ってはなんだけど、しぃちゃんは、鳥居のさがが色濃く出てる気がするね。」

 「鳥居の性?」

 「鳥居はいろいろなものを引き込むんだ。巻き込まれ体質と言っても良い。特に何をするでもなく、人も物も事も魔も、なんでも吸い寄せてしまう、と言われている。鳥居がほとんど滅びたのも、それが悪しき方へと向かったためでもある、という研究者もいるほどにね。」

 「なんですか、それ?」

 「実際、ここに来て、会った者、皆しぃちゃんが好きだよ。」

 「・・・」

 「フフ、照れない照れない。だけどね、これは生まれ持ったものだから、知らずに周りに影響を与える類いの力だ。ある程度コントロールをしたければ、鳥居の秘技を紐解くべきかも知れない。」

 「鳥居にそういうのがあるんですか?」

 「わからない。けど、僕はあると思っている。秘技とは、技と対策、さらにその対策、といった歴史が昇華したものだからね。引きつける技があるなら、離すまたは隠す、弱める、そんな技があってしかるべきだ。君の、しぃちゃんの安全を考えれば、鳥居を受け入れることを、僕は勧めるけどね。」


 はぁ。なんか、詐術に引っかかってる感はないでもないんだけど・・・

 でも、心当たりがありすぎる。

 望んでいない人や事が、次々やってくる不思議は、この15年、言われてみれば大いに体験していることだし。て言うか、正に今がそのまっただ中。

 キオのいうとおり、舞財の件が逃げられないところまで来ているのであれば、鳥居に属する性質を緩和する術は是非とも必要だろう。

 静流はそう考え、一つの結論を出す。


 「分かりました。舞財も鳥居も、お預かりします。」


 静流が発した一言に、ニターッと笑ったキオの目の奥に、ぞくりとする光を見たのは、果たして、錯覚だったのだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る