第19話

 満に引きずられるように階段を上った。


 さっきは弾かれて、上に上がれなかった二人だが、静流の手を握っている、それだけで、嘘のように一緒に上ることが出来たようだ。

 結界、とか口走っていたが、これが高度なセキュリティシステムなのか、高度な魔法なのか、よくわかんないな、そんな感想を静流は抱く。

 なんていうか、今日出会った出来事は、何もかもが空想の中のようで、呪術だろうが魔法だろうが結界だろうが、何があったっておかしくないって思う。

 科学的にも説明できること、っていうのが、本当に科学的なものなのか、ってことと同じじゃないのでは?なんていう、思考の罠にかかりそうだ。


 それでも・・・・


 それでも、静流は知らなかった曾祖母の、大切にしたであろう場所にいる。

 普通にしていたら、ここは永遠に自分の知らない場所だった、そう思うと、いろいろ厄介で困った人達ばかりにオロオロしたことも無駄ではなかった、という気になる。


 強引で秘密主義だけど、悪い人じゃない。静流がそう思える人に会えるのは、相当貴重なことだ、と静流本人ですら思っていた。


 そもそもが、人との関わりを怖れていた節がある。

 かわいそうな子と思われ、容姿も相まって、必要以上に接近してくる人々に、物心ついた頃から恐怖と不快感を覚えた。

 気付くと、人には極力近づかないように、また、近づく者には、できるだけ中に踏み込まれないように、そんなことばかり気にして暮らしてきたように思う。

 だから、幼なじみのいじめっ子たちからは、いじめられる前にパシリを自ら買って出て、出来るだけ側にいなくても不自然じゃないように振る舞ったんだと思う。

 それを見て、いじめっ子達にクレームを言う者達からも極力逃げて、一人でいられる時間を確保するようにしていた。

 誰とも仲良く話していない、と大人達が判断すれば、今度は大人達が構ってくる。

 それはそれで嫌だったので、当たり障りのない会話だけはキープしつつ、人の顔色をうかがうことだけが上手くなっていった、そんな静流だった。


 だけど・・・・


 なんだかこの二人に対しては、そんな顔色を伺うようなことはせず、自然と接している。否。それは嘘だ。顔色を伺おうとしてもさせてくれない、というのが本当のところか。それに戸惑いつつも、静流はなんとなく悪くない、そんな気にさせられていた。



 「上がったところが納屋だったな。静流の写真にも興味はあるが、まずはここからだ。」

 「写真は勘弁はして欲しいな。」 

 「ま、それは追々な。」

 満と静流でそんなことを話していると、追い抜いたコーが、ガタガタと木戸を揺らしていた。

 やはり、馬鹿力のコーでも開くことはなく、開かなかったのに満足そうにしている。

 「ん、これだな。家の方じゃここに鍵穴があるんじゃないのか?」

 普通に鍵穴のある場所をコーは指さして言った。

 確かに、家の方ではそこは鍵穴で、小さな鍵で施錠していた。

 しかし、ここの木戸には、鍵穴がある場所は、微妙に色が違う板のような物がはめ込まれており、鍵穴はない。

 「さっき、右目に光が入っただろ?そっちの目でここを覗いてみ。」

 コーに手招きされて、静流は屈み込む。

 言われたとおり、本来鍵穴のある場所を右目で覗いてみた。


 すると不思議なことに、目が光を放ち、その鍵穴部分を照らす。

 カチッと音がして、それを合図にコーが引き戸を引いた。


 「どうなってんの?」

 思わず右目を押さえて言う。

 静流の目はうっすらと輝いていて、車のヘッドライトのようだ。

 そんな自分の様子は目に見えないけれど、目の前がぼんやり光っているようで、視力が怪しい。

 時間にして5秒か10秒か。

 その程度で、目の光はゆっくりと収まっていく。

 それにともない、静流の視力は戻っていって、思わず止めていた息を吐き出した。


 「やっぱりそうか。わかりやすく言うと網膜認証みたいなもんだ。瞳にある模様を焼き付けて、それを鍵としている。ここみたいに鍵穴に相当するもんがないかぎり、生活に影響はないから安心しろ。」

 「いやいや、何それ?怖っ。目に焼き付け、って、病院で手術するレベルの話でしょ?なんでコンタクトレンスみたいなのが光ってそんなことなるのかな?おかしいでしょ!!」

 「そうでもないぞ。目の手術だが、網膜焼くぐらいなら、時間は同じようなもんだ。これは、キオ特製の技術で、いったんさっきのコンタクトレンズみたいなのに焼き付けておき、条件付きで転写したんだろうな。」

