第24話
「君の両親、祖父母のあれは、単純な事故じゃ無い。明楽が仕込んだ殺人だ。」
この人は何を言っているのだろか。
静流は、目の前に座る黒ずくめの美丈夫を、得体の知れないモノを見るような目つきで見つめていた。
両親は親戚の集まりに行く途中、事故でなくなった、祖父母と共に。
それが静流の知るすべてで、曾祖父母から聞かされてきた事実だ。
なんの集まりかは知らないが、そういったものから距離を取っていた人達だったけど、その集いはどうしても、と、避けきれず、関西の方面へ向かった、と。
長い道中、疲れて、山道でハンドル操作を誤った単独事故だったということだ。いや、事故に巻き込まれた、という話も近所のおばさんから聞いたこともあったから、巻き込まれ事故だったのかもしれない。
ただ、正直、静流にとってはどっちでもよかった。
育ててくれている曾祖父母が、その話をすると苦しそうな顔をする。子供ながらに、この話はタブーなのだ、と察した静流は、顔も知らない親の最後よりも、育ててくれる二人の心の平穏が大事だった。
両親達は事故で亡くなった。
そして自分を曾祖父母が引き取って育ててくれた。
それが静流にとってすべてだった。
だって、自分の責任にしろ人の責任にしろ、それは運が悪かっただけだろう。単なる事故なら、自分が気に病んだところで何も変わらない。
だが・・・
もしその死が、事故が、仕組まれたものだとしたら?
それは意味が違ってくる。
誰かがわざと、自分から親を奪い、大切な曾祖父母から子も孫も奪ったのだ。
自分には見せなかったとしても、曾祖父母の心中はいかばかりか。
許せるものではないじゃないか。
静流は、静かに怒りを覚えていた。
「君の両親、祖父母のあれは、単純な事故じゃ無い。明楽が仕込んだ殺人だ。」
「どうして?どうしてそう思うんですか。」
静流は問う。静かに問う。
怒りに心が猛り狂っているのに、なぜか頭は冷静で、それを不思議だ、と、別のところから自分を見ている自分がいた。
「まずは状況証拠だ。しぃちゃんは、なんで君を置いて彼らが出かけたか、知っているかい?」
静流は首を横に振った。
「親戚の集まり、って聞いているけど、詳しくは知りません。そういや、ばぁちゃんたちは、僕らに他に親戚はいないって言ってたのに、親戚の集まりに行く途中事故にあった、って、なんか矛盾してますね。今、気付いた。」
「そうだね。端的に言えば君の親戚は、舞財の縁戚は存在する。明楽くんを当主として、立てている集団がね。」
「当主は、あの人、なんですか?」
「いや、今は正式に君が当主だ。当主はの証である、カタカムナの指輪の持ち主が当主となる。」
「でも、指輪は・・・」
「そうだね。指輪はずっとカエデちゃんが持っていた。それを正式にしぃちゃんに渡した。しぃちゃんはそれに血を捧げ、指輪もそれを受け入れた。それはこの僕、丹手貴雄が証明する。」
「だったら、明楽・・・さんは・・?」
「そもそも君の両親達が亡くなった時の親戚の集まり、というのが、当主のことについてだったんだ。まずこれは前提だけど、舞財の当主のほとんどは女性がなる。もともと巫女とは、女性の仕事、だからね。」
「そうなんですか?」
「ああ。だからカエデちゃんが当主をやっていたんだ。当主は指輪を引き継ぐことで対外的に認められることになる。カエデ、馨、早耶香、そういう順で引き継がれるだろう、誰もがそう思っていたんだ。」
曾祖母、祖母、母、ということか、静流はその名に、頭の中で頷いていた。
でもだったらどうして指輪は曾祖母が持っていたのだろう?
