第22話

 「ギェッ」

 蛙のつぶれたみたいな声と共に、衝撃が腹にきた。

 夢の中だった静流は、強制的に覚醒される。

 さっきのヘンな声、僕?

 半分以上寝ている頭で、そんな風に、思う。


 「なんだ?まだ起きねぇのかよ。じゃあもう一発!」

 そんな声と共に、明らかにおかしな空気の流れが降ってきて、静流の頭の中でアラートがけたたましく鳴る。

 ヤバイ!

 本能レベルで危険を感じて、思わず壁に向かって身体を回転させた。


 「なんだ、起きてるんじゃねぇか。」

 そう言いながら、ガバッと掴んでいた布団を奪われた。

 就寝中の強襲に、静流はほぼほぼパニックだ。


 「何?!」

 ただでさえ大きい目を極限まで見開き、寝転がったまま上を見上げると、ニヤニヤとこちらを見下ろすいたずらっ子のようなコーがいた。


 「コーさん・・・って、何するんだよ!」

 「そろそろ起きろ。朝だぞ。」

 言われて時計を見ると、確かにもう9時前だ。

 うわぁ、人の家で寝てる時間じゃないよな。

 でも昨日はベッドに入ったのも1時を軽く過ぎてたし、それに、頭が興奮しててなかなか寝付けず、結局4時過ぎまで起きてたんだ。ちょっとぐらい大目に見て欲しい。せめて優しく起こして。

 そんな風に思い、ジト目でコーを見る。


 「一応、言っとくが、お前1日消えてるからな。」

 「えっ?」

 「日付、見てみろよ。」

 そう言って、静流が枕元に置いていたスマホを投げて寄こした。


 うそっ・・・


 静流は驚く。

 確かに、自分が思っている日の翌日を表記していた。

 どういうことだ?


 「いやぁ、若いねぇ。さすがに俺、24時間越えで寝られんわ。ま、これ以上寝てても、身体に悪いし起こしてこいって、家主様の命令だかんな。とりあえずシャワー浴びて飯食いに降りてこい。着替えは風呂に置いてっから。」

 そう言うと、手をヒラヒラと振りながら、コーは部屋を出ていった。


 マジ、どういうことだろう。

 こんなに寝たのは生まれて初めてだった。

 なんだか、身体がカチコチだし、信じられないぐらい腹が減っている。

 それがコーの言葉が正しい証拠のような気がして、驚いていた。

 だいたい静流は小さい頃からちょっと神経質なところがあって、どっちかっていうと眠りが浅く、ショートスリーパーだ。

 そういうこともあって、昨日、いや、もう一昨日か、車で爆睡していたことにも、自分でも驚いていたんだけど・・・


 ま、いいか。

 世話になってる身で、これ以上寝こけているわけにもいかない、と、風呂に向かい、シャワーを浴びた。

 脱衣所には、下着まで用意されていて、綿100パーセントのものすごく着心地が良いシンプルなものだった。

 服を着ると、階下に降りて、ダイニングへと向かう。



 「遅ぇよ。」

 姿を見るなり、コーが吠えた。

 フフフ、とキオが笑う。

 「本当に仲良くなったね。安心したよ。」

 「あの、なんか1日以上寝てたみたいで、その、迷惑かけてすみませんでした。」

 静流は、そんなキオに、しどろもどろに礼を言う。

 「やだなぁ、僕にもコーショー君とかみっちゃんみたいに、気安くして欲しいなぁ。」

 「でも、弁護士さんは・・・」

 バシッと、ものすごい勢いで横に来たコーに静流は頭をはたかれる。

 何をする、と睨むと、コーは腰に手を当てて言う。

 「キオ、だ。言ったよな。キオって言ってやれ。」

 「あ・・・あ、と、うん。」

 チラッとキオを見ると、ちょっと困ったような寂しげな顔をしていた。

 そういえばキオって言わなきゃ悲しむ、とか言ってたっけ?

 そんなことすっかり忘れてたけど。

 ていうか、弁護士なんだったらそれでいいと思うのだけれど・・・


 「えっと・・・キオさん?」

 おそるおそる言うと、こういうのをパッと花が開いたような、というのだろうか。

 静流にとって、キオはなんていうか得体の知れない怖いというか、不気味なイメージだったけど、なんでそんな風に思ったんだろう、と思うぐらい、なんていうか純真な笑顔、っていうのか、屈託のない笑顔だった。


 「あの。えっと・・・それじゃあ、キオさん?ご迷惑をおかけしました。ご飯も用意してもらったみたいで、とりあえず、それを食べたらお暇するんで。」

 「だめだよ。」

 「へ?」

 「しぃちゃんは、しばらくうちにいるから。」

 「え?いやいや。そもそも僕、日帰りで弁護士さんに会う予定で来ただけであって、お泊まりとか。遠出とか、まったく考えてなかったし・・・」

 「うん、それは分かる。家が心配、かな?こういっちゃなんだけど、別にペットもないし、学校や仕事があるわけでもない。急いで帰る必要はないよね?」

 「それはそうですけど。」

 「ま、いいや。まずはご飯食べて。話はそれからね。」


 はぁ、と言いながら静流は食卓に着いた。


 「・・・ジャック・オー・ランタン?・・・とカボチャ?」

 目の前に並ぶ料理と、所狭しとテーブルに鎮座するカボチャでできた大小の顔を見て、静流は首を傾げる。

 カボチャのサラダとパンプキンスープ、食パンの横にはカボチャのペーストが添えられている。まさにカボチャのオンパレードだ。

 「うん。たくさんカボチャもらっちゃったからね。」


 そもそもジャック・オー・ランタンって、ハロウィンのだよね?今は3月だよね?季節すら違うし・・・静流は、こっそりと、そう思った。

 それに、このパターン、なんかデジャヴだ。前はエビだったけど・・・


 「ププププ・・・ほら見ろ。これが普通の反応だって。あ、しぃ、これ、キオへの貢ぎ物だから。大量にもらって捌けられないと思ったら、とにかくそれ流しの料理が延々続くからな。」

 コーが、静流を見て、キオと静流に言う。

 「でも、ちゃんと使わなきゃもったいないでしょ?」

 「限度ってものがあるんだよ。まぁ、キオの料理は美味いからいいんだけどさ。」

 「もうっ。って、しぃちゃん。しぃちゃんはどんなカボチャ料理が好き?まだまだいっぱいあるからリクエストしてね?」

 「はぁ・・・」

 カボチャ料理なんて、そんなに知らないよ、という心の声を、静流は発することが出来なかった。


 そんな、ある意味賑やかでほっこりした朝食が終わり、ソファへと移った静流たちだったが・・・・


 「しぃちゃんは、舞財を継承する、それでいいんだね。」

 そう言ったキオの顔は、厳かで、やっぱり怖い、と、思った。

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