第23話

 「しぃちゃんは、舞財を継承する、それでいいんだね。」

 キオが真面目な調子で言う。

 静流は、それに背筋を伸ばして、頷くことで答えた。


 「そっか。だったら、これも継承してもらいたい。」

 そう言うと、どこからともなく、指輪よりは少し大きな箱を取りだした。

 スーっとテーブルを滑らせて、静流の前に差し出す。

 「開けてみて。」

 キオに言われ、おそるおそる、その箱を開ける。


 箱の中にはペンダントらしきものが入っていた。

 鈍い青銅色で、教科書で見た青銅の鏡に似ている。といっても直径が3センチぐらいの小さいものだけれども。

 博物館の土産物コーナーにでもありそうだな、静流はそれを見て、そんな風に思った。


 「えっと・・・なんですか、これ」

 「簡単に言えば、舞財の指輪と同じようなものだよ。とある一族の当主の証、ということになるね。」

 「え?」

 「これを継ぐことが出来る者は、ほぼ絶えたといえる。正確に言うと、しぃちゃんと、舞財明楽だけだね。」

 「舞財家のものってことですか?」

 「ううん。これはね、鳥居家のものだ。」

 「鳥居家?」

 「そうだ。君は君の亡くなった家族のことは、ほとんど知らないんだよね。」

 「はい。親戚がいるなんていうのは、昨日、じゃないか、一昨日初めて知ったから・・・」

 「そうだったね。カエデちゃんは、君にこういうゴタゴタだとか、責任を背負わすのはかわいそうだ、と思っていたんだろうね。知らなければそれまでだ。そのまま消えてなくなるだろう。彼女はそう思いつつも、本当になくしていいのか、1000年を超える伝統であり秘技だ。彼女の感傷だけで消してもいいのか、最後の最後でためらったんだと思う。そうして、その決断を、ある意味僕に委ねた。指輪を君に持たせて、君を見定めてもらおうとしたんだろうね。」

 「それって、あの巻物とか?」

 「それだけじゃないけれど、まぁ、そういうこと。彼女は、実際、消えた秘術も目の前で見ていたしね。」

 「え?」

 「それが、これだ。鳥居の玉爾。」

 そう言いながら、キオは、ペンダントを指した。


 「鳥居はね、約50年前、これを手放した。正確には無くしたんだ。家督争いの中、ね。」

 「家督争い?」

 「当時、鳥居の当主は何者かに殺害された。そして、残されたのは後継者候補の兄弟2人と、それぞれを推す者達だった。このどちらが当主の死に関係していたのか、どのように争いを始めたのか、今となってはわからない。ただなんとかせねばと、数年後、話し合いが持たれたらしい。両陣営からほとんどの者が集い、そのまま全員が息を引き取った。毒、だろうと言われているが、これにより鳥居は一族郎党根絶やしになった、と言われている。ちなみに、このときここに参加しなかった者達も、時期を同じくして息を引き取っていることから、ある種の呪い、と、怖れられた事件だったんだ。」

 ・・・

 僕は、何を聞かされているんだ?ある一族が呪いで全滅?なんのマンガだよ?静流は、笑おうとして、顔が引きつるのを感じた。


 「だが、実はたった一人生き残りがいたんだ。鳥居天満。死んだ当主の隠し子で認知されていなかったようだ。この玉爾はその子が当主より持っているように言われたものだった。年の離れた弟であるこの天満君は、鳥居一族のことを何も知らず、鳥居の一人だった母も例の呪い騒動で失い、そのまま、施設で育ったんだ。これを母の、そして父の形見として後生大事にしながら、ね。天満君は何も知らずに立派に育ち、後に馨という女性と愛し合って結婚することになる。この二人、鳥居天満と舞財馨こそ、君の祖父母なんだ。」

 両親と共に事故で亡くなった祖父母。それがこの二人ってことなんだろう。名前だけは、知っている。

 静流はキオの話の行き着く先におののきながらも、グッと気を引き締めた。


 「この玉爾は、カエデたちも見せてもらったようで、これがどういうものか、すぐに分かったようだ。鳥居の継承者。しかし、天満はまったくその世界を知らず、舞財からそれがどんなものかを聞いた上で、その継承を拒否した。この玉爾をもっていることの危険性もあって、これは僕の元へとやってきたんだ。」