 「いや、だから、なんでそんなことを。」

 「ぎゃあぎゃあうるさいな。先代のカエデばぁが、頼んだんだろうさ。鍵の持ち主に、生体キーを施せってな。」

 「ばぁちゃんが?」

 「ああ、そこは確かだ。」

 「・・・・だったら仕方ない、か・・・」

 「お前って、ほんとうにばぁちゃんッ子だなぁ。」

 「うるさい!」


 二人で言い合っていると、静流は襟首をつかまれ、引きずられた。

 「今度は何?」

 怒りをにじませながら静流は言う。

 「だから、中の確認だろ。遊ぶのは後だ。」

 襟首を話ながら、コーがそんな風に言う。

 仕事云々を言うのは満か、と思っていただけに意外だな、と静流は思った。

 「早く、中を見ようぜ。」

 ・・・違った。

 中が気になってしょうがない、そのための行動だったようだ。

 静流は、ハーッと深いため息をつき、襟首を掴む手をはねのけながら、納屋に入っていく。




 「すごいな。」

 つぶやいたのは満だったか。


 そこにあったのは大量の書物や巻物。

 あとは、それこそ呪術に使いそうな、怪しげな輪や鈴。杖や刀みたいなのもあった。

 静流はその物量と、見たことのない和紙で綴られた書物や巻物が、なんかすごい、と思っただけだったが、他の二人は違うようだ。

 今まで、我を忘れて息をのむ、なんていう光景は見ることがなかった。

 が明らかに二人は息をのんで静かに興奮していた。


 「静流、この価値は、静流には分からない、だろうね。」

 「あ、まあ・・・」

 「これだけで、この国が買えますよ。冗談抜きにね。」

 いつの間にか、満の口調は丁寧なものになっている。

 「そんなにすごい物なの?」

 「ああ、すごくて、すごすぎて失神しそうだ。」

 「あの・・・僕にはこの価値は分かんない。その・・宝の持ち腐れっていうのかな、だったら満さん、持ってってよ。価値の分かる人に持ってもらって・・・」


 パチン!


 静流が言っている途中に、頬が爆ぜた。

 大きな音と、後から襲ってくる熱に、驚いて手で頬を覆う。

 一体何が起こった?

 殴られ慣れていない静流は、自分の身に何が起こったか分からず、目をむいた。


 どうやら自分は満に頬をはたかれたようだ、そう確信したのは、見上げた満が鬼の形相で自分を見ていたからだった。

 一体なんだ?

 今のセリフに、どこに殴られる要素があった?

 単純に価値が分かる満がこれを持っていた方がいい、と、そう思い、そう言っただけなのに。


 「はぁ。君って子は、もう。」

 そんな静流の様子を見て、大きく深呼吸した満は、そう言った。

 恐ろしかった表情は、逆にものすごく優しげで、いとおしそうに静流を見ている、と感じた。

 一体、なんだ?


 「はぁ。いいかい静流。これは貴重な物で、守るべき物だ。静流はここを引き継ぎ、いずれ次代へとこれを繋がねばならない。簡単に人にあげる、なんて言っちゃダメだ。」

 「でも僕は価値なんて分からないから・・・」

 「はぁ。そうだな。だからこの価値が分からなきゃならない。分かるように学ばなきゃならないんた。決めたのはお前だ。カエデからバトンを受けたのは、これを守る使命だ。今は分からないだろうが、これは人類の英知で、使いようによっては善にも悪にもなる物だ。カエデはこれを、人類の英知を、愛し、守ってきたんだ。そしてその責務を、自分が愛し育てた静流に担って欲しいと思ったんだろう。そして同じくらい、そんな責務は担って欲しくない、とも。きっと彼女は自分で決められなかった。知る人は賢者なんて呼んだ、そんな彼女でさえ、静流を巻き込んで良いか否か、決められなかったんだろうな。」

 「あ・・・その・・・・」

 「どうする、静流。最後の機会だ。やっぱりここを継ぐのはやめるか?キオならそれも受け入れるだろう。」

 「そうしたら、僕はどうなるの?ここにはもう来れない?」

 「ここに来ることはできないだろうな。写真とか言っていたか。それが特異なものでなければ、それぐらいは持ち出しが認められるだろうが、ここを出たら静流が次にここを訪れることはないだろう。だが、キオとカエデのことだ。それでも今後の生活に困るようなことはないだろう。今住んでいる家と、表向きの財産は、ちゃんと静流に渡るよう、手続きが行われるはずだ。」

 「ここは、こっちの家は、ばぁちゃんが、自分のために好きなように過ごせた、そんな家だったんだと思う。」

 「ああ。」

 「誰にも気遣うことなく、僕のわがままも気にせず、幸せな時間を過ごしたんだろう。」

 「そうだな。」

 「そんなばぁちゃんの家に、二度と来れないなんていやだ。」

 「そっか。」

 「ばぁちゃんが頑張って守ってきた物を僕だって守っていきたい。」

 「それは、想像以上に大変なことだと思うぞ。」

 「それでも・・・」

 「そっか。なら、守れるようにたくさん学ばねばな。」

 「う、うん。」

 「そんな不安そうな顔をするな。俺がしっかり仕込んでやるさ。キオだってそのつもりで俺を同行させたんだろう。」

 「え?」

 「俺の専門は、こういうのだからな。」

 「?」

 「文科省の公務員だって言ったろう?日本中の遺物や古文書の管理・保護が仕事でね。」

 「・・・そうなんだ。」

 「ま、覚悟しとけよ。俺は甘くないからな。」

 「そこは、ちょっと・・・お手柔らかに。」

 「フン。泣いても容赦するつもりはない。」

 「ゲッ。」


 「シッシッシッ・・・」

 そんな会話をする二人を、頭の後ろで手を組んだコーがニヤニヤと見つめているのに、静流はまったく気付いていなかった。

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