第16話

 「あ、鍵・・・」

 涙を拭った静流は、納戸の前に立つと、その閉ざされた扉に戸惑った。

 自宅と同じように、そこは施錠されていて、その鍵の在処を静流は知らなかった。

 いや、家と同じならば・・・

 そう静流は思う。

 家の方の納戸の鍵の在処なら知っている。


 だが、あそこに鍵があったとして、ここを開けていいものか、静流は判断に迷った。

 (二人を呼ぶか?)

 静流は考える。

 確かに二階はプライベート空間で、ここの物を見るに、ばぁちゃんがここの持ち主だという、皆の話は間違いないのだろう。

 なんだか不思議な気持ちだ、そう思いつつも、見える範囲にあるのは写真だけ。

 とくに納戸だけにしてと言えば、無理に二人が奥へ行くことはないだろう。

 それに、納戸に関しては、自分より二人に見てもらった方が良い気がする、下の納戸の経験上そう決めて、鍵を探し二人に納戸を見てもらうことにした。



 静流は階下に降りる。

 客間にあぐらを掻いて座り、持ってきたペットボトルのお茶を飲んでゆっくりしている二人の姿があった。

 「おう、もういいのか?」

 丹川、いや、コーが言う。

 「んー、ちょっと一緒に来てもらおうかと思って。」

 「何かあったんですか?」

 「いや、納戸があるからさ。下より小さいけど、鍵がかかってるし、家でも貴重品入れてるから、一緒に見てもらった方がいいかと思って。」

 「鍵?」

 「うん。ここにも同じ場所に鍵を入れてればいいんだけど・・・」

 

 そう言いながら二人の後ろを通っていく。


 と、そのとき。



 ガラガラ・・・


 !


 二人が弾かれたように立ちあがる。


 明らかに玄関が開けられる音。

 なんで?


 ビックリして立ち止まった静流は玄関の方を見る。


 入った後、ちゃんと玄関は閉めた。

 実は、入るとき、コーがいったん外から閉めて、再び外からは開かないことを確認していたのを、静流は見ていた。

 中からは開くようで、満に開けてもらい入ってきていたのだ。

 そこから考えて、鍵もないのに開くはずはないのだけれど・・・・


 音を聞き、即座に反応する二人。

 立ち上がり、ちょうど後ろを通過するところだった静流を、満は抱き寄せて、体の中に庇う。長身の満の胸ほどしかない静流は、完全に懐に入った形になった。


 その二人の前に、構えるのはコーだ。

 まるで戦隊ヒーローみたいに、腰を落として、空手チョップみたいに腕を前に掲げている。

 その目は、ひた、と、玄関扉に釘付けされていて、まるでナイフのような鋭い光を放っていた。


 「何?」

 静流がつぶやく。

 「シーッ。黙って。」

 満がカタい口調で言う。


 開いた扉からジャンピングするように廊下に飛び入ってきたのは、黒づくめの忍者みたいな恰好の人が3人。

 なんか、コーと同じように、腰を低くして、空手チョップの構えをしている。


 「なんだお前ら!」

 コーが鋭く問う。が、3人は無言でこちらを見たままだ。


 「おやおや、それはご挨拶ですね。」


 その時、後ろから、スーツの男が入ってきて、言った。


 「誰だ?」

 コーが聞く。

 「それはこっちのセリフでしょう。ここは舞財の屋敷だと記憶していますが?」

 男が言った。

 「ほー。舞財明楽あきら、か。」

 満が言う。

 「君は・・・ふ、城之澤のところの?」

 ギュッと筋肉が緊張するのが、抱えられている静流には分かった。

 知り合い、か?


 「さてさて、やっと見つかった、というところでしょうか。まったくおばあさまにも困ったものだ。舞財の宝は個人で所有する物ではないというのに。」

 どういうこと?

 そんな思いで、静流は満を仰ぎ見る。

 そんな静流の頭を、こちらも見ずに、自分の胸へと押しつけた。

 「ん?ひょっとして、その子は姉さんの?」

 「お前には関係ない。」

 「いやいや関係あるでしょ。姉さんの子っていうんなら、私が唯一の肉親だ。ねぇ、君、なんて名前だい?私は舞財明楽、早耶香の弟だ。」

 え?

 死んだ母さんの名は旧姓舞財早耶香だ。

 僕が知っているのはそれだけ・・・いや、ついさっき顔も知ったけど・・・

 でも、親戚がいるなんて、ばぁちゃんからもじぃちゃんからも聞いたことはなかった。

 なんでだ?


 だが、口を開こうにも、満が顔を胸に押しつけていて、開くことが出来なかった。

 この人も、無駄に力が強い。

 ぴくりとも顔を動かすことが出来ないし、頭と手をギュッと押さえつけられて、身動きができなかった。


 「城之澤の。うちの子を離してくれませんかね。」

 「断る。」

 「はぁ。なんの権利があって、その子を確保している?どうせここの宝を盗もうとでも言うのだろう?」

 「それはお前だろう?飯家にでも張り付いて、情報を盗んだか?どうせ今までここにたどり着けずに燻っていたのだろう?導きの光の残滓でも追ったか?」

 「チッ。おまえらには関係ない。ここは舞財の遺産だ。余所者は即刻去れ。」

 「その舞財の遺産を貴様らから遠ざけようと、ご当主があの方を頼ったのは、知っているだろう?」

 「それは、年老いたおばあさまが、先を見通せなかっただけだ。私が優秀なのを怖れたおばぁさまの猿知恵だ。」

 「ふん。いずれにしろ、ここの権利は貴様には、ない。自力でたどり着けない以上、それは明らかだ。」

 「そいつだろう?そいつがここの鍵を持っているのだろう?さぁ、姉さんの子よ。私に鍵を寄こしなさい。それを渡しさえすれば、もう怖い思いをすることもなくなるのだよ。」


 鍵?

