第20話

 とりあえず戻ろう。

 そういうことになって、元来た洞窟を逆にたどる。

 家を出るときに、指輪を隠すよう言われ、再び組紐のような物が渡された。

 静流は、黙って紐を受け取り、指輪を通すと首にかけ、シャツの下にしまう。


 そうして踏み出した洞窟の道。

 行くときには、長く感じたが、帰りは意外と時間がかかったようには思えなかった。

 すぐに、広場のようなところにたどり着く。

 と、そこに見たことのあるような人物が、おまわりさんの1人と立っていた。

 その人と制服警察官は、こちらの姿を見ると、深々とお辞儀をする。


 「何?」

 静流は、満達に訪ねた。

 「さっきの件の言い訳でもしに来たのでしょう。」

 「さっき?」

 「襲撃事件だよ。おまえまさかもう忘れたのか?」

 コーが呆れたように言う。

 いや、さすがに忘れたわけじゃない。

 けど、その後の写真とか、引き継ぎとか、そんなことでいっぱいいっぱいで、なんか遠い出来事に感じていただけだ。

 それにしても、あれからたった数時間、むちゃくちゃ濃い時間だよな、と、静流は独りごちた。


 満が、静流を背で隠すように前に出る。


 「何か用ですか。」

 「お詫びと、少々のご報告に。」

 その人物がこっちを見つつ、軽く目を伏せて、言う。

 それは、この洞窟へと連れてきてくれた袴姿の女性だった。

 ピンと張った背筋が凜々しいが、その表情は優れない。


 「聞こう。」

 無表情に、満が言う。

 「何者かに扉が破られました。気がついてすぐ、追ったのですが、力が散らされていて、追うことができませんでした。申し訳ありません。」

 「それについては本官が補足を。応援に駆けつけた我々が解錠を要請した折、扉の破壊を確認。我々はそのまま中へと入りましたが、お嬢様は館へと報告に戻られました。我々は高尚さんの電話をトレースしておりましたので、道に迷うことはなかったのですが、どうやら飯家の場合は違ったようで、力が散らされていたらしく、ここに人数を割り当てていたようです。これは容疑者の搬送の折、ここで再会して、確認しております。」

 「まじかぁ。」

 そういうと、コーは懐からなにやら道具を取りだし、呪文みたいなものを捕らえると、それを差し出してグルッと一周した。

 「うわっ、ノイズ、すげぇ。」

 満に向かって、そう言う。

 「なるほど。これをやったのも舞財明楽でしょうね。しかし我々が来てすぐに連絡でもいかなければ、あのタイミングで彼が駆けつけられるでしょうか?」

 「わかっております。情報を漏らした者の特定を急いでおります。」

 袴の女性が言う。

 「分かりました。そこはお任せします。ただしひとつだけ。我々はキオの意志を受けて動いております。その点、くれぐれもお忘れなきように。」

 「もちろんです。」

 「では、ここはお任せします。これを。」

 満は懐から、竹で出来た鳥のような物を取り出した。

 この洞窟に入る際、この女の人から預かった物だ。

 「それはお持ちいただいて結構です。いつでもお呼び出しいただければ・・・」

 「いえ、結構。こいつに何か仕込まれていてもかないませんからね。」

 「そんなこと!」

 「ないと?ふふ、まぁいいでしょ。とりあえずお返しします。飯家のルートをしばらくは使わないでしょうし。」

 「あ、そんな・・・あの、もう遅いです。我が家でおくつろぎを。夕食と寝間をご用意しております。」

 「だから、結構。この状況で長居する気はない。我々はこれで。」


 え?

 え?


 なんだか、つっけんどんな物言いに、静流は驚いて、満と女性を交互に見た。

 満は、完全に無表情。

 モデルみたいに整っているだけに、この無表情は怖い。

 魔王、なんていう単語が静流の頭に浮かんだ。


 逆に、袴の女性。

 言い返したくても言い返せない、そんな堪えるような表情をしていた。

 よく見ると、握り混んだ拳に爪を立てていて、うっすらと血もにじんでいる。

 なんだか、ひどいいじめを見ているようで、静流は狼狽え、また、物問いたげに満を仰ぎ見る。


 が。


 そんな静流をも無視するかのように、満はその女性の横を無表情で通り過ぎ、出口へと歩き始めた。

 「ちょっと。」

 「いいから、行くぞ。」

 そんな静流の腕を掴み、コーが満の後を追った。

 コーも、満と同じく、振り返りもしない。


 「高尚さん。確保した連中ですが。」


 だが後方へ控える警察官が、その横を通り過ぎたコーに、問いかける。

 「ああ、まかせるよ。どうせたいした情報はないだろうけど、あんまり扱いにくかったら連絡して。」

 「了解しました。」

 コーはそれだけの会話で、あとは後ろを振り返ることもなく、静流を引きずるように、歩き出した。



 「ねぇ、いいの?放って来ちゃって。」

 しばらく無言で歩いていたが、何度も後方を振り返っていた静流が、腕を引くコーの腕を、逆に引っ張って、そう言った。

 「ああ、良いんだよ。」

 「でもさ。」

 「あのな、しぃ。あの家に行くには特殊な段取りやら何やらが必要なんだ。あの家の主に無断で訪問なんて、やっちゃだめなんだ。そもそも普通は許可なくたどり着けはしない。だが、明楽はやってきた。反則を使ったってことだ。なぜか。お前がいたからだ。あの家にまっすぐたどりつける、しぃがいたからなんだ。やつはたまたま今日しぃが来ることが分かってた?あり得ないだろう。昨日急遽決まったんだ。知っているのは、俺たちとキオだけだ。そして、ここの扉を管理する飯家の連中だな。ちなみに、来ることの連絡はしていない。飯家の連中はここの扉を守ることが仕事で、その開閉は、常に可能であるように準備しているんだ。だから前もってここに来る、なんてことは言う必要がないんだ。それにな、彼らは本来、目的地が分からないハズなんだ。あそこから行けるのは舞財の屋敷だけじゃないからな。」

 「えっと、・・・・どういうこと?」

 「広くなったところは、奥に向かう通路がいくつもあっただろ?あそこはそれぞれどこかに繋がっている。いや、ややこしいか。・・・しぃは立体駐車場って分かるか?」

 「え?まぁ。」

 「ビルに預かるタイプな。車を入れると、空きスペースに自動で車を運ぶだろ?あれをイメージすればいい。」

 「えっと、どういうこと?」

 「つまりな、あの洞窟の先は、それぞれが持つ鍵があって初めて、正しい場所に繋がるんだよ。同じ入り口から入っても、繋がった場所にしか行けない。地上で車を入れると、任意の指定した駐車スペースに運ばれるみたいに、あるところから入っても、目的地は一緒じゃないんだ。」

 静流はこんがらがって、目を白黒させた。

 「はいはい。分かんなくても今はいいから、さっさと洞窟抜けて、帰るぞ。」

 しゃべりながらのためか、ついつい足が遅くなる二人に満が声をかける。


 間もなく到着した山の中は、もうすっかり暗がりで、慌てて車へと歩み寄った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る