「だが、指輪は馨が受け取りを拒否したんだ。彼女は鳥居家の生き残りである天満と、普通の一般人としての生活を望んだ。天満が何も知らずに育ったこともあり、鳥居の玉爾を拒否したことも影響があったんだろうね。カエデはそれを認め、承継は行われず時が過ぎた。ただし、偉大な秘技だ。舞財の縁戚も少なくない。馨とて才能豊かな本家の人間だ。その子供たちには本家の跡取りとして、充分な教育を施してもいた。もし子供たちが舞財を受け継ぐことを願うなら、それにふさわしい力と知恵を持っていなければならない。その道を絶つことは、自分のわがままに過ぎない、そう馨は考えていたようだね。その二人の子はそれなりに優秀で、特に娘は当主に、と熱望する声も強かったという。」
母は、静流の母は、舞財を知っていたのか。その当主として教育を受けていて、十分に皆の期待を背負える逸材だった。
「だが、早耶香は、こんな世界とは関わりない、本当に普通の男を愛したんだ。井上一。しぃちゃんの父親だね。彼は良い人だったけど、本当に普通の人だった。カエデちゃんの受け売りだけどね、世の中にこんなに無垢で優しくて、人に寄り添う人間が存在しているのか、と、驚くような人だったようだよ。早耶香の希望で、家のことは彼には秘密だった。が、何かを隠していることは気付いていたんだろう。それでも彼はそのことに一切触れずに、ただ愛する早耶香の心に寄り添う、そんな心の優しい人だったらしい。」
初めて聞く、死した両親のこと。その人となり。
何にも気にしたことがなかったはずなのに、静流は胸の奥が熱くなった。涙が出そうになるのをぐっと堪える。
でも、どうしてそんな人が死ななきゃならない?
「指輪の所有者が当主である、それは誰もが知っていることだ。でもその指輪自体を目にする機会は普通の人にはほとんどない。たとえ一族の者でもね。ただし、大々的に指輪を引き継ぎ当主を任命する儀式ならば別だ。それをリレーのバトンのように渡すのを、一族に、また、有力な他の者達に見せつける。そんな場を設けようとしたのが明楽だった。」
そう言うキオの目は、何も湛えていない。まるでガラス玉のようで、それが何より怖い、と静流は感じた。
「当時、今の当主は馨だろうと、一般には思われていたんだ。敢えて引き継ぎの儀、なんてのを行わなければならない、なんてことはない。実際、孫娘が結婚し、表舞台から完全に姿を消したように思われていたカエデに比し、舞財の実権を握っていたのが馨だろうと思われていたんだ。実際はいまだ指輪はカエデの下にあったんだけどね。馨がこんな世界から足を洗いたい、なんて思っているのは、一族だけどなく、みんな知っている。だけど、その優秀さに甘え、結局やって来る仕事をやっていた。それを見た者達は、さすがはご当主様だ、と誤解していたに過ぎないんだ。特に早耶香が結婚した後は、母カエデや娘早耶香の仕事まで、自分が受ける始末。早耶香は結婚そして妊娠で、完全に一線から身を引いたといってもいい。そんな中、舞財の一族の中にしっかりと根回しをしていった凡才がいた。フフ。当然優秀な姉の影に隠れていた、無能な弟さ。彼はあくまで凡才で当主の才なんてない。それどころか、余りに愚鈍で、ああ小物、だね。生まれだけは秀逸な愚かなガキ大将だよ。そんな愚か者が、15年前、当主について一族で話したい、と、席を設けた。彼としては、指輪を受け継ぐ、その話を進めるつもりだったようだね。彼は立場上、指輪の持ち主が祖母であることを知っていた。そして、母と姉がいなければ、当然自分にそれが回ってくるものだ、そう信じていたようだ。そうして事故が起きた。」
それが、状況証拠?
母と姉がいなくなれば、当然祖母から指輪は自分へと引き継がれる。
そう信じて犯行に及んだ。
この人はそんなことを言っているのか?
でもまずは、と言ったんだ。「まずは状況証拠」だと。
だったら他にも?
他にも証拠はあるのか?
静流は、そんな思いで、無機質に静かに熱く話す、目の前の男へと、目で尋ねた。
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