第18話

 台所の物の配置は、ほぼ家と同じようで、しかもどうやら電気も使えるようだった。

 台所は土間だけど、レンジはIHだ。

 静流は、いつもどおりのところに茶葉もヤカン、急須も、湯飲みもあることを確認し、3人分の茶を入れた。

 いつもどおりのところにあるトレイに入れて、客間へと運ぶ。


 「ふー、生き返る~。」

 「ったく、どこのじじいだよ。」

 静流のため息じみた感想に、コーが突っ込んだ。



 玄関先には手錠を嵌められた男達が転がっている。

 本当に忍者みたいな恰好をしていて、なんのコスプレかと思うけど、頭巾を取ったその顔は、一人は茶髪に鼻ピーまでしてるし、もう一人はチリチリのパーマに眉上の入れ墨だ。

 どう考えても、ヤバイ人でしょ、そう、静流はコーが頭巾を引っぺがしたときに思ったものだった。

 コーはその顔を見て、「やっぱりお前らか~」と頭を掻いていたから、誰か知っているのだろう。

 上の納戸を調べるのは、この二人を引き渡した後にする、という満の言葉で、今は休憩中。そこで台所をチェックして、静流はお茶をいれたのだけど。



 この二人の身柄は、どうやらキオ経由で警察官が引き取りに来る、らしい。

 こんな洞窟の中でも携帯つながるんだな、と思っていたら、特殊な携帯らしく、繋がるのはキオへだけだという。

 それは本当に携帯なのか?という疑問がないわけではないが、見た目は今時見ない二つ折りのガラケーそのものだし、考えないようにしよう、そう静流は飲み込んだ。


 二人の解説によると、ここに到着するのは、基本的には、あの鍵(指輪という語は、転がっている二人を意識して使っていない)がないと無理、なんだそうだ。

 ただし、あれから出ていたレーザーポインターみたいな光は特殊な波動を帯びていて、その波動はしばらく残留するから、それをキャッチする道具があれば、追跡が可能というわけだ。

 その波動っていうのが、科学なのか呪術なのか、微妙な言い回しがされたのが、気になるところではあるけれど。


 普通、その波動を追うことは可能ではあるが、叔父を名乗る人物が、この建物まで入って来れたのは、ひとえに血の問題らしい。

 玄関で、血か鍵かっていう二択を満にされたけど、あれは別に冗談じゃなくて、一族の血、つまりDNAがあれば解錠できるのだそうだ。

 ただし、血だけの場合はいろいろと面倒で、血の量もそこそこ必要なのだとか。

 そもそも鍵は、二段階認証みたいなもので、鍵に血を垂らし、そしてそれを身体に接触させることによって、静脈だか、指紋だか、脳波だか、なにか分からないけど、指から出てる何かで、持ち主の固定が行われ、それが認めたオンリーワンのみが、その鍵の持ち主として、あらゆる解錠が可能になる、らしい。解錠にはその生体認証のために、登録した人が生きて触っているって事が必要らしい。

 「だって、そうしないと、指を手に入れて鍵を使う、なんてことができるだろう?」

 そんな風に小声でコーが言ったときには、静流はちょっと震え上がってしまったけれど。


 血を垂らし、指輪をはめたことで、静流はこの指輪の持ち主になった。

 キオに聞いたことだが、と言った上で満が言うには、そもそも前の持ち主が認めなければ、鍵の継承はできないのだそうだ。

 本来は、前者から後者へとかなり煩雑な手続きがいるらしい。

 「昔風に言うと、儀式がいる、ってことだな。」

 コーがそう言って、ニヒヒと静流に向けて笑った。

 「それを認証システムで簡素化できるらしい。間にキオの承認、を挟むんだとさ。」

 満が言う。

 キオには特殊な技術がたくさんあって、それを頼っていろんな人がやってくる。ばぁちゃんもそんな一人で、鍵の引き継ぎについて、なんらかの話をキオにはしているだろうとのことだ。聞くならキオに聞け、と、そう言われてしまったのだが。

 「どっちにしろ明楽に鍵が渡ることはない。キオが認めない。」

 満は、そう強く言い切った。



 そうこうしているうちに、本当に警察官がやってきた。

 まさかの制服を着たおまわりさんが6人である。

 玄関をノックされ、コーが普通に出て引き渡していたが、どうやら知り合いのようで、カエデばぁさんがどうの、と、楽しげに話していて、満にさっさとしろ、と怒られていた。



 「で、静流。お前の見つけたお宝ってのはなんだったんだ。」

 3人だけになって、満が聞く。

 「あぁ・・・なんて言うか、思い出?」

 「思い出?」

 「はは。あのさ、上には僕の写真がいっぱい貼ってあった。それと、死んだ両親と祖父母が僕を抱いてる写真。」

 一瞬、ポカンとする満。

 が、ハハハハ、と、腹を抱えて笑い出した。

 「ハハハ。そりゃお宝だ。お前とばぁさんたちだけのお宝だな。こりゃいい。いや、むしろ見せてやったら、余計にやつはショックだったんじゃないか?ハハハハ、こりゃ傑作だ。」

 「何がおかしいのさ!」

 静流は拗ねたように言う。

 「まさか明楽も、違うもんについて言い合いしているとは思ってなかったってことさ。」

 「どういうこと?」

 「明楽は、おそらくここに舞財家にとって重要なお宝がある、と思っている。正直俺たちもな。だが、ばぁさんにとっても静流にとっても、そんなもんより写真の方がずっと大事なんだろうけどな。俺の推測だが、例の納戸の中にあるのが、やつの狙ってたもんじゃないのか?」

 「え、そうなの?」

 「ま、そうかどうか、調べに行くとしようか。鍵、わかるんだな?」

 「家と一緒なら、ね。」



 静流は立ちあがって、仏壇へと向かう。

 仏壇の真ん中にある小さな仏像を取り出すと、裏を向けた。

 「あれ?」

 静流は首を傾げる。

 納戸の鍵は、家ならこの仏像の底に貼り付けていたのだけれど・・・・


 と、その時。


 ぽわーんと、指輪が光った。

 光が仏像の底を照らす。

 カチッと、小さな音がして、乾電池の蓋のように、底がパコッと開いた。

 その開いた内側が、なにやらひときわ強く光る。

 

 小さくて薄い、コンタクトレンズのような物が、ポロッと光ったまま落ちてきた。

 「何コレ?」

 静流は手のひらに乗っかった、その光を見る。

 目の前に掲げて、じっくりと。

 光が強くて、よく見えないや。そんなことを思いながら、さらに見つめること数秒。

 ピカッ。

 フラッシュのような強い光が、突然静流の手の中ではじける。

 ウワッ、と思わず目を瞑り、顔を伏せるも光の方が速くて・・・


 「なんだ?」

 その様子を見守っていた満とコーが、思わず口にする。

 二人の目には、光が静流の目に吸い込まれるように見えた。


 しばらくして。


 フラッシュの残像も消え、目をパチパチとする静流は、その手の中にある小さなコンタクトレンズみたいなものが白く縮まって、光を失っていることに気付いた。


 「あの、これ・・・・」

 やっちゃった?そんな様子で、手を二人に差し出す。

 白くなったそのシート状の物を二人は訝しげに見ると、満が静流の身体をくるりと自分に向け、顎をクイッと上に上げた。

 そうして、目をのぞき込む。

 「はっ、やられたな。」

 満がつぶやく。

 「どうした?」

 コーが訝しげに聞いた。

 「いいから、見てみろよ。」

 顎を渡すようにコーに譲ると、コーも静流の顎を持って、瞳をのぞき込む。

 「あー・・・。キオ、だな?」

 「まぁそうだな。カエデの頼みだろうが・・・」

 「こいつ、使う気満々じゃん。」

 「とんだ道化、いや、明楽をおびき出し、こいつのやる気に火をつけたってところで、正解ってか?」

 「あの・・・・」


 二人だけで怒ったり納得いったような、分かり合ったような言動に、置いて行かれた静流が、おずおずと、声をかけた。


 「おっと、しぃは気にすんな。そうだな。多分上の納屋の鍵は手に入ったってことだな。」

 「えっ?」

 「まぁ行けば分かる。静流、上に行くぞ。」

 静流の手をガシッと掴み、満が歩き出した。


 「ちょっとー!」

 半分引きずられる形でずんずん静流は満に連れられて行った。

 「まぁ、しゃあないなぁ。」

 一つ肩をすくめたコーが、反対側の開いている静流の手をガシッと掴んでついていった。

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