 これ?

 そういえば、満はずっと、静流の頭と手を押さえていた。

 静流の手と満の手では大きさが全然違う。

 完全に指輪ごと、男の視線から隠していたのだろう。


 この人はお母さんの弟だって言う。

 でもそんな人は知らない。聞いたことがない。

 それに、なんか嫌だ。

 猫なで声が嫌だ。

 満と話す傲慢な態度が嫌だ。

 こちらに対する、上から目線の発言が嫌だ。

 何が嫌って、ばぁちゃんを馬鹿にする、そんな態度が我慢ならない。

 誰が先を見通せない、だ。

 誰が猿知恵だ。

 ばぁちゃんは、いつでも先の先まで見通していたよ。

 人の悲しむことは絶対やらないし、言われる前に気付いて、最善を取ろうとする。

 それでなきゃ、僕が頼みもしないのに、目の前から写真をなくして、こっそりこんなところに飾ったりしない。

 きっと、僕が弁護士さんのところに行くようにしたのも、指輪を渡したのも、この人にここを、この大事な思い出が詰まった家を、渡したくなかったからだ。

 だったらこの人のことを、叔父さんだからって、そう扱う必要はないだろう。

 だって、ばぁちゃんたちは、親戚はいないって言ってたんだから。

 こんな人より、育ててくれた人達を信じる。

 たとえ血が繋がっていたって、この人は僕の親戚なんかじゃない。



 静流はそんな風に決意すると、無理矢理深呼吸をした。

 それに気付いた満が、少し驚いたように下を覗く。

 「大丈夫です、僕は大丈夫。」

 下を向くことで圧が少し弱まったことから口を開けることが出来た静流は、満にだけ聞こえるような声で、小さくそう言った。


 満はちょっと思案の後、頷いて、頭の手をどけてくれる。

 まだ覆われていた手は、きっと指輪を隠してくれているのだろう。

 決意はしたものの、細かく震えるその身体を押し殺すように、満に包まれた手で、ギュッと満のシャツを掴む。

 我ながら情けないな、そう思いつつ、シャツを掴んだまま静流は、叔父だという男の方を向いた。



 「鍵?」

 静流は聞く。

 彼の関心事は、それにつきる、と直感したから。

 「そうだ鍵だ。ああ、君が姉さんの子かい?ああそっくりだ。魔性とまで言われた姉さんにそっくりだね。」

 「魔性?」

 「そうさ。その大きな目と整った顔立ちで、いつもみんなの注目の的だったよ。みんな姉さんのことばかり見て、私のことなど気にもしなかった。だがどうだ。姉さんは死に、私はここにいる。姉さんと違って君なら私を立ててくれるだろう?たった二人っきりの家族なんだから。」

 「何を言ってるの?」

 「ああそうだね。そうだ。まずは鍵だ。あのおばあさまから鍵を預かったんだろう?あれは、君から私に渡すようにと預けた物なんだ。さぁ。返してくれないか?」

 「鍵って何?どんな形?」

 「鍵は鍵だろうが。いや石かな?ってか、ここを開けたんなら知ってるだろう?」

 「あなたは知らないの?」

 「それは・・・それは、まだ跡を継ぐ前だったからな。だが、姉は結婚して舞財から離れたんだ。だから間違いなく私が受け継ぐものなんだ。」

 「それはおかしいんじゃないかな?」

 「おかしい?」

 「だってそうでしょ?どんな物かも知らないのに渡せって言われても・・・それにね、弁護士さんが言ったよ。ばぁちゃんから預かった物は遺産の鍵で、それは僕のだって。」

 「それはやつが、おばあさまが、もうろくしていたからだ。さぁ、渡しなさい。それは私が持つべき物だ。」

 「弁護士を通してください。」

 「はぁ?」

 「だから弁護士を通せって言ってるの。僕はあなたなんか知らないし、親戚はいないってばぁちゃんたちから聞いてた。本当にばぁちゃんの遺族なら、弁護士を通して、相続のことは話してください。僕、未成年だし、お金の話をされても困ります。」

 「金の話じゃない。ここの権利の話だ。」

 「だからそれも込みで財産の話でしょ?僕みたいな子供だって、相続で仲の良い親戚でも泥沼の争いするって知ってるよ?弁護士がいるんだから、そっちを通すのが当たり前でしょ?」

 「ふざけんな!」

 「ふざけてないよ。それにね、遺産遺産って言ってるけど、この家が欲しいの?さっき宝って言ってなかった?」

 「宝に目がくらんだか!ガキがっ。子供の宝探しじゃないんだ。大人しく鍵を渡せ!」

 「あんたも分かんない人だなぁ。そうだよ。ここはばあちゃんの宝がいっぱい詰まっている。僕にとっても大事な大事な宝物だ。それが何か分かってるの?」

 「当たり前だ。お前みたいな子供にはその価値は分からん。ちゃんと使える舞財の直系、それは私だけだ!」

 「はぁ。さっき知ったよ。ばぁちゃんの宝物は僕にとっても大切な物だったよ。だからあんたには上げられない。これは、僕とばぁちゃんたちの物だ。」

 「チッ。話しにならん。そう強情だと、お前、両親と同じ目に遭うぞ。」

 「・・・どういうこと。」

 「大人しく鍵を渡せ。でなければ、ここで死ね!」

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