 そう言うとキオの目はしっかりと静流の目を捕らえた。

 一瞬ひるむも、ここはちゃんと受けなくちゃならない、と静流は自分を鼓舞する。


 「これを継承するということは、50年間途絶えた秘技を復活する、ということだ。人類にとってすばらしいことだ、と、僕は思っている。」

 「それって・・・・この指輪みたいに、どこかに隠された巻物とかがあって、それを復活させるってことなんですよね。それには、僕の血がいる、そういうことですか?」

 「そうだね。」

 「いやだ、と言ったら?」

 「それじゃあ仕方が無いね。いずれ君か、明楽君の血を継いだもので、僕が気に入った人が出てくれば、その人に託すことになるね。」

 「ハハ、それじゃあ、何世代もキオさんが生きてるみたいですね。」

 「フフ、そうだと言ったらどうする?」

 「まさか!」

 「僕が不老不死に近い存在だとしたら?」

 「・・・そうなんですか?」

 静流はゴクリ、と固唾を飲んだ。そんなことはあり得ない、と理性で思いながらも、もしかしたら、と思わせる何かがキオにはあった。


 「質問に質問で返すのは感心しないな。」

 「ごめんなさい。」

 「ん、でもしぃちゃんは可愛いから許す。フフ。僕は思うんだ。たとえ不老不死だとしても、その時々に共に生きる人にとっては、その時間がすべてで、たとえその時間が1日でも100年でも変わりは無いんだって。常に切り取った時間の中での関わりだから、その時間は永遠で、その時間は刹那だ。」

 「えっと・・・それって、どっち?」

 「さあね。」

 「・・・どっちでもいい、のかな?どっちだって、僕とキオさん、それにコーさんとの関係は変わらないもんね。」 

 「しぃちゃんは賢いなぁ。」

 「それに今は関係ない、でしょ?」

 「そうだね。」

 「僕、どうしたらいいのかな?」

 「そうだなぁ。困ったときには頼りになる人に相談してみる、とか?」

 「キオさんとか?」

 「コーショー君もいるよ。」

 「あ、コーさん?そう。そうだね。ねぇ、コーさん。コーさんならどうする?」

 「俺?振られても困るな。1つでもデカい重荷だ。それを2つ、だなんて、俺には無理だ。いや、そもそも1つでも無理だな。」 

 「えー。だったら指輪もキオさんに渡した方がいいってこと?」

 「それは無理だ。もうそっちの継承は確定済みだからな。てことで、1つ受けるなら1つも2つも同じだ、とも言えるな。舞財と鳥居だったらなおさらな。」

 「え?どういう意味。」

 「あぁ、そっからかぁ。・・・えっとな、秘技とか秘術ってのは、昔っから受け継がれているもので、外に出ないように守られるものなんだ。特に古い物は、な。舞財と鳥居はその中でもとびっきり古いもんでな。神道は分かるよな?あれの歴史と重なってるんだ。舞財、ってのは、もともと舞在で、舞、すなわち巫女だな。巫女が神を降ろすために舞を踊る。そうして神を現世に在らしめる。それが舞財の本質だ。鳥居ってのは、まんま鳥居だな。神社の鳥居は、天からの使者である鳥が羽を休める止まり木のことだ。神界と現界を結ぶものってのが鳥居の本質だ。こう聞くと分かると思うが、同じような性質のもんだ。実質は本人たちしかわかんないけどな。」

 「まぁ、簡単に分ければ、舞財はこちらから能動的に神に請う術を持ち、鳥居は受動的に神の声を聞く術を持つって感じかな。両方が1つになると、すごいよね。」

 「・・・えっと、急に神様とか出てこられて、ついて行けなくなってるんだけど・・・」

 「ああごめんごめん。オカルトっぽいよね。といっても、オカルトと科学の違いが、僕には分かんないんだけどね。」

 「ハハハ・・・」

 キオの言葉に静流は苦笑した。

 先日も似たような話を聞いたが・・・


 「えっと、舞財は能動的で鳥居が受動的な術、ってことですよね。舞財だけ残って鳥居が失われるんじゃ、なんかバランスが悪そう・・・」

 「そうだね。それに、今は舞財のことしか考えていない明楽君だけど、鳥居のことを知ったら、どう出るかな?僕としては、彼にはこれを渡す気はこれっぽっちもないんだけどね。」

 「どうして?」

 「無駄な血は流したくないから。」

 「え?」

 「彼は、目的のためなら手段を選ばない。姉や両親を殺すぐらいにはね。」

 「・・・それって・・・」


 「君の両親、祖父母のあれは、単純な事故じゃ無い。明楽が仕込んだ殺人だ。」

 そういうキオのトーンは、背筋が凍るほど冷たいものだった。

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