第15話

 納戸を見終わって、納戸に設置されてある階段へと向かう。

 台所やお風呂は、とりあえず放置だ。


 この家に入ってから、二人は静流の後ろから黙ってついてきていることもあり、静流は自分が先頭に、階段を上り始めた。


 「あっ。」

 どっちの声か分からないが、階段を中程まで上った静流の耳に、困惑するような声が届いた。

 静流が振り返ると、階下に顔を見合わせて、困った顔をしている二人がいる。

 「どうしたの?」

 「いや、どうやら2階は静流君専用のようですね。」

 「え?」

 「ここに指輪の持ち主しか通さない結界があるんだ。」

 「え?結界?」

 「あー、いや。その、セキュリティが強いバリアだバリア。非科学的とかじゃなくて、な?」

 「別に非科学的が嫌とかそんなんじゃないし・・・で、二人は指輪がないから上れないってこと?」

 「まぁ。」

 「えっと、上がる方法はないの?」

 「たぶん、しぃに触れていれば大丈夫だと思うが。」

 「だったら手を繋ぐ?」

 「いえ、とりあえず静流君だけ行ってください。もしかしたら他人には見せたくない物もあるでしょうし、確認してそれでも俺たちが見てもいいと思ったら、その時に見せてください。」

 「ま、それがいいか。これがある以上、危険はないと思うし、ゆっくり見てこい。時間は気にしなくて良いから。」

 「そうです。我々は下でお茶でもいただいてますね。」

 「あ・・・うん。分かった。」



 踵を返す二人を見送って、静流も階段を上っていく。

 2階の階段は納戸の外にあって、その分"上の納戸"は少し小さい。

 そのまま、12畳の和室の外回りに廊下を歩き、仏間の上に向かう。


 家ならば、1階の仏間の上が自分の部屋だ。

 ちなみに12畳の和室にあたるところが、曾祖父母の寝室で、客間にあたる部屋は共有のくつろぎスペースということになっていたが、テレビがあることもあって、主に静流のゲーム部屋みたいになっていた。

 ちなみに”上の納戸”には貴重品やら思い出の品やらが置いてあって、二人の生前には静流が入ることはなかった。特に禁止されていたわけではないが、二人の部屋の奥、ということもあって、なかなかに足を踏み入れがたい場所、という感じだったのだ。それに、上の納戸には鍵がかかっていたし。


 そんなことを思いつつ、自分の部屋にあたるところに入って、静流は息を呑んだ。


 その部屋には壁一面に写真が貼ってあった。

 全部静流のだ。

 赤ちゃんの静流。幼稚園の。小学校入学式。遠足。運動会。これは、中学校のか。

 どれも、無表情か、眩しそうな顔をしている。

 ほとんど笑っていないのが自分らしい、のかもしれない。


 静流は写真が嫌いだった。

 というより、自分が嫌いだった。

 大きくはない町。

 近所の人は自分に親がいないのはみんな知っている。

 曾祖父母に育てられていることも知っていて、大人達は皆優しかった。

 だが、子供たちとなると、そうはいかない。

 親に「静流君はかわいそうな子だから、仲良く、優しくね。」などと言われて育てられたのだろう。

 小さい頃から静流は可愛がられ、下手なちょっかいを出す子はこっぴどく親に叱られていた。子のおもちゃやお菓子をこれ見よがしに取り上げて、静流に渡すものだから、子供としては面白くなかろう。

 気がつくと、隠れていじめられるようになっていた。

 だが、それを察知して告げ口したり、静流の前に立って庇うような子もいた。

 静流にとってはどちらの子も迷惑この上ない。

 自分がどうしてかわいそうな子だと思われるのか、分からなかったから。

 だって、自分には優しくも厳しいじいちゃんとばぁちゃんがいる。

 何不自由なく暮らしていて、なんだったら、みんなよりもお金持ちかも知れない、そう子供心に思ったものだ。

 だから、というわけではないが、いじめっ子からも、守ってくれる子からも、なんとなく距離を置くようになり、それがなお、優しい人達を量産してしまった。


 そんな静流だが、人から距離を置くようになった原因の1つに容姿、が挙げられるかも知れない。

 静流は小さい頃から小柄で、田舎育ちの割に色白のままだった。他のパーツは薄いのに、なぜか目だけが無駄に大きく、少し垂れ目も合わさって、どうやら庇護欲を刺激する顔、らしい。

 自分としては泣いているわけじゃないし、おどおどしているわけじゃないのに、そんな風に思われ、幼稚園に入る頃には、「守って上げる。」なんていってくる子が、男女問わず一定数いたのだ。

 かれらはどうやら顔を褒めているつもりらしいのだが、静流にはそれが理解できなかった。ただやたらと言われる顔の話が嫌で、自分の顔が大嫌いになった。


 そうして、さらには自分の顔を残す写真も大嫌いになっていく。


 小学校低学年だったある年の遠足で、教室の後ろに遠足の写真が張り出された。

 それは、自分が写っていて欲しい写真を買うための見本で、なぜか自分の写っている写真がたくさん買われた、と、たまたま遊びに来た写真屋が、言っていたのを聞いてしまったから、というのもあった。

 「いやぁ、いっつもしずちゃんには稼がせてもらってるよ。なんかお礼しなくっちゃなぁ。」

 一緒にいた静流にほくほく顔で言われて、ぞっとしたのだ。


 自分の写真を知らないうちに誰かが持ってる。

 自分の写真でおじさんが金儲けしている。


 そう思うと子供心におぞましく、その時の記憶はないけど、キレまくった静流に、平謝りした写真屋が、その後自分の写っていない写真は買わないよう、学校にお願いした、と聞いた。

 もともと嫌いだった自分の写真が、目の前から消えたのは、今思うとあの後だったように思う。

 曾祖父母は静流のことを可愛がっていて、しょっちゅう撮った写真をプリントアウトしていたのだ。

 「すぐ見れるのがいいの」、とか言いながら、アルバムにしては、めくっていたのだけれど、そういえばあの後まったく見ることがなくなってたな。

 まさかこんなところに飾っていたのか。


 よく見れば、何冊もアルバムが重なって置いてある。

 あれも自分の写真なんだろう。

 ばぁちゃんは、僕の写真をここに来て眺めていたのかな、と思うと、なんとなく申しわけなくなる。

 もっと笑顔で写ってあげればよかった・・・・


 そんな風に思いながら、自分の部屋に相当する部屋でボンヤリしていたら、思いの外時間が経っているのに気付き、二人に申し訳なく思う。

 静流は慌てて、他の部屋も見ることにした。


 家では、ほとんど入ることがない、曾祖父母の部屋。

 そこには、小さな机と座布団があって、硯箱が横に置かれていた。

 そして、そこの壁には大きく引き延ばされた1枚の写真。

 若い男女と、その親世代の男女が写る。

 どこかの神社だろうか。

 少し澄ました笑顔の男女4人、いや5人か。

 若い二人を年配の二人が挟むように立ち、若い女性が抱くのは、着物に包まれた赤ちゃんだ。

 「命名 静流」

 その写真の横に、和紙に墨で書かれた達筆の文字。

 「僕・・・と、両親、そしておじいちゃんとおばあちゃん?」

 

 初めて見た。

 僕を置いて亡くなってしまった、父母と祖父母だろう。

 僕を抱いて幸せそうにしている4人は、本当に幸せそうで・・・・

 「産まれてきてよかった。」

 静流はそうつぶやくと、静かに涙を流した